過去の名ボカロ曲をレビュー part5(+コラム:売れた音楽)

ヒットした音楽ばかりをとにかく聴きたくなる波というのがたまに自分の中に来て、この前のDire Straitsへの言及もその流れの一つだったりします。

この曲が収録されているBrothers in Armsは歴代アルバム売上数的なランキングでは結構な上位に入り込んでくるくらいに売れたアルバムです。


アルバム売上ランキングは英語版wikipediaが割とまとまったデータになっていて参考にしやすいです。

どの記録でも大体NirvanaのNever Mindとかと同じくらい、OasisのMorning Gloryとかよりも上に来ます(日本でも有名な作品としてのこの2作との比較です)。
その売り上げもあってか色々なエピソードが残っています。
MTVを皮肉ったはずのMoney For NothingがMTVを介してヒットを記録するなどは音楽産業が爆発的に拡大していた80年代らしいエピソード。ボカロで言うならピノキオピーの神っぽいなのヒットみたいな。
他にもCDという録音メディアでの最初期のヒット作であったり、デジタルレコーディングを導入していたりと様々な功績はあるのですが、どうもポピュラーミュージックの歴史上での重要作を語る際には(売り上げの割に)中々名前が挙がらないアルバムのように感じます。
特に日本では目立って売れた訳でもないため、「世界的には売れたらしい」というくらいの認識しかされていない気がします。
(とはいえこの前明らかにDire Straitsのサウンドを意識したアンシミュのプリセットを唐突に見つけたりしたので海外では言うほど語られてないわけでもないのかもしれません)

世界のアルバム売り上げランキングみたいなものを眺めているとそんな作品がちらほらあります。
Meat LoafのBat Out Of Hellは個人的にはTodd Rundgrenプロデュース作として知っているという、何とも腸捻転を起こした認知の仕方をかつてはしていました。たまに引き合いに出されるBruce SpringsteenのBorn to Runと比較するとやはり売り上げの割に語られない印象です。
(まあこの辺りはやはり日本での知名度の低さがそう感じさせる原因でもあると思うので話半分でお願いします。)とはいえ売れたアルバムはやはり論壇でもよく話題になるのが大半で、こうした語られない印象を受ける作品は基本的に例外の部類であると思います。

そして日本国内の音楽だとどうかという話です。このコラム的にはむしろこちらが本題なわけですが。

(何故か英語版wikipediaの方が分かりやすい)
先日の関ジャムの「令和に活躍する若手アーティストが選ぶ最強平成ソング BEST30」では、ミスチルが無い小室ファミリーが無い色々無いなどと散々言われてましたが…

こう見るとやっぱり世界のランキングと比較するとあまり語られない売れた音楽が多くあることが分かりますね。こういうランキング見るたびにDelicious Wayの印象以上の売れ方に驚きます。
この辺りが今語られるとしたら90年代後半のディーヴァブーム関連としてくらいな気がします。

現在の若手から名前が挙がらないからと言って音楽シーンへの影響が存在しない訳がないということは、肌感覚で納得できるものと思います。
ミスチルで言えば、90年代半ばのミスチルのブレイク以降に「ポストミスチル」と(メディア等から勝手に)呼ばれるバンドが多く登場したことが現在ではやや忘れられがちです。
たまにポストミスチルが話題になっても、例えばGRAPEVINEが最初はそう言われていた、とか代表格としてMOONCHILDなどがいる、back numberが云々…程度に留まりがちです。インターネットにありがちなまとめブログ的な記事だと出てくる名前が圧倒的に限られていて、果たしてこの内の何人が偉そうにポスト○○を語れるほどちゃんと広くJ-POPを聴いているか疑わしくなりますね。

ポストミスチル関連のことはレジー氏がよく話題にしている印象ですね。

また例えばこちらの方が挙げている90年代半ば以降のアルバム群には(乱暴な言い方にはなりますが)ミスチルを意識していると感じさせる音楽が多く存在します。



話は一旦逸れて、このブログの方やレジー氏も片隅で名前を挙げているオセロケッツというバンドはこうした90年代後半のJ-POPマニアレベルでないと中々話題に上がらないのですが、
にじさんじの周央サンゴさんが初配信で名前を挙げていたことが今でも強烈に印象に残っています。

ここでの語り口といい(スキップカウズを普通に知っているし、「ホコ天でライブしてる若手バンドみたいな曲」というあまりにも的確な表現をするし(要するにバンドブームの香り漂うビートロックであることが伝わる))、どういうアンテナ張って音楽聴いてるのかだいぶ謎なヤバい人だなと思ってます。



本当に関係ない方向へ逸れたので話を戻して、実際のところ90年代のバンドもののJ-POPを漁るほどにミスチルの影響力を実感します。そして散々聴き歩いたのちにミスチルに帰ってくるとミスチルの音楽の何が凄いかがよく分かって面白いです。簡潔にいえば懐が深い。
(もちろん当然のことながらそれぞれのバンドにはそれぞれの比較できない良さがあることは前提の上でです。)
00年代以降のポップな歌ものロックバンドの土壌としてポストミスチル勢があり、現在の歌ものポップスはその上で発展してきたと捉えることも可能であり、そういう意味で、ミスチルの影響は語られないほどに小さいわけでは無いことは間違いないと考えるところです(そうなるとミスチルというよりコバタケなのかな?という気も)。

他で言えば、小室哲哉の影響も現代に静かに残っていると思われます。
代表的な要素として度々言及される独特な転調も関ジャムのような場でも他の曲と並列で語られてしかるべきと思うし、もうちょっと自覚的でも良いと思うんですよね。

