点を打つこと

ぼくは美術やデザイン系でない大学を出て、デザインの専門学校に進み、美術デザイン系の大学で教員となっている、変わったキャリアのひとです。大学の仕事で全国のデザインに興味のある高校生に会いますが、よく「専門学校と美大って何が違うんですか?」と聞かれます。またセミナーなどでは「専門学校を出たのですが、美術大学の学生に追いつくにはどうすれば良いですか?」ということも。

デザイナーを目指すことにおいて、専門学校を出ようが、美大を出ようが、優秀な学生はどこでも優秀だと思うのですが、カリキュラムの違いを述べると、例えば2年生の専門学校と違い、美術大学は一般的には4年間で卒業しますよね。その2年の差、専門学校と違って「頭と尻尾の学びがある状態」というのが、美術大学の説明としてわかりやすいかなと思います。

専門学校はデザイナーとしての職業訓練に特化し、主に2年でその技術を習得することに努めます。大学はまずデザインを学ぶための土壌づくり(頭)から学びをスタートできます。いわゆる一般教養や基礎科目と呼ばれる部分です。また、技術を習得すると卒業する専門学校に対して、卒業研究(卒業制作)やゼミなどを中心に、単なる学びから新しいことを開拓する「研究」へと軸足を移していけるのが大学の特徴です。自分の領域の中から新しいことを発見・展開し、社会に投げかけていくという楽しいフェーズ(尻尾)が存在しているのです。

ぼくは大学1年や2年を中心に教えているのですが、入学したばかりの学生から「1年生のときにやっておいたほうが良いことを教えてください!」とよく質問されます(真面目ですね)。デザインをいち早く習得したい向上心のあらわれで、とても素晴らしいことだとは思うのですが、せっかく大学生になれたのだから、1年生の頃はしっかりと「頭の学び」をやっておくべきだと思うのです。

デザインという仕事はあらゆる世界の問題を、関係性を繋いでいくことで解決していく仕事だと思います。レイアウトの技術とかタイポグラフィの知識とか、デジタルツールの使用法も必要かもしれませんが、もっと大切なのは、自分が日々触れている世界の幅を広げていくことだと思います。

冒頭で「美術大学の学生に追いつくためには」という質問がありましたが、もっとも有効なことの一つがこの頭(教養)を埋めていくこと、別の言葉でいうと「なるべくたくさんの知識や興味の点を打つこと」とも言えます。

では、どうすれば良いか。答えの一つとして「新書を読む」という行為をオススメします。

これはぼく自身が大学1年生のときにやっていた方法ですが、書店の棚に行くと新書がずらっとならんでいるコーナーがあります。有名なところだと「岩波新書」とか「講談社現代新書」とか。他の多くの出版社も新書を刊行しています。見るとわかりますが、大きめのポケットに入る独特のサイズのあの本です。

そこに行って自分が興味の惹かれたタイトルをなんでもよいので選んで(多少内容を確認した上で)買ってみます。新書には、ビジネス書やライフハックのようなものもありますが、まずは「心理学」とか「経済学」「哲学」「天文学」のような原初的なタイトルがついた本が良いかもしれません。もちろんデザインの本でも良いのですが、例えば「色彩」などのように要素を根元から学べるタイトルがついた本のほうが、少し遠くに点が打てるでしょう。

新書は軽くて薄くて小さいので、ポケットやかばんに難なくしのばせることができ、いつでもどこでも読めます。しかも「専門的なことを入り口から書いている」文章が多いため、非常に読みやすいのです。飽きっぽい自分のやり方は、2、3冊ほどの新書を持ち歩き、1冊に飽きたらもう1冊と、併行的に読む方法でした。もちろん最初のうちは1冊を丁寧に読むのも効果的でしょう。

ぼくは大学1年生のときに、本当にたくさんの新書を読みました。そしてそのとき読んだ1冊1冊が(大学の講義と同じくらい)自分にとって貴重な知識や興味につながったと思います。どんどん自分が豊かな知識になっていくというパワーアップ感がなんとも快感になってくるのです。

