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あの名建築に会いに行こう――千葉県の小さな美術館2選

みなさんこんにちは、ロンロ・ボナペティです。
今回は千葉県にある、小規模な美術館建築をふたつご紹介します。
GWにひとりで千葉に行った、という話を友人にすると大概「何しに行ったの? まさかひとりでディズニー……」という反応になるのですが、千葉にはディズニー以外にも面白い場所がたくさんありますよ!
今日ご紹介する美術館も、どちらも東京駅から1時間ちょっとで行けるので小旅行にオススメです。

◆建築を見に美術館へ
みなさんは何を目的に美術館へ行きますか?
開催されている企画展を目的にする場合がほとんどでしょうか。海外の有名な美術館だと、所蔵されている特定の作品を見たくて、ということもあるかも知れません。
どちらも美術館に展示されている作品を目的にしていますね。
私も、日常的には展覧会や作品を目的に訪れることがほとんどです。先日ご紹介した西洋美術館も、何度も訪れているので見たい展示がある時に出向くといった感じです。


でも初めて訪れる美術館となると話は別です。
私は旅行で行ったことのない町に行く際には、必ずその町にある美術館がどんな建物で、誰が設計したものか、調べるようにしています。
日本全国どこへ行っても美術館はありますが、建築家が力を入れて設計した名建築が多数あります。
特に地方の県庁所在地でないような小さな自治体だと、大きな美術館はつくれず大規模な展覧会を誘致するのは難しいので、人を呼び込むために小さくても建築に力を入れているのかも知れません。
特定の作家の収蔵品を展示するような私設の美術館も、同じ作品の展示が続いても何度も来てもらえるように、建築は重要なのでしょう。
そんなわけで美術館にハズレなし、ということは覚えておいて損はないです!

◆演技派か、個性派か
ホワイト・キューブという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
美術館の展示空間の形式のひとつで、白い壁面で構成された立方体の空間を指します。
一般的に美術館建築においては美術作品が主役となるので、鑑賞者からしたら建築の存在はなるべく意識に入らないほうが作品に集中できますよね。そのため白い壁面に作品を展示し、またどんな展示にも対応できるように、大きな空間を展覧会ごとに仮設壁で区切れるようにつくられます。
企画展を頻繁に開催する公立の美術館はこの形式をとることが多く、建築自体は特徴的であっても、展示室は無個性な四角い箱、というケースが多いです。うねる壁面が特徴的な東京の国立新美術館も、展示室はホワイト・キューブですね。

作品ごとの役回りに応じて演じ分ける、演技派俳優のような建築と言えばわかりやすいでしょうか。ストーリーを引き立てるために、時には印象の薄いキャラクターを演じることも。
後から思い返すとあの展覧会はどの美術館で見たんだっけ、となることもありますよね。

一方で、展示作品が決まっている私設の小さな美術館などでは、その作品に最適化された建築が設計されることも多々あります。また建築そのものをひとつの作品として楽しんでもらうことを意図している場合もあります。
美術作品だけでなく、展示空間も楽しめるので建築好きとしては満足度が高い。
定着したキャラクターでどの作品でも存在感を放つ、個性派俳優のようなイメージです。
定期的に展示が変わるわけではないため頻繁には訪れませんが、時々思い出してまた行ってみたくなる場所です。

今回ご紹介するのは、どちらも後者に近い、印象的な展示空間をもつ美術館です。

◆ホキ美術館
ひとつ目は日建設計による、ホキ美術館。建築好きにはお馴染みの、いつか訪れたい美術館の上位ランカーのひとつです。

JR外房線の土気駅から歩いて20分ほど。幅広の道路とロードサイドに店舗が連なる、典型的な郊外の町並みです。


バスも出ていますが、急ぎの旅でない限りは目的地までなるべく歩くようにしています。その方が建築の建っている町がどのような町で、どのようなことが要請されて建てられたのかといったことが見えてくるからです。

住宅地の中に、美術館は建っています。
駐車場の中央に見える四角いボックスがホキ美術館。GWだからか、開館直後にも関わらず多数の来客がありました。

駐車場から見ると四角いボックスを重ねたようにも見えますが、アプローチを抜けると……。

実際はこのように、細長い展示室が束ねられた構成になっています。

……って完全に浮いていますね。そう、この美術館最大の見所は30mも突き出したキャンチレバー状の展示室。
写真では何度も見ていましたが、改めて実際にこの目で見るとちょっと信じられないくらい本当に浮いてました。

間近で見ると迫力もすごいです。
このチューブ状のギャラリーが3つ積み重ねられていますが、大きくカーブを描いているのがお分かりいただけますでしょうか。

内部は撮影はできませんでしたが、この美術館のコレクションのために設計されただけあって、考え抜かれた展示室でした。
展示室の全長は100mもあり、両側の壁面にずらっと写実絵画が並べられています。展示室を一望できるように湾曲させたそう。
縦に延びる展示室の端部は眺望の開けた休憩スペースになっており、居心地も非常に良かったです。

