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フランク・ロイド・ライトの遺伝子——札幌の田上義也建築2選

こんにちは、ロンロ・ボナペティです。

皆さんは、絵画や小説といった作品で好きなものに出合った時、次の作品をどのように探していますか。
良いと思った作家さんのほかの作品を調べる、という人が多いのではないでしょうか。
ある作家さんの作風が好きになったら、その師匠に当たる人や同系統の作品を探すこともあるのではないかと思います。
特定の作家さんの作品にたくさん触れることによって、ひとつひとつの作品に対する理解度が増したり、思わぬ発見があってより楽しめることもあるでしょう。

建築においても、同じようにひとりの建築家の作品をいくつか見ていくことでより面白がれる、ということが言えると思います。
今回は札幌で見てきた、田上義也さんという建築家の作品をふたつご紹介したいと思います。
高校卒業まで札幌に住んでいた建築学科出身の友人も知らない建築家だったので、なぜそんなニッチな……と思われそうな気もしますが、せっかく見に行ったものは記事化しよう、ということで書いてみたいと思います。
※6/8
ご指摘を受け、札幌北一条教会に関する記述を削除いたしました。

◆日本人が好む、フランク・ロイド・ライトの建築

田上さんは、大正から昭和にかけて、札幌で活躍した建築家です。
近代建築の三大巨匠のひとりとも言われる、フランク・ロイド・ライトに師事したひとり。ライトが帝国ホテルの設計のために日本に設置した事務所に4年間勤務していました。
ライトは日本でもとても人気のある建築家です。
ライト自身が日本への憧憬を語り、落水荘など自然との距離が近い空間が日本人の好みに合う、というのもあると思いますが、ライトが力を入れた作品が日本で体験できるのも大きな理由ではないかと思っています。
愛知県の明治村に移築された旧帝国ホテル、東京の自由学園明日館、そして兵庫県のヨドコウ迎賓館がそれです。
いずれもライトらしさが存分に発揮された空間が楽しめ、なおかつ一般公開されているため、ライト建築が日本人にとってなじみの深いものになったのでしょう。

そして今回のお話と関わるところですが、田上さん以外にも日本にはライトの弟子として建築を学び、日本に作品をつくった建築家が多数存在します。
アントニン・レーモンドや遠藤新、土浦亀城などが代表的な人物です。
いずれも建築史の教科書に出てくるような著名建築家で、特にレーモンドは教会建築を多数手がけ、日本人のファンも多いのではないでしょうか。
さらに言えば、レーモンドの弟子には吉村順三もいます。言わずと知れた巨匠のひとりですね。
ライトを起点に、ライトの遺伝子とも言える建築作品が多数日本に残されている、それを見比べてみるのも面白いかも知れません。

さて前置きが長くなりましたが、田上作品について。
札幌市を中心に多数の建築を設計していますが、今回は代表的な作品でありなおかつ一般に公開されているふたつの作品を見て行きたいと思います。
実際に作品を見て感じたのは、ライト的なものというものが解釈の仕方によって色々な展開があるのだな、ということ。以下具体的に見て行きたいと思います。

◆札幌彫刻美術館

まずは3つのうち最もオススメな札幌彫刻美術館です。
1981年に竣工した、札幌出身の彫刻家本郷新の作品を収蔵・展示する美術館です。私が行った時には加藤宏子さんという方の企画展が開催されていました。
外観はこんな感じ。ライト感はあまり感じられない、モダニズムの美術館という印象です。
さほど広くはない敷地ながら、前庭を確保して彫刻作品を展示しています。

中に入るといきなり2方向に分かれる階段が現れます。
大きな吹き抜け空間は、熱効率や容積率の面からオフィスや住宅では敬遠されがちですが、ダイナミックに展開する空間は建築家の腕の見せ所といったところ。
そしてここがライトらしさを感じたポイントですが、階段の床面、淵部分、壁面、ドア、どれを取っても同じ素材が使われておらず、ひとつひとつ丁寧に使い分けられています。
無機質な外観に対して素材感のある暖かみのある空間ですね。

階段の踊り場から前庭方向を見た所。
2階のフロアが前後に少しずつ張り出しているのが分かるでしょうか。
小さな建築でも奥行きを生むアイディアですね。

2階の両脇にある展示室を、ブリッジでつなぐ構成になっています。
よく見ると手前の展示室、通路、中央の展示室、通路、奥の展示室とエリアごとに少しずつ床の高さが高くなっているのが分かります。
ひと続きの空間でも、床の高さを変えることで領域を区切るのは、ライトの代表作である落水荘でも見られる空間のつくり方です。

反対側の展示室。
天井や壁面の設えが、空間にメリハリを生んでいます。
外から見るとシンプルなボックスが連なっているように見えますが、中に入ると細部まで手の混んだ、密度の高い設計だなと感じます。

隣接する本郷新記念館から見た様子。
札幌市街の西端に位置し、山の中腹の高級住宅街にありました。
札幌の観光名所のひとつ、宮の森ジャンプ競技場からも近く、札幌観光の際はぜひ訪れてみてください。


◆旧小熊邸

最後にご紹介するのが、旧小熊邸。1927年の竣工です。
現在はろいず珈琲館として喫茶店と釣り具店として活用されています。
外観はまるでライト自身が設計したかのような、ライトらしいデザインですね。
二本の煙突を有した別荘が山を背に建つ様子は、札幌市民にとってあこがれの光景だったのではないでしょうか。

インテリアも見所が満載です。
あえて空間を細分化し、端部に木材を使って際立たせることで、視覚的な楽しさを生んでいます。

調度品や照明器具も空間に合わせて丁寧に選ばれています。

2階の窓からは背景の山と、反対側は札幌市街を一望できるようになっています。

今回、田上さんの建築作品を見てきましたが、彼はこのほかにも札幌に多数の建築作品を残しており、北海道近代建築の父とも言われています。
こうした空間に興味をもった人は、その師であるフランク・ロイド・ライトのことにも興味をもつのでしょう。
札幌には上述のアントニン・レーモンド設計による教会建築も建てられており、ライトの遺伝子を感じ取れる良質な空間が多く残されています。
田上さんとはまた違ったかたちでライト的なデザインを感じさせますね。

近代建築の三大巨匠と言われるライト、ル・コルビュジエ、そしてミース・ファン・デル・ローエの中で、ライトは特に一般の人に人気があるのではないかと思っています。
その理由には、彼自身が力を入れて取り組んだ作品以外にも、彼の作風を彷彿とさせる作品の数々が日本に多数存在するからではないでしょうか。
ル・コルビュジエも国立西洋美術館を設計し、彼の元で直接建築を学んだ弟子も多数いますが、空間そのもの以上にその理論に影響を受けていると感じます。

ル・コルビュジエ自身も東洋で建築を設計する際、東洋の気候・風土に合うよう作風を変えています。
一方のライトは素材の使い方や身体感覚に合うスケール感、また特徴的な装飾デザインなど、日本に合わせるというよりは彼自身の作風をそのまま日本で実現できているのではないかと思います。
彼の弟子たちの作品も、そうした要素を受け継いでいるからこそ、日本でライト建築の人気が高まったのではないか、と感じました。

ミースは設計者には非常に人気が高いですが、一般的にはあまり知られていません。
彼の作品も日本につくられていたら、また全然違った結果になっていたのでしょうね。

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