30年ぶりに釣りをしてみようと思う (2)

たしか2003年くらいのことだろうか、フリーランス期の大恩人であるところのメンクラ川村さんの仕事で、もうページの企画も忘れてしまったけれど、とにかく変化球的なレジャーを提案しなきゃならなくて、ボートシーバス(スズキ釣り)を紹介したことがある。それで取材させてもらったのが当時新進気鋭のアングラーだった村岡昌憲さんで、私が東京湾奥なんて言葉を知っているのは、このときリサーチで聞きかじったものだ。

たしか夢の島のマリーナで撮影させてもらったのだけれど、人物撮影だけお願いしていたのに、ボートのいけすに手を突っ込むと、キープしておいてくれたのだろう、65cmくらいのシーバスを抜き上げて見せてくれて、頼まれた以上のものを準備しておいてくれる人なんだなーといたく感心したのを覚えている。そういうわけで東京湾のシーバスは強烈に記憶に残っている。

そのシーバス(Lateolabrax japonicus)はスズキ目スズキ亜目スズキ科スズキ属で、かたやこれから狙ったろうとしているストライプドバス(Morone saxatilis。多くの人は単にストライパーと呼ぶ)はスズキ目スズキ亜目モロネ科モロネ属に分類される。でもこの分類になったのは比較的最近で、ちょっと前までスズキ属もモロネ科に入れられていたようだ。つまりそれくらい近縁だということ。

スズキと違うストライパーの生態としていちばん特徴的なのは渡り鳥みたいに季節性の回遊をするところで、北米の大西洋岸を冬はノースキャロライナまで南下しつつ、河川を遡上して産卵、春の訪れとともに沿岸部の小魚や甲殻類を食い荒らしながら北上し、どんどん成長しながら初夏にはカナダ国境あたりまで到達する。そして夏が終わり海水温が低下するに従い、ふたたび大旅団となって南下を開始するのだ。アメリカの釣りサイトOn the waterには毎週、この魚群がどのあたりを移動しているかのレポートが載る。桜前線みたいなものだろうか。

ただこの大回遊は全員が全員、最初から最後まで付き合う性質のものではないらしい。中央アジアがルーツと言われるモンゴロイドがシベリアを北上し、アラスカを渡って今度は南下、チリ最南端まで到達するまでの間に方々に残り、イヌイットになったりネイティブアメリカンになったりマヤ人になったりアステカやインカになったり、さいはての地でヤーガン族になったりしたように、大西洋岸のあらゆる海岸、河川に、旅から降りたストライパーが居着いているのだという。

シーバスとの最大の違いである大回遊が関係ない魚がいるのなら、日本のシーバスメソッドを持ち込んだら、釣れちゃったりなんかするのではないだろうか。ブッコミ釣りのおじさんの話を聞きながら、そう思い始めていた。マンハッタンはぐるり川に囲まれた島である。なのに釣り人は決まった数カ所にだけ、それもちょこっとずつしかいない。なんでだろうという疑問がある。釣れないから? ひょっとして無理だってことにされてるだけなのではないだろうか。そういうナメた気持ちが湧いてきた。

脳裏にあったのは4年ほど前にMonsterProShopというサイトで読んだ、ショータさんという人がロンドンの街中で探り探り、パイク釣りを開拓していく記事のことだ。あの記事みたいに都会のど真ん中で、自分なりに試行錯誤しながら、ローカルの人が用いないやり方でぶっとい魚を引っこ抜いてみせられたら、どんなにカッコいいだろう。そういう下心が発動したのだった。まずはロッドとリールだ。

ググっていきなり愕然としたのだが、アメリカにはシーバスロッドというカテゴリが見当たらない。分野を問わず日本のマーケットの特徴として、極端なカテゴリ主義があると思う。朝専用缶コーヒーとか、マスク専用洗剤とか、トイレ専用マジックリンとか。あれに慣れてしまうと、それ用に作られたものを使わないと何か不安になってくる、という消費者病理に見事に陥ってしまうのだけれど、自分のなかにそういう部分が強固に根差していることを発見したのだった。

そういうわけで日本のシーバスロッドに相当するような、長さ9フィートくらいでミディアムアクションで、1オンスを投げられる安いスピニングロッドをまずポチる。とりあえず投げられればいい。あとリールだけれど、パッとみて各メーカー主力の価格帯があまりに高いんでびっくりした。釣具ってそんなにするもんだったっけ。とはいえあんまり安いのも怖いので、ダイワの海外モデルでエリミネーター3000っていうのがセールで60ドルになってるのを発見して、それをポチった。

埠頭で話を聞いていて、もうひとつ驚いたことがある。ラインが全員Braidedなのだ。日本ではPEラインという、裁縫糸みたいに細い繊維が編まれてできているやつ。私が釣りをしていたときはたぶん、ナイロン製のモノフィラーライン(編まれてない単一の糸)しか存在していなかった。光陰流水、30年は浦島太郎には十分な年月で、どうやらいまどき道糸はポリエチレンのBraided、ハリスはフロロカーボンのモノフィラーというのが常識になっているらしい。こわい。

なんで怖いかというと、このPEというのは同じ糸の姿をしていても取り扱いがだいぶ異なり、とりわけ結び方が違うというのである。糸の結び方というのは釣りにとってものすごく大事な、ここだけは子供だろうと手加減はしてもらえないファンダメンタルな要素で、小学生の私はだいぶがんばってクリンチノットと電車結びを会得した記憶がある。おかげでいまでもそらで結べるのだけれど、現代的なPEラインでは役に立たないらしい。FGノットという未知の方法で結べと書いてある。大変なことになってきた。






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