場のデザイン

デザイン学校講師ですから、たまには授業のはなしをしてみます。1月23日、東洋美術学校 高度コミュニケーションデザイン専攻1年生「デザイン演習2」の最終課題講評会が無事に終了いたしました。この「デザイン演習1・2」授業は4年制学科最初の一年間におこなうもので、いい・わるいデザインの議論やそのリ・デザイン、フィールドワークやディスカッション、活字スペース調整演習に、調査にもとづく作文と編集・冊子制作、デザイン史の講義と様式研究……と、さまざまな課題を(ある種、節操なく)おこなうプログラムとなっています。デザインに携わるひとの最初として、意識や体質を調律するような、そうした意図をもった基礎過程です。ここでは、最終課題である「場のデザイン」課題文を後半でご紹介します。そのまえに、その背景をすこしおはなしを。

このような最終課題としたのは、現地調査を経て、具体的な場所と目的を設定し、デザインをおこなうと、さまざまなデザインの対象がでてきて、それらをいかに解決するか、みなで試行錯誤してゆく……そうした体験を意図しています。これはかつて産学連携というかたちで、島根県経営者協会や福岡県大牟田市のNPO法人と協働するなかで気づいたことを課題化したものです。その地固有の「なにか」を精緻にみて、濾過してゆくプロセスとでもいいましょうか。

この数年間続けている課題ではありますが、ことしはすこしカスタマイズして「カフェ」という、もうひとつのキーワードをあたえました。これはクルミドコーヒー / 胡桃堂喫茶店 / クルミド出版の今田順さんとおはなしするなか、これまでのわたしが「場」としていたものと、彼らのかんがえる「カフェ」というものの相似性を感じたからです。課題自体は11月から1月にかけて実施。初回は中村の出題後、今田さんからカフェについての講義をいただきました。その後、受講生達は出身地もしくは居住地ごとにグループとなり、各所をフィールドワークしながら、それぞれの地で最適な「場としてのカフェ」を計画するという進行です。

最終回をひかえ、受講生の多様な成果過程をみるうち、今田さんと、私だけでなく、さまざまなかたの視点での講評が必要だと感じるようになりました。場やカフェと、風土は不可分であることから、風土形成事務所 廣瀬俊介さんを講評会ゲストとして最初におもいうかべました。くわえて、それと相互する環境という視点をかさねるため、本専攻で『環境デザイン』授業をご担当いただいております竹内誠先生、藤井将之先生もいらしてほしい、とおもいました。また、その空間・地とひと、ひととひと、ひととものの関係をふまえると『エクスペリエンス・デザイン』『インターフェース』授業をご担当いただく、大林寛先生石塚集先生吉竹遼先生の視点も不可欠であり、さらには店頭でのコミュニケーションとなる『販売促進』や『マーケティング』も必要であると、その授業をご担当いただいております和田隆次先生にお声がけをいたしました。

尊敬する講師の諸先輩方に、お忙しいなかお集まりいただくことは、私としては恐縮でありましたら、ひとつのテーマや成果物のもと、さまざまな視点や意見が交錯しながら、あらたな課題を浮き彫りにしてゆく、横断的な講評となり、それは高度コミュニケーションデザイン専攻が理想とする場となりました。また受講生が学年があがるにつれ、お世話になる先生方にも引き継ぎをおこなうかたちとなったことも、私として嬉しくおもいます。


課題 「場のデザイン」

一年次を通じて実施される「デザイン演習1」「デザイン演習2」も、これをもって最終課題となります。今課題は、これまでこの授業をはじめ、各種の講義・演習で体得された、経験値やスキルを基にしながら、それをおおきく応用展開しなければたちゆかないプロジェクト形式の課題となります。課題テーマは「場のデザイン」。

各グループが任意に設定したまちに、最適な場(今回は「カフェ」という言葉で表現します)をデザインしてもらいます。ことばだけみればシンプルなものですが、残念ながら( ? )ここでは、そんなに簡単なものはもとめていません。具体的には、まず出身地やゆかりのあるところをふまえ、グループを形成します。そのグループで、それぞれ馴染みのある、任意のまちをリサーチしてください。フィールドワークに文献調査、また他所での事例調査……などなど、とにかく、足と頭をフル活用しながら、入念に、徹底的におこなってください。ここでいかに情報を経験として身体化するかが結果の精度を左右します。

今回のテーマは「場のデザイン」です。したがって、空間のデザイン(建築や、ランドスケイプ、あるいはインテリアのデザインなど)を目的にはしていません。もちろん、それは場のデザインに応じて付随するものではあります。また「場」として「カフェ」という表現をしますが、これもまた単に飲食を提供する店舗というわけではありません(このあたりは初回 今田順先生の講義を参考にしてください)空間や環境、あるいは店舗、ブランディング……というものは、今回のプロジェクトにおいてはあくまで手段のひとつであり、それを目的とはしていません。グループで選出したまちにとって、はたしてどのような「場」がふさわしいのか? しかるべき「場」 ——それについて、考え、デザインを形成してください。みなさんの成果に期待します

|課題文解説として|
EnvironmentalとAmbient —— ‘環境’のデザインについて

1: 産業革命の解答としての20世紀Modernism。
2: Environmentalと都市——その中心性
3: Ambientとしての環境——二元性から未分明へ
4: あらたためて場のデザインとはなにか?

