見出し画像

夜に覚めろ

歓楽街の強いネオンはぼくの視力には痛かった。
折角の夜にチカチカする灯りは好きじゃない。
子供だと思われて声こそ掛けられずに済むものの、やはり何度通っても不快な匂いしかしない。
赤い風車が色付く頃に賑わうこの街は、若さと美貌とノリの良さだけが女の天下として廻っていて、それを当たり前のように品定めする男達によって成り立っている。狂ってる。
ぼくは女性の美しさというものは、そういった表面的なところでは測れないものだと思ってる。あなた達はそんな玩具じゃないはずだ。

五月蝿い街を通り抜け、遠く長い帰路を辿れば月の明かりだけになる。家に着く。
室内を温める間に、水張りをしておく。乾くまでに少しだけ家の事を済ませたら筆を取る。時折押し寄せるどうしようもない孤独なら、甘くて苦いチョコレートの欠片で凌いでしまう。気持ちの支えのみならず、程よい糖分とカフェインが眠くならずに集中するエネルギーとなってくれる。このマンションでこんな時間まで灯りが点いているのはこの部屋だけだ。

人々が眠りにつく頃、創作の時間がやってくる。数km圏内に人の意識を感じない真夜中で、感覚は研ぎ澄まされる。キャンバスに色を乗せてゆく。描いてゆく。色も音も線も、起きてきている。そうなればもはや、作者も著作権もよくわからなくなってくる。所有なんてものは社会的な後付けにすぎないのだろう。自然界に成功なんてものはないのと同じように。
もはや描くことだけがここにあり、ぼくは存在しないかのようだ。
今は女性の横顔を描くことが多い。
次は月の絵がいい。

無時間のうち、やがて夜明けが騒ぐ。人々の意識が起き始めた頃、少し残念に思いながらもぼくは眠りにつこうとする。
生きている全ての時間を描くことに費やせる夢を見ることもできずに、今日と明日の境界線もないまま、気が付けばまた仕事という名の労働へと向かう。そういった印象と同時に、繰り返しのようでいて全く新しい景色が表れるのだった。
ぼくは眼鏡を失くした。


投げ銭はこちら→活動費に使わせて頂きます!