何か例をあげてみましょう、この新書。

「西洋美術史」をなぜ学ぶのかというところから始まって、最後まで読み手が興味を失わないように、すごく配慮して書かれた書籍です。この本から、ぼくらは美術史の知識だけでなくて「ビジュアルを言葉で読み解くこと」「ビジュアルがコミュニケーションする意味」などを実感していくことができます。

著者の池上氏は東京造形大学の教員をつとめており、この本は彼が担当する講義授業「西洋美術史I」の美味しい部分をならべた構成になっています。私立美大の授業料で考えると、1つの講義で割っても学生が万単位でお金を支払っていると考えてもおかしい話ではなく、それに対してこの本は千円ほどのお金で手にはいってしまうわけです。もちろん直接教員が指導する講義授業のメリットは限りなくありますが、授業中ずっと眠っている学生よりは、こちらを読んでいる人のほうが差がつくと思うのですが。

せっかくですので、デザインを学ぶ人におすすめしたい古い新書を2冊紹介します。古いといっても、書かれていることは、今まさに輝きをもって受け止められる珠玉と呼んでもよい2冊だと思います。

小学校のころからノートを書いたり、レポートをまとめたりしているのに、誰も情報編集の技術について、体系的に教えてもらっていないのはなぜでしょうか。この本は、学ぶため、発見するため、書くため、などに必要な基礎的な「情報の取り扱い方」について書かれた貴重な資料です。今だとOSのファイル管理であるとか、Evernoteの使い方とかに通じていくとは思うのですが、この本ではそういったデジタル機器も一切なかった時代にきちんと情報を構造化すること、逆に解体して別角度から見ること、つまり、情報をオブジェクト単位で扱うことの効用を説いていて、考え方を紡いで行く大きなヒントになっています。初版は1969年ですが、100刷近く刊行されているスーパーロングセラーです。

NHKのディレクターだった吉田直哉氏が、仕事の体験を通じて獲得した、映像づくりの本質を語った書籍です。数々の危険な現場でカメラを回しそこから導かれた、氏が体得した映像の本質について惜しむことなく語られています。なんとバーチャルリアリティについてもその本質を捉えようとしていて、どの章も、クリエイターにとっては学びが多いです。特にデザイナーにとって興味深い章は、日本最古のモーショングラフィックスともいわれる「日本の文様」という番組を制作したときのエピソード。実際には読んでほしいのですが、ぼくはこの章を読んで泣きました。

書籍は、著者が一生懸命自分の人生を費やして学んだことを、なるべく人に伝えるために一生懸命煮詰めて、刈り込んで生まれた「究極の人生のショートカット」だと思っています。特に良書と呼ばれるものは「チート級のショートカット」です。

いろんな人の人生を追体験しながら、自分の興味の点をなるべくたくさん打ち続けておくこと。学生であろうが、社会人であろうが、教養の幅を広げていくことは、仕事や人生を豊かにしてくれる、いちばんの手っ取り早い方法ではないでしょうか。

今はKindle Unlimitedなどのサービスの登場により、スマホの中に図書館を持ち歩いているような感覚で書籍に気軽にアクセスできるような、すごい時代になりました。美大生も専門学校生も、高校生も社会人も、書籍を通じて人が見つけた価値に、どんどん割安に乗っかっていきましょう。きっと仕事や勉強だけでなく、これら無数の点がいつの日かのあなたを彩ってくれると思います。


あ、わたしもこんなショートカット本を書いてますので、よろしければぜひ(宣伝)




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コメント1件

「頭と尻尾の学びがある状態」が(美術)大学のプラスの部分。一見、「背骨」と言ってしまいしうですが、よく考えたら考える「頭」と、進む「尻尾」でした。最近の大学は、どうも専門学校化しているように感じるのですが。
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