Keyword
まち / 街 / 町 / 都市 / 環境 / Environmental / Ambient / Modernism / 日常 / 生活 /暮らし / 近代 / 二元性 / 未分明 / カフェ / 喫茶店 / 場 / コミュニティ / ソーシャル・デザイン / コミュニティ・デザイン/ 風土 / 谷崎潤一郎 / 和辻哲郎 / 鈴木大拙 / 柳宗悦 / ブライアン・イーノ


EnvironmentalとAmbient —— ‘環境’のデザインについて

環境デザインにはEnvironmental Designの語があてられる。いっぽうで環境音楽はAmbient Music。おなじ環境ということばながら、その差すところはおおきくことなる。たとえば環境問題はEnvironmental Affair、それは人間の周辺にあるものを対象としているのだろう。いわば主と従、中心と周縁、同心円状に拡張してゆく。どうじに、それはどこかで都市を想起するものでもある。いっぽう、Ambientは不可視のものでもあり、そこには主従関係は存在しない。ひとも周辺も一体化している状態である。この課題においては、環境ということばを両義的にとらえつつも、基本的にはAmbientの側にたち、対象を見据えてゆくこととする。Ambientとしての場のデザイン—環境のデザインは、いかにして可能だろうか?

1: 産業革命の解答としての20世紀Modernism
近代デザイン史でもふれたとおり、こんにちにおいてデザインの基準となっているModernismは、産業革命以降の世界にたいする解答としてめばえ、20世紀という時代のなか成熟した。それは工業化を前提とし、不特定多数への流通を目的とし、ヨーロッパの拡張としての国際化・国際規格を成立させるにいたった。しかしヨーロッパを基準とした国際規格は、けっして他所に最適化されているものではない。こうしたところは谷崎潤一郎『陰翳礼讃』や和辻哲郎『風土』で指摘されているとおりである。


2: Environmentalと都市 —— その中心性

デザインの目的は——それがヴィジュアル・デザインであれ、プロダクトデザインであれ、建築であれ——いずれの場合も環境形成である。Max Bill

20世紀におけるModernismのキーワードとして、工業化・国際化とならび、都市を形成し、都市を中心として展開されたものであるとみることができる。マックス・ビルのいう環境形成には、どこかで都市、つまり中心性をもつ人工環境という意味を汲み取ることができる。産業革命後、産業のあるところにひとはつどった。そのため、ひとつの国のなかでも人口が過密なところと、そうでないところが存在するようになる。都市と郊外の、同心円状の関係。そして20世紀のモダニストたちは、積極的に都市のデザイン、そして都市におけるデザインのありかたを積極的に形成してゆく。レム・コールハースの指摘するよう、都市はジェネリック化し、各国各地の同一性をみちいびいた。そして、そこではおのずと都市と郊外の関係もジェネリック化した。シティボーイにシティガール。いっぽうでそれにコンプレックスを隠せないイナカモノ。21世紀にはいり、地方を発信源とするローカルなデザインが着目されるようになる。しかし、その図式はつまるところ、都市に対するローカルという前世紀的なかたちである。都市のデザイン、ローカルのデザイン、そうした分割的なもの以前に、ますはその地における最適解をみちびくことが必要なのではないだろうか?


3: Ambientとしての環境 —— 二元性から未分明へ

近代の人々は何も殺風景になって、石は石でしかなくなった。人間と環境の区別が、生きたものと、死んで居るものということになった。それで環境は克服すべきもの、克服されるもの、何か物質的に人間に役立つべきものということになった……ここに二元的思索の非人情さ、みにくさが見られる……仏教の根本義は、自分とその環境をひとつのものに見るのである。草や木は言うまでもなく、石や土までの生きものになるのである。鈴木大拙

海外において東洋思想をつたえた鈴木大拙は環境をそのようにとらえる。ビルのいう環境が、人間を中心とした外界すべてであり、それはひとの手により形成されるものだとすれば、大拙いうそれは、どこにも中心はなく、ひともまた—自分自身も他者も—環境であるとする。同一化され、溶けた状態。この「環境」の感覚はAmbientといえるのではないか。ブライアン・イーノが提唱したAmbient Musicのいう環境。周辺、あるいは場という視点で、デザインの可能性はないだろうか? それをふまえれば、柳宗悦による民藝運動は、まさにその地における最適解としてのデザインへを自覚する行為ではなかったか。


4: あらたためて場のデザインとはなにか?
都市とローカルではなく、その地。Environmentalではなく、Ambient。空間ではなく「場」そこにおける最適解をデザインでもってみちびいてゆく行為。こんにち、そして、これからにおける「場のデザイン」そして「カフェのデザイン」に受講生各位の成果に期待します。

