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  • 砂のお城が壊れても

    4話完結の短編小説です。

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【短編小説】「おおきくなったらケッコンしよう」と約束してきた幼馴染が一生可愛い。~好きと言えない僕は、あらゆる言葉で想いを伝え続ける~

第1話「おおきくなったらケッコンしよう」  幼い頃の僕――新田優樹(あらた・ゆうき)は心が不自由だった。  自分がどうしたいのか分からない。今どんな気持ちなのか分からない。それ故に「どうしたの?」と聞かれても、「〇〇した」と答えられない。  母が聞いてくる。 「寂しいの? 痛いの? 悲しいの?」  そのどれにも当てはまらない気がして、首を横に振る。 「寂しい? 痛い? 悲しい?」  母の顔が徐々に焦りの色を帯びてくる。根気強く僕の気持ちを知ろうとしてくれているが

    • 【掌編小説】にんにく

       久々に食うか、と足を運んだラーメン屋。  いらっしゃーせー、という元気のいい店員さんの声と、食欲を刺激するスープの香りが出迎えてくれた。  カウンターテーブルに通された僕は、さっそくオーダーを済ませる。  漬け物を食べながら待っていると、数分後には注文したラーメンが目の前に置かれた。 「いただきます」  箸をとる前に手を合わせ、一緒に頼んでいたおろしにんにくをラーメンに投入していく。  ——?  そこでふと、脳裏に疑問が浮かんだ。  僕はいつから、にんにくをラーメ

      • 【掌編小説】スイーツショップ

         冷蔵庫の中を見て、ため息をつく。  ——卵切らしちゃったな  ぱたん、と扉を閉め、パーカーを羽織る。  玄関を出て、最寄りのスーパーまで歩いていく。  たんたんと、淡々と。  途中で信号に足止めされ、心の中で舌打ちをした。  青信号を待つ間、やることもなく街並みを眺める。  不意に、カラフルな外装のスイーツショップが目に入る。  君とよく通った、思い出の店だった。  ガラス張りの窓の向こうの店内で、若い男女の二人組が仲睦まじげにアイスを食べている。  その光景が、あの

        • 【掌編小説】ランニングシューズ

           玄関口の靴を、じっと見つめる。  あの頃に買った、君と同じメーカーのランニングシューズだ。  見つめていると、走りに行くのもやめてしまおうかと思うほど、寂しい気持ちに襲われる。  ——家にいても一緒か  気持ちを振り切るようにして靴を履き、玄関を出た。  いつものコースを走り出す。  今日は休日、いつもより長めに走るとしよう。  思えばあの頃もそうしていた。 「あっ、これとかよさげじゃない?」  あの日、君と一緒にスポーツ店に足を運んだ。  ランニング用のシューズを

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        【短編小説】「おおきくなったらケッコンしよう」と約束してきた幼馴染が一生可愛い。~好きと言えない僕は、あらゆる言葉で想いを伝え続ける~

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        記事

          【掌編小説】夜明け前

           徐々に明るみを帯びていく空。  透き通っていく半月。  明けの明星が、東の空できらきらきらと輝いている。 「もうすぐじゃない?」 「だね」  白んでいる水平線の向こうを見つめてささやいた。  つぶやくほどの声でも、意思疎通ができる距離で君と歩いている。  昨日よりも近くなったような、そんな距離感だった。   「良い空気。いつもこうならいいのに」  夜分に草木が浄化した空気を吸い込んで君が言う。  澄み渡る大気に、人も車もない、僕らだけの世界。  毎日がこんなにも心地

          【掌編小説】夜明け前

          【掌編小説】マフラー

           冬も終わりに差し掛かるというのに、空気はまだ冷たい。  街道を歩き、スポーツ店の前に立つ。  ショーウィンドウのガラスに映る私。  その首元に巻かれたマフラーを見て、思わず苦笑が漏れる。  ——まだ付けているのか  そんなふうに笑われた気がして、視線を上げると。  スキーウェア姿のマネキンと目が合った。  マネキンはあの日のあなたとそっくりな服装で。  否応なしに私はあなたとの日々を思い出してしまう。 「いい人、いないかなあ」  そう言ってゲレンデを見回すのは、

          【掌編小説】マフラー

          【掌編小説】紙飛行機

           ベランダに出れば、いやに澄み渡る青空が広がっていた。  視界の端まで広がる青が、まるでマウントをとるかのように、僕を見下ろしていた。  ——鳥のように飛べればどれだけ気持ちが良いだろう  風に乗り、優雅に空を舞う鳥に想いを馳せた直後、玄関の方から『がさっ』と音がする。  見に行くと、郵便受けにチラシが入っていた。  ——ちょうどいい  紙束を取り出し、思い立つ。  せっかくだから挑戦してみよう。  あの日うまく作れなかった、紙飛行機作りに。  それは、まだ君と二

          【掌編小説】紙飛行機

          【掌編小説】勿忘草

           春眠、暁を覚えず。  いつまでも寝ていたくなるような、うららかな朝だった。  けれど僕にはやるべきことがある。  日課のそれを思い出し、身体に活を入れ起き上がる。  小型のじょうろに水を入れ、「おはよう」のあいさつ代わりに水をやる。  君が置いていった、この花に。  君と出会ったのは、高校時代。  学校の花壇に水をやる君の姿に、僕は、秘かな想いを抱いた。  それからというもの、部活に入っていなかった僕は、下心満載で君の所属する園芸部に入部。  それなりの仲になるまで