この大きく湾曲した展示室、訪れる前は上述の展示上の理由と、キャンチレバーのダイナミックさを増すためのデザイン上の工夫と思っていました。
しかし、美術館までの道を歩いていて気づいたのですが、辺り一帯の道路は同心円状にカーブを描くように計画されており、このカーブと展示室のカーブがシンクロするように感じました。
周辺の敷地の身体感覚を展示室にももち込んだ結果の形状だったんですね(確証はありませんが)。

◆市原湖畔美術館
お次は千葉県市原市、高滝湖に面した市原湖畔美術館です。
1995年にオープンした彫刻作品の展示施設をリノベーションし、企画展示も行う美術館に生まれ変わらせた建築です。2013年にリニューアルオープンしました。
設計は有設計室。医療・福祉施設などを手がける建築家ユニットです。
美術館へは高滝駅まで、小湊鉄道に乗って行きました。田園風景の中を走る観光列車で、高滝駅周辺も自然との距離が近い、のどかな町でした。

改修にあたっては、湖畔に位置するという立地的な利点をうまく引き出すことを意識したそう。元々の建物には行ったことはないのですが、有設計室曰く、せっかく豊かな環境に位置しているにも関わらず、あまりその利点を活かせていなかったようです。

湖側からの外観。市原市の地域活性化事業の一環として改修設計のプロポーザルコンペが行われ、選ばれた案とのこと。
湖畔一体が公園として整備されていて、釣り客なども多数来ていましたが、公園に向かって開かれた建築は地域の拠点として機能しそうですね。

曲面のコンクリート壁が既存部分、スチールの四角いボックスが新しく追加された部分です。

美術館の前面は広場になっています。
そこかしこに彫刻作品があり、美術館に入らずとも楽しめます。
また広場に対して開かれたピザ屋さんもあり、ピザを目的に来た人たちが美術館にも寄っていく、そんな利用の仕方もありそうですね。

エントランスから中に入ると、円形のホールが出迎えてくれます。
既存のガラス屋根を取っ払って屋外空間に改変したそう。
階段脇に生える葦のようなポールは自由に触って良い彫刻作品で、子どもたちが楽しそうに遊んでいました。
サインもかわいらしいですね。

屋上に上がると、既存の空間構成がよく感じ取れ、ダンジョン的な楽しさがあります。
背の高いコンクリートの壁に囲まれると、周囲の音も消えて落ち着いた気持ちになります。あまり空間の説明を人間の心理と絡めて説明する建築家はいないように思うのですが、本能的に受ける印象は空間体験に大きく影響を与えていると思います。

再び1階に戻り、企画展示室です。既存のボリュームに新設のボックスが貫入する、複雑な空間になっています。
6月末までは、ひびのこづえさんというテキスタイル作家さんの展示が行われています。

こちらは地下1階とつながる吹き抜け空間。なんと柱と梁を人間に見立てて洋服が着せられていました。
会場構成を考えるのも大変なのではないでしょうか。逆に鑑賞者側としてはこの空間をどう使うのか、楽しみが増えますね。

大きな窓が開けられていて、湖が目の前に広がる展示室もありました。
窓は採光や通風といった機能だけでなく、景色を切り取る額縁の役割も果たします。建築を見るときに窓を見つけたら、設計者がどんな景色を見せたかったのか、考えてみるのも面白いです。

こちらは地下の展示室。このときは中に入れないようにドアが閉鎖されていて、部屋の外から作品を鑑賞するようになっていました。
展示によって建築の使い方はさまざまでしょうが、ホワイト・キューブの美術館ではできない面白い展示方法ですよね。

全面窓の展示室も。一般的に美術館では作品の劣化を防ぐため、展示室には直射日光が当たらないよう計画されていますが、ここではあえてオープンにしています。
作品の性質によっては隠すこともできるでしょうが、外からも見えるようにすることで、通りかかった人が興味をもってくれる仕掛けにもなります。

ちなみに、個人的にはここは夕方に訪れることをおすすめします。西日が新設のスチール壁面に反射して、幻想的な雰囲気でした。湖面に映る太陽とも共鳴しているようです。

そしてこの美術館のもうひとつ面白い点は、正面に建つ展望台から全景を見下ろせるところです。
普段建築を見に行く時、事前に情報収集した雑誌等の写真から、空撮であったり向かいのビルの屋上から撮影したものだったり、建物の全景をイメージしています。
しかし実際に訪れてみると、当然空から見下ろすなどできず目線の位置から見ることになるため、建物との距離が近い、寄った視点から見ることになります。
そのため実際に歩いて得た空間体験は、頭の中で統合してひとつの建築に組み上げるか、後日全体像の分かる写真を改めて見て思い返す必要があり、記憶が薄れてしまったり不確実だったりと、実体験と建築とのリンクが曖昧になりがちです。
それがこの建築の場合、目の前の位置から見下ろせてしまうため、今見たものを思い返しながら建築の全体を眺めることができる。ちょっと不思議な経験でした。

以上、千葉県のおすすめ小美術館2選でした!
みなさんも近所の美術館、あるいはお出かけの際に美術館を調べて、面白そうな所があれば建築を見に行ってみてくださいね!


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