補足
谷崎潤一郎 |1886 — 1965|小説家。近代日本文学を代表するひとり。キャリア前半はフェティズム満載、それを経て後半は日本の美、とくに近代におけるそのありかたがひとつのテーマとなる。随筆『陰翳礼讃』はデザイナーや映画監督をはじめ、おおくのひとびとに影響をあたえた一冊。この課題においてもおおきなヒントとなることはまちがいない。

和辻哲郎 |1889 — 1960|哲学者。近代日本思想を代表するひとり。代表著作『風土』は、生活や美術など、ひとびとのいとなみはの地—つまり風土に由来するものとの視点。近代、20世紀のコンセプトはグローバル化であったわけで、その時代においては異質な発見ともいえるかもしれない。ときを経て、ひじょうに今日的な視点・考察として『風土』を受け止める重要性は、いうまでもない。

マックス・ビル |1908 — 1994|スイス出身、その後、ドイツで活躍したデザイナーであり造形家。バウハウスの学生としてキャリアをスタートし、オトル・アイヒャーにまねかれウルム造形大学の学長に就任。タイポグラフィに建築、彫刻……とその守備範囲はひろく、まさに環境形成としての自身のデザイン思想を体現しているともいえる。いずれもモダニズムの典型例ともいえる造形が特徴。またモダニズム様式から伝統様式に変化したヤン・チヒョルトを批判し、その後の当事者間の論争はタイポグラフィ史においては、ちょっと有名な事件。

鈴木大拙 |1870 — 1966|仏教学者。円覚寺に参禅しながら、学習院の英語講師としてそのキャリアははじまる。このときの生徒のなかには後述する柳宗悦がおり、生涯にわたり師弟関係がつづく。アメリカやイギリスをはじめ、禅をつうじて日本の、そして東洋の思想をひろく伝えた人物。あまりに広大な思想ゆえ、端的に紹介することは無謀であるが、勇気を持ってそれをするとすれば、西洋知はキリスト教に基づく二元論がその根底にあり、日本や東洋文化は未分明であるというもの。それはまた中庸の自覚ともいえる。ちなみにアメリカで発刊された著作『Zen and Japanese Culture』(ブックデザインはポール・ランド)に影響された代表人物が、『4:33』で知られる現代音楽家 ジョン・ケージであり、そうした米国でのZENムーヴメントの影響下にスティーヴ・ジョブズがいたりする。アップルのデザイン特有のオブジェクト志向には(おそらく)未分明という視点の影響がみられる。大拙の著作は、とうぜん、禅や仏教を紹介するものだが、今日的なデザインのはなしとしても捉えることができる。

レム・コールハース |1944 —  |オランダ ロッテルダム出身の建築家。当初は建築ジャーナリストとして活動を開始。その後、AAスクールを経て建築家としてデビュー。建築家としては遅めのスタートながら、瞬く間に建築界のトップランナーとなった人物。近代都市にたいする批評で有名であり、その影響力は計り知れない。『錯乱のニューヨーク』『S, M, L, XL』などの、彼の著作はつねに建築界で話題となる建築論・都市論である。中村個人の印象としては批評家というよりも、論客とよびたいひと。

ブライアン・イーノ |1948 —  |イギリスのミュージシャン。当初はプログレシヴ・ロック界隈のキーボード、シンセサイザー奏者として活動。数々の著名な作品はあれど、もっとも有名なものはWindows 95の起動音か。1978年、アルバム『Ambient 1 / Music for Airport』を発表。空気のような音楽—Ambient Music (環境音楽)を提唱し、その嚆矢となる。イーノ曰く「飛行機が墜落するときでさえ、それを止める必要がない音楽」。いつのまにか、そこにある音、音楽。自覚的であれ、無自覚であれ、イーノの影響下にある音楽家は当然おおい。

柳宗悦 |1889 — 1961 |思想家、美学者そして宗教哲学者。民藝運動の中心人物として知られる。ウィリアム・ブレイクの研究にはじまり、白樺派とも関係しながら、宗教哲学者としてキャリアをスタート。1926年『日本民藝美術館設立趣意書』を発表。それぞれの風土のなか、無名の職人たちが作り続ける生活工藝品を、民の工藝、民藝として定義し、その価値づけ、保護、紹介する活動をおこなう。ここで重要なのは、けっして骨董趣味でもなく、作家性を推奨したものではないというところ。形骸化した民芸それ自体は、元来、民藝運動の趣旨とはことなるものである。そうした意味では、いっぱんにいわれているように、美術的なアーツ・アンド・クラフツよりも、むしろモダニズムとの思想的つながりをみることもできなくはない。それは子息である柳宗理が工業デザインの分野で、工藝的なこころみをしたことにも象徴されているかもしれない。学習院時代に英語講師であった鈴木大拙に出会い、生涯にわたり師弟関係がつづく。それゆえか晩年の著書『美の法門』は、大拙の著作かと見まごうほどのもの。大拙の思想が、宗悦の運動となり、宗理のデザインとなったとみれば、宗理の完成度のたかいデザインが三代にわたり成熟した成果であるともみることができる。


24 January 2019
中村将大


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