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土地の文脈から設計者の意図を想像する――すみだ北斎美術館

皆さんは建築を見るとき、どんな見方をしていますか?
建築を学んできた、あるいは仕事として関わっているという方は、歴史的な視点やご自身の専門との関係などそれぞれの見方があるでしょう。
詳しく知っているわけではないけれど好きだという方は、居心地の良い空間が好きだったり、ある特定の建築家のデザインが好きだったりするのでしょうか。
いろんな建築の見方があるなかで、今回はその建築が建つ場所との関係について、考えてみたいと思います。

こんにちは、ロンロ・ボナペティです。
東京都墨田区に、すみだ北斎美術館という美術館があります。
建築界のノーベル賞ともいわれる「プリツカー賞」を受賞した建築家、妹島和世さんが設計した、葛飾北斎の作品を収蔵・展示する美術館です。

小さな美術館ですが前面の公園は終日親子連れで賑わい、地域の人びとに愛される建築です。
外観はマットなアルミパネルを使用することで、周辺の建物が映り込み、周囲との調和を図っています。
縦方向に分割されたグラデーショナルな壁面は、浮世絵を制作する工程を想起させますね。
曇りの日には屋根の上端と曇り空が溶け合うように見え、とてもきれいです。

このアルミパネル、製作にも施工にも高度な技術が必要とされるもので、企画・計画・施工のすべてにおいて特筆すべき業績のあった建築に贈られるBCS賞も受賞しています。

このすみだ北斎美術館、とても小規模ではあるものの日本の都市だからこその計画がなされていて、建築の世界でよく言われる「土地の文脈(コンテクスト)を読んで設計する」という考え方を非常にわかりやすく表現しているなと感じました。
外観を見ると、ひと塊のヴォリュームに裂け目が入って、小さく分割されているのがわかるかと思います。

1階平面図の内部空間を黒く塗りつぶすとこのような感じになります。
4方向からのアクセスが中央で交差していて、自由に通り抜けたり目的の場所に直接入れるようになっています。

こうしてみるとひとつの美術館とは違う見え方がしてきませんか?

こちらの図を見てください。これは美術館の隣の街区の一部を切り取ったものです。

街区が細分化されてそのそれぞれの敷地にひとつずつ建物が建つ、という構造は日本の都市に典型的な例です。
縮尺は異なりますが先程の図と見比べると、いくつかの建物の間が通り抜けできるようになっている、という点で共通していますね。
そう、すみだ北斎美術館は日本の典型的な都市構造を縮小したような平面計画になっているのです。
この構成はこの場所に建っているからこそ意味をもつもので、たとえばこれがヨーロッパの都市、街区全体をつかってひとつの建物が建てられるパリのような都市に建っていると、デザインのもつ意味がまったく異なるわけです。
これが土地の文脈を読んで設計に反映するということなんですね。

パリの街区図。敷地境界線や街区の境界線をまたがってひとつながりの建物が建てられている。


さてここである疑問が浮かんできます。
屋根伏図を確認するまでもないですが、すみだ北斎美術館は分棟形式ではなく、2階部分で建物全体がひとつにつながったひと塊の建築です。
妹島さんは機能ごとに分けた分棟形式にするでもなく、単純な箱にするでもなく、1階だけ自由に通り抜けられる外部空間にした。
周辺環境に合うようにヴォリュームを分割した、という説明がなされていますが、それなら見かけ上分割されていれば良いわけで、通り抜けられるようにする必要はなかったはずです。
実際2階以上のフロアにもスリットは入っていますが平面を分割することはなく、開口部として活用されるにとどまっています。
その意味するところはなんだろうか、と。

屋根伏図。全体としてはひと塊の建物になっている。

スリット状の開口部。


これは僕の勝手な推測でしかないのですが、妹島さんはこの建築を通して、日本の都市活用のあり方にひとつの可能性を提示しようとしたのではないか。
ひとつの敷地にひとつの建築、が原則の日本においては、複数の敷地をまたがる建築をつくることはできません。
したがってペンシルビルと揶揄されるように、狭い敷地に少しでも容積を確保するよう細長いビルが林立する風景がかたちづくられています。
こうした土地活用では、たとえば隣同士のビルの5階に用事があった場合、一度地上まで降りてまた隣のビルの5階まで登らなくてはなりません。
あるいはひとつのフロアに確保できる面積が限られているため、あるテナントが上下階にまたがってしまうといったことが起こるわけです。
もしあるフロアだけでも隣のビル同士で共有することができるのであれば、利便性も向上しそこを拠点として機能面での交流が生まれることもあるかもしれません。

2階ホール。敷地一杯に平面を取り、上下階へのアクセス空間にもなっている。


すみだ北斎美術館はひとつの敷地を擬似的に4つに分割してみることで、現状の日本の法律では実現不可能な建築形式をつくり出しているのではないか。
妹島さんはこれまでも金沢21世紀美術館など、都市的な空間を建築の中に生み出すということをされてきました。

金沢21世紀美術館。バラバラに配置された展示室が、町のような空間を生んでいる。(画像はWikipediaより)


すみだ北斎美術館は都市空間の特徴を建築空間に取り込むことへの新たな試みなのではないかなと感じます。
それが正解かどうかは置いておいて、ある建築からどんなことが読み取れるかは受け手側の自由です。
設計者本人が語っていることだけでなく、訪れた印象からいろいろと妄想を膨らませてみるのもまた建築の楽しみ方のひとつですよ。
もし違う印象をもたれた方がいらっしゃったら、ぜひコメント欄で教えてください!

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今回の記事はtwitterでアンケートを取ってみた結果も参考にしてみました。
投票いただいた皆様、ありがとうございました!!

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おまけ

すみだ北斎美術館から徒歩で行ける範囲内には、noteでも話題のmosakiさんによる「喫茶ランドリー」もあります。
ぜひ合わせて訪れてみてください!


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