          【掌編小説】勿忘草

          【掌編小説】ピローミスト

           ——眠れない  ため息をついて寝床から起き上がり、頭をかく。  昼間飲んだコーヒーが、今さらになって効いてきたらしい。  こういう時に気合で眠ろうとしても逆効果だ。  僕は久しぶりに、入眠アイテムを試すことにした。  耳栓にアイマスク、それから、ラベンダーの香りがするピローミスト。  どれも君に教えてもらったものだった。 「……」  感傷に浸りそうになる前に、僕はピローミストを枕に吹き付け、耳栓とアイマスクを装着する。  ラベンダーの香りが記憶を呼び覚まして。

          【掌編小説】ピローミスト

          【掌編小説】フレンチトースト

           夜明け前に、ぱちりとまぶたが開いた。  せっかくの休日だというのに、布団をかぶり直しても、いやに寝付けない。  そのうち二度寝入りへの挑戦も諦めて。  身体は何かを求めるかのようにして、その上体を起こす。  早く起きても、楽しみなんてないはずなのに。  ――きっと、君のせいだ  もうここにいない君を脳裏に描きながら、枕元のスマホを起動する。  カメラロールをスワイプし、恋しくなった。  君が作ってくれたフレンチトーストの写真を見つけてしまったから。  あれは、初

          【掌編小説】フレンチトースト

          【掌編小説】ヘアピン

           窓際のイートインスペースで一人、テイクアウトしたコーヒーをすすっている。  ふと、ガラスに映る自分の顔が目に入る。  伸びてきた前髪が、いい加減うっとおしい。  けれど、床屋に行くのもめんどくさい。  予約してすぐに行けるとも限らないだろう。  ——そういえば  こんな時に役立ちそうなものを持っていた、と、メッセンジャーバッグの中を漁る。  数十秒の捜索を経て、目当てのものは見つかった。  サイドポケットに入っていたそれは、髪留め用のヘアピンである。  昔、君にも

          【掌編小説】ヘアピン

          【掌編小説】ラケット

           iPadの電源を消し、ひとつ、ため息を吐く。  ひさびさの休日。部屋の中でダラダラするのにも飽きてしまった。  ——そうだ、久しぶりに運動でもしよう  ぐーっと伸びをして、何をしようかと部屋の中を歩き回る。  ふと、足が止まる。  目に入ったのはテニスラケットだった。  あの頃からずっと、そこに立てかけられたままの。 「わあ……すっごーい!」  僕のiPadを自分のもののように操作していた君が、突然、拍手をした。 「何見てるの?」 「これ!」  画面に映っ

          【掌編小説】ラケット

          【掌編小説】放課後

           何もかもがオレンジ色に染まっていく。  汗がしたたる季節の西日は、今から沈むだなんてウソみたいにまぶしい。  みーんみんみんみん、というアブラゼミの鳴き声をBGMに、君と二人、クリアファイルをうちわ代わりにして歩いていた。  顔をパタパタとあおぎながら、君が言う。 「世界の終わりみたいだよね」  僕が、確かにそうだと返す代わりに「はっはっは!!」と笑うと、君は変質者を見るような視線で僕を刺した。 「暑さでアタマやられた?」   「いやいや。それは言えてるなって思っ

          【掌編小説】放課後

          【掌編小説】砂時計

           リビングに飾っている小さな砂時計が、いやに目に留まる。  薄茶色の本棚の上に立っているそれを、普段は見ないフリをして玄関を出る。  けれど、休日の今日は見ないふりに逃げこむ理由もない。外出しようにも、外に出る元気もない。  まるで砂時計に操られてしまったみたいに。僕は出来心から、その砂時計をひっくり返してしまう。  砂がさらさらと、下に向かって流れ落ちていく。  はじめに思い起こされたのは、君と二人、旅行に出かけた時の話。  せっかくの観光であるにもかかわらず、ど

          【掌編小説】砂時計

          【掌編小説】テレビ

           ——はあ、これ、どうしようかな  引っ越し準備中、それを前にしてため息をつく。  目の前にあるそれは、この部屋に似つかわしくない程の大型テレビだ。 「デカすぎるんだよなあ」  一人きりの部屋で思わず声に出し、もう一度ため息をつく。  だからあの時言ったのに。  家電量販店のテレビコーナーにて。  僕と君は言い争いをしていた。  同棲を始めるにあたって、部屋にテレビを置くべきか、置かざるべきか、と。 「テレビなんて必要ないよ」 「ううん、絶対に必要だから」  

          【掌編小説】テレビ

          【掌編小説】ネックレス

           いつかの誕生日。  あなたがくれた、細いチェーンのネックレス。  あなたはそれを、不慣れな手付きで私の首につけると。 「やっぱり、似合ってる」  はにかむように、可愛らしく笑っていたね。  そんなあなたを試すように、私は聞いたんだ。 「ネックレスをプレゼントするのって、どういう意味かしってる?」 「うーん、あなたが好き、とか?」 「あは。なにそれ、そのまますぎ」  直感で動くあなたらしい答えで。  私は思わず笑ってしまった。 「じゃあ、どういう意味なんだよ

          【掌編小説】ネックレス