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あの名建築に会いに行こう!——大分県のふたつの坂茂作品

こんにちは、ロンロ・ボナペティです。

今回は大分で見られる坂 茂さんのふたつの作品、「大分県立美術館」と「由布市ツーリストインフォメーションセンター」をご紹介します。
坂さんの建築家としての魅力は、下記にまとめましたので、本稿を読む前にこちらを読んでいただけるとうれしいです。
有料設定にしていますが、無料で読める部分も多く取っています。

さて、前掲の記事では坂さんの建築と社会との関わりについて書いています。
建築家が社会にどんな価値を与えられるか、という時に、近代の建築家は建築を支配階級のためのものから一般大衆のためのものに引き下げることに成功しました。
では先進国において最低限の暮らしが営める環境が整った現代において、建築家がどう社会と関わるのか。
特に日本においては「建築作品」そのものが社会性をもち得るか、ということが問題にされてきたなかで、東日本大震災を契機に「本当にそれでいいの?」という疑問が起こってきた。
若い世代の建築家はみなそれぞれの方法で社会との接点をもちはじめていますが、もうずいぶんと前から、唯一無二のやり方で社会に価値を提供してきたのが坂 茂さんという建築家ですよ、というのが上述の記事での趣旨でした。

ここでは上記のことを念頭に置きながら、実際にふたつの作品を見て行きたいと思います。

◆「大分県立美術館」
JR大分駅から徒歩10分ほどのところに、この美術館は建っています。
(右が美術館、左は県立音楽ホール)

設計にあたって坂さんは、「普段はその施設を使っていない方に、どうしたら来てもらい、使ってもらえるようになるかを一番のコンセプトにしました」と語っています。(『紙の建築 行動する』坂 茂著、岩波書店、2016年)
実際、日本では「箱モノ」「税金の無駄遣い」などと揶揄されてしまうことの多い公共施設が、一部の限られた人たちにしか活用されていない現状は、日本において建築家の地位が高いとは言えない状況にあることと無関係ではないと思います。
「公共」施設なのだから、公共の財産としてみんなに使ってもらうことを一番に考えた、というのは至極真っ当な話ではあるのですが、建築家にとっても重要な「作品」であり、建築家の実現したいものと管理者・利用者との齟齬が使いづらさにつながってしまうことも残念ながらあるのが現状です。
本来であれば施主である行政の側が、みなに使いやすく活用してもらえる建築を、建築家の優れた作品として責任をもってつくり上げるべきという気もしますが、坂さんの言葉には利用者・運営・施主、そして建築家のすべての立場の要望を包括したような理想的な公共施設のあり方が語られています。

さて市民に親しまれ、積極的に利用してもらえる美術館にするためにはどうしたらよいか。
それが最もシンプルに現れているのが、なんといっても南側の外観と1階のアトリウムです。
外観は木材を編んだ様なスクリーンを、2層分のガラス壁面が支えています。

道路に正対する建ち方は、アトリウムとの連続性を生んでいます。
このアトリウム空間、だだっ広く天井の高い空間があるというだけなのですが、この開放感によって周囲が気にならない心地よさを生んでおり、みな思い思いの過ごし方をしていました。
県からの「県民が自分の家のリビングルームのように感じる居心地いい空間」という要望に応えるものになっています。

前面道路に面した壁面は、白いルーバーに見えますが実はこれがシャッターになっており、必要に応じて解放できるようになっています。
この壁面をシャッターとして解放するというアイディアも、坂さんの作品のなかで繰り返し登場するものです。
坂事務所のHPにはオープン時にこのシャッターを開放し、前面道路を歩行者天国として街に開くイベントを開催した時の写真が掲載されています。
この美術館はコンペによって設計者が選定されましたが、その時の要件には対面する県立音楽ホールとの一体的な利用が可能であること、という項目があり、真にそれが実現できた瞬間でした。
道路側から見ると階段状の基壇の上に美術館は建っており、美術館での出来事がステージ上で起こっていることのように演出されています。(下は音楽ホールのアトリウムから見た美術館)

アトリウムの奥は企画展示室になっており、また常設の美術作品が置かれていたり、ミュージアムショップや市民のためのイベントスペースなどが用意されていることで、街を歩いている人が自然と中に誘導されるようなつくりになっています。

もうひとつ、県からは大分県産の木材をつかって大分らしさを表現する、という要請がありました。
これに対しては、前面の木材スクリーンと、3階展示室の屋根の表現に木材を活用することで応じています。
3階に上がると、ホワイエ全体にダイナミックに波打った木材のシェルを膜で覆った屋根が見えてきます。
そして中央に屋外展示室が設けられ、そこだけ屋根がくり抜かれたようになっています。

この屋根が生み出す空間も、幾何学的なパターンの連続が工芸品のような美しさを生んでおり、非常に心地よい空間でした。
法規上スチールのフレームを木材で覆う形式になっているそうですが、ヨーロッパではより坂さんの理想に近い、木材のみで構造も意匠も兼ねたものが実現しています。

1階のアトリウムと前面道路との連続性、木材のスクリーンとグリッドの屋根。
これらが坂さんがこの建築で実現したかったことだとすると、それ以外の部分は非常にあっけらかんとした設えになっているのも印象的でした。
企画展示室は可動壁で自由に仕切り方を変更でき、常設展示室の展示棚のつくり方も非常にシンプルなもの。
各スペースのサイズ感は要求通りの仕様に合わせたものでしょうし、動線計画など少しも複雑さのない、明快な構成。
また背面のつくりも普通のオフィスビルのようで、「あますところなく坂さんの建築を楽しみたい!」という人にとっては肩すかしを食らった様な印象を受けるかもしれません。


このように「ここ」と決めた部分をきちんとやりきることができれば、あとは利用者、運営、施主の求める実用的で性能の高い建築をつくることができるところは、坂さんの建築が世界中で建てられている理由のひとつかもしれません。
きちんと作家性をもったデザインを実現しつつも、そのために犠牲になる部分がない。
ある種の建築の理想型とも言えそうです。

◆「由布市ツーリストインフォメーションセンター」
続いて温泉で有名な由布院のツーリストインフォメーションセンターです。
磯崎新さん設計のJR由布院駅のすぐ隣に位置した観光案内所。

こちらはとにかくこの木材の架構がすべてを決めている作品です。
大分県美と同様、坂さんにとってはこの作品も、ヨーロッパで近年取り組んでいる木材の新しい可能性を、日本でも実験的に採用したものと言えるでしょう。

柱の上部からは日光が降り注ぎ、森の中を模したような空間になっています。
2階に上がるとより密度感が上がり、単純な構成にも関わらず、さまざまな空間のリズムを感じることができます。

木に包まれた空間から遠くの山並みを望んだ様子は、この木のフレームが額縁の役割を果たしているかのようです。
デッキ部分も風が通り抜けるとても気持ちの良い空間になっていました。
旅の出発点として、これからの訪問先を談笑しながら話し合うのも良いですね。

坂さん設計による家具も多数置かれており、坂作品のショールームのように機能することも考えられます。
優れた建築はまた次なる仕事につながっていくと考えると、坂さんの社会との関わり方は、坂建築を世界中に建設して行くための大きな原動力になっているのがわかります。
良い建築が世界に増えて行くことは、建築家が考える良い世界の実現のために欠かせない要素でもありますので、坂さんは今彼の理想とする世界の実現に向けてどんどん突き進んでいるのだなという気がしました。

理想の実現に向けて社会との関わり方をこのようにコントロールすることは、建築だからこそできることかもしれません。
けれど一方で、作品の質をただただ突き詰めて行くのではなく、社会にどんな価値を生み出しうるのか、と問うことは、建築に限らずどんな分野でも重要なことなのではないか。
彼の作品を見て、そんなことを考えました。

◆おまけ
湯布院には、ほかにも魅力的なスポットがたくさんあります。
最近では隈研吾さんによる「COMICO ART MUSEUM YUFUIN」などもありますが、なんと言ってもわたしがオススメしたいのが、原宏司さん設計の「末田美術館」。
末田栞さん、末田龍介さんというふたりの彫刻家の作品を展示した小さな美術館ですが、作品と建築との関係性がとても素晴らしいのです。
今は原さん、そしてこの美術館の魅力を伝えられる十分な語彙力がないので外観をご紹介するに止めますが、湯布院へお立ち寄りの際はぜひ訪れてみてください!


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