『軽井沢ジャーナル』 第三章 -2-

    *

 やがて僕らは解放され、斎藤さんが自分のアパートに帰るのを見届けてから家に戻った。
 取りあえずコーヒーを淹れようと台所に立ったら、豆が残り少なくなっているのに気がついた。そうだ。次はあの喫茶店で買おうと思ってスーパーでは買わなかったのだ。そして今日も食事がおそろかになっている。昼は斎藤さんのガレットの試食をさせてもらったが、夕飯はスルッと抜けてしまっていた。
「高月」
「ん?」
「腹減ってるか? 減ってるなら何か作るけど」
「そうでもない」
「だよな。それとも外に何か食いに行こうか。軽井沢の店は早じまいするところばかりだけど、佐久平まで行けば遅くまでやってるところもあるだろ? 僕が運転するよ」
「七生は腹減ってるのか?」
「…まあ、僕もそうでもないな」
「じゃあ出かけるのはやめよう。少し考えたい」
「わかったよ」
 高月は少しだけウイスキーを注いだグラスを持って自分の部屋に入ってしまい、僕はマグカップを持って書斎に向かった。高月が何を考えたいと思っているのかはわからないが、僕も自分にできることをやってみようと思う。

 部屋のMacを起動し、Safariを立ち上げて軽井沢の別荘警備について調べてみることにする。昼間片平さんが話していた、藤波エクシードが糸を引いているという、新規参入の警備会社のことが気になっていたのだ。
『軽井沢、別荘、警備』などのワードで検索すると、いくつかの警備会社がヒットした。しかしどこも設立年が古く、片平さんが言っていた新しい会社ではなさそうだ。だが、こういうときの検索にはコツがある。求人情報を見てみるのだ。例えば、新しい店が出来るという噂を聞いたらその地域でのアルバイトの募集を探してみると、業種やオープンの日時がわかったりする。
 その方法で、どうやらこれではないかという警備会社を見つけることが出来た。次にやるのはページのソースを見ることだ。ソースにはウェブページには表示されていない情報が隠れていることが多い。運が良ければコメント欄に意外な文字が書かれていることがあるし、そうでなくてもスタイルシートという、ページのレイアウトやデザインを指示するためのファイルの名前にヒントがあったりもする。
 そして、やはりそのスタイルシートのCSSファイルの名前は、「hujinami.css」という、とてもわかりやすいものだった。つまりこのページを作った人は、藤波エクシードのホームページのレイアウト指定用のスタイルシートを流用していたのだ。それはこの警備会社が藤波エクシードの傘下にあるということの証拠でもある。
 そして更に「会社概要」のページには爆弾が隠れていた。見ている自分の目が信じられない。急いで高月を呼んだ。

「これ見てくれ」
「なんだ? htmlのソースか?」
「うん。軽井沢別荘警備という会社のホームページだ。ここは会社概要のページで、代表者や資本金なんかの基本情報が載っている。だけど、ソースには後で書き換える時のために予め <!-- --> というコメントアウトタグで囲んで、普通にブラウザで表示させたときには見えない文章を入れておくことがあるんだ。そうすれば後で修正するように指示が出たときに、資料をめくって何と書くのか確認しなくてもすぐに直せるからね」
「それはわかった。で、何が問題なんだ?」
「この下だ。会社の代表者名のところ。ソースには、次の代表者になるんであろう人の名前がもう書かれている」
 高月がスクロールして画面を見る。そして、さっきの僕と同じように固まってしまった。
「これは…」
 そこには、軽井沢別荘警備の代表者として、『吉村登志也』という名前が書かれていた。

 その夜、僕と高月は再び階下のリビングに降りて長い時間話し合った。これまでの事件のこと。今までわかっていること。そして、様々な可能性について。
 そうすることで、僕らが今まで見聞きしたことの中にも、別の角度から見ると違う意味になると気付いたこともあった。ほんの些細なことではあったが、先ほど見たものと照らし合わせると大きな意味を持ってくる。
 そして僕らはこの先の対応を考える。明日になればきっと藤波の遺体の検視結果も出るだろうし、そろそろ科捜研から水鉄砲の指紋採取の報告もあるだろう。残っていれば、藤波の遺体の指紋と照合されるはずだ。

    *

 朝になり、ただ連絡を待つのも落ち着かなかったので、高月と一緒に片平さんからゴーサインの出た喫茶店の取材依頼に行くことにした。コーヒー豆も買いたかったのでちょうどいい。
 まだ梅雨明けまでにはだいぶある。今日もどんよりと曇った空だったが、旧軽井沢は相変わらず観光客で賑わっていた。
 喫茶『道』に入ってコーヒーを注文し、マスターに取材の趣旨を説明した。
「ああ、軽井沢ジャーナルに載った漫画、見ましたよ。あれを描かれたかただったんですね。先日もいらしてくださいましたよね?」
「はい。越してきてすぐのときでした。コーヒーが美味しくて、ここにきて良かったと思ったんです」
「ありがとうございます。だけど漫画にするの、うちみたいな店でいいんですか? 軽井沢にはもっとお洒落なカフェやレストランがたくさんあるのに」
「こちらも素敵なお店じゃないですか。それに今日は豆も分けていただこうと思って来たんです。こちらのコーヒーがすっかり気に入ってしまったので」
「それは嬉しいですね。うちの豆は全て自家焙煎です。どれをお包みしましょうか?」
 ブレンドが美味しかったので、それを200グラムほどお願いすることにした。取材を快諾してもらえたので、さっそくマスターの顔をスケッチしようと、ショルダーバッグからペンケースとスケッチブックを取り出した。
「落ちたぞ」
 スケッチブックに挟んであったクリアファイルから、藤波の写真が数枚落ちたのを高月が拾ってくれた。その写真に目を留めたマスターが、
「あ、その人もうちの常連さんですよ」
 と言う。藤波もこの店に来ていたのか。あまり嬉しくなかったが、僕より先に軽井沢に住んでいたわけだから、そういうこともあるだろう。
「よく軽井沢署の刑事さんとお見えになってましたね。この頃お見かけしませんが」
 …なんだって?
「それは、吉村刑事とですか?」高月がすかさず尋ねる。
「ええ。そうです。おふたり、仲が良いみたいで、奥のボックス席で話し込んでることが多かったですよ」
 昨夜、高月と見たウェブのソースでわかっていたことではあったが、こうして別のところから裏付けされると、「信じられない」と思っていたことが「事実」となっていくのを感じる。

 店を出たところで吉村刑事から高月に連絡が入った。
「高月です。結果、出ましたか?」
『うん。やはり藤波の死因はアナフィラキシーショックだった。中道くんの蕎麦アレルギー説が当たりだったよ。奥さんが証言した。そして、水鉄砲から採取された指紋も藤波のものと一致した』
「そうですか」
『藤波が持っていたナイフは真迫さんを殺害した凶器だったよ。真迫さんの血液が僅かに付着していたし、傷の形状も一致したんだ』
「斎藤さんのことも殺すつもりだったんですね」
『ああ。もう死んでしまったから自供させることはできないが、これで十九年前の放火殺人と、真迫さん殺害の犯人が藤波であることがはっきりした。被疑者死亡のまま送検ということになるだろうね』
「残念です」
『君も長い間大変だったね。だが、犯人が死んでしまっては裁判は開かれないし、民事訴訟を起こすことも難しいと思う。いろいろ納得は出来ないだろうが、これでもう事件は終わりだ』
「ええ… いろいろありがとうございました」

 だが、まだ終わっていなかった。いや、終わらせるわけにはいかなかったのだ。

    *

 吉村刑事が言っていた通り、藤波は被疑者死亡のまま書類送検ということになり、検察では不起訴という形に落ちつくことになった。藤波の遺族に対して民事訴訟をする権利は高月と斎藤さん、真迫さんのご遺族には残っているが、真迫さんの件はともかく、高月のご両親の事件は起きてから長い時間が経っていることもあり、今後どうするかは関係者で話し合うことになるだろう。斎藤さんのお母さまはこれ以上昔のことで心をかき乱されるのは嫌だと言っているらしい。
 そして、藤波が死んでから一週間ほど経ったとき、高月が吉村刑事に電話をした。
「斎藤さんは本当に東京に戻ることになりました」
『そうか。それは良かったね。ご実家でゆっくりされるといい』
「それで… いろいろ考えたのですが、私も一度東京に帰ろうかと思っています」
『そうかね? この間、軽井沢が好きだと言っていたから残るのかと思っていたよ』
「そうなんですが、前に勤めていた新聞社から、戻って来ないかと誘われていて… 中道も編集部から仕事の再開を強く求められていますし、一度リセットするのもいいかと」
『ああ、それはそのほうがいいね。君たちはまだ若いんだし』
「つきましては、いろいろお世話になった吉村さんにきちんとお礼をしたくて。お食事をご一緒したいと思っているのですが、ご都合はいかがでしょうか」
『そんな、気を遣わなくていいんだよ。私は仕事なんだから』
「ですが、これでお別れですし」
『ああ、そうだね