(BE TOGETHERの転調、いつ聴いても面白い)
日本人の耳を教育したとさえ言われるほどに多用した転調は、ともすれば音楽的でないなどと評されることもありますが、ポピュラーミュージックというものは如何にして奇を衒うかがある意味で本質と言えます。
例えばボカロ曲は転調が特徴的などと言われることもありますが、知らないうちに小室の転調の影響下にあったりするかもしれません。もしくは小室転調のお陰で聴き手も慣れてしまっているとか。
というかまあまあ語られるこの辺りのことだけでなく、そもそも小室ファミリーも上述したミスチルのような土壌としての影響も大きかったりするのかもしれません。
(実際のところ小室的な打ち込みダンスミュージックも、ミスチルほどではないと感じるものの、90年代後半のアルバムを漁っていると結構多く聴けます。)

そういう訳で、売れて、確かに影響が大きいはずなのに微妙に語られなくなることに関する危惧というものが常にほどほどあります。
(はっぴいえんど史観の問題点もそこと被っているように思えますし。)
個人的に一番気になるのはDECO*27氏が後世でどう語られるのかな、ということです。
愛言葉Ⅳの最速ミリオン記録といい、今ある種圧倒的な存在として君臨していますが、ミスチルの圧倒的さが今の若い世代にいまいち伝わっていないように見えるのと同じ感じになってしまうのか、はたまたどうなのか。
楽しみと言えば楽しみです。



という訳で本編、の前に宣伝です。

今年も「合成音声音楽の世界2021」へ選曲選盤レビューで参加させていただきました。2017年から続けてなのでもう5年目になりますね。
今回になってようやく思ったことをそこそこ書けるようになってきたなと感じています。
とはいえ続けば続くほどマンネリと向き合わなければならなくなります。
ごく個人的な裏のテーマは「緊張感」。
はち切れそうな何かを抱え込んだ楽曲たちに応えたいと、ひたすら思いながら書きました。よろしくお願いします。


さてレビュー本編です。
今回も鮮烈な曲を揃えています。

【初音ミク】ロストガーデンでの告白【オリジナル曲】 作:クロワッサンシカゴさん
キャッチーなメロディーが耳を惹きつける、幻想的な四つ打ちポップス。クロワッサンシカゴ氏は音楽性で言えば、エキゾチックで無国籍な味わいを湛えつつ、ポストロック/マスロック的な変拍子を交えたダイナミズムに溢れたバンドサウンドを得意としているため、若干ファンク系のシンプルなリズムにシンプルなポップス調の本楽曲はやや異色作の部類であると感じる。
それでもなおこの曲を選んだのは、氏の音楽の中にある複雑に絡み合う情緒が最もよく表れている楽曲だから。そのポップさに引っ張られて明るい印象を呈しながら、何処か物悲しく、胸を締め付けるような切なさを感じさせる。景色と心情を丁寧に折り重ねた歌詞は幻想的な曲調をよりドラマチックにしつつ、そして拍とテンポが変わる瞬間に息遣いが聴こえそうなほどに音が抒情に寄り添う。
クロワッサンシカゴ氏の作品は一曲一曲が重厚であり、その世界観が潜在的に好みな方は多くいるのではと思う。本楽曲はその入り口として非常に薦めやすい。


暴食【MIKUHOP/初音ミク】 作:Tachibuanaさん
ミックホップという言葉がMSSサウンドシステム氏により提唱され、そのディープかつドープな楽曲群が一部で反響を得ることになるが、ミックホップが面白いのは人材の豊富さも挙げられる。暗い曲も明るい曲もポップな曲も問わず様々な曲調を製作する人が集う流れになったし、個人的には当時HIPHOPのイメージが無かったでんの子Pがミックホップに合流したことは新鮮な驚きだった。さらにやや時間をおいて、やながみゆき氏やマグロジュース氏など新たに参入してくるメンツもまた個性的。
その内の一人とも言えるのがTachibuana氏であり特に強い印象を残したのがこの「暴食」。抑え気味に、しかし確かに暴れるビートと吐きかけるようなフロウ。リリックは単語を羅列するだけかと思いきや中盤に一気に表情を変えて加速、そして後味の悪い地点へ着地していく。
エイリアン・エイリアン・エイリアン」、「初音ミクの証言」、「人間たち」などコラボによる化学反応が生んだ名作が多く存在する中で、本楽曲はソロ作品としての一貫した密度の濃さを見事一つの作品にまとめている。混沌とした当時のミックホップシーンを表した一曲のようでもある。


〈Miku〉sora 作:X1glさん
歌ものとしては考えられないほどボーカルの音量が小さく、ドラムの音もどこか遠くで鳴っているかのようなぼやけた音像。巧みに編集しカットアップされたストリングスや逆再生のサウンドがそれぞれに絡み合って美しい音空間を構成するパートと、ひたすら静かに鍵盤やシンセ等が鳴ることで辛うじて音楽を繋ぎとめるパートの対比がそれぞれの情緒を互いに強調しあっている。その中ででたらめな高音や低音を歌い上げるボーカルはもはや人の歌とは全く別物な歌の概念を作り出しており、楽曲の中に溶け込んでいるようでいて、一方で張り詰めているようにも聴こえる。
このように評するとアヴァンギャルドに振り切れているかのように思われるかもしれないが、その実メロディーとハーモニーの構造は極めてシンプルなポップス。組み合わせの妙がこの楽曲の特別さを作り出しているし、単に面白がるだけの思い付きのインスタントさとは趣が異なる。ポストクラシカル的な美しさを合成音声との化学反応で増幅した傑作。


次回:過去の名ボカロ曲をレビュー part6の記事

前回:過去の名ボカロ曲をレビュー part4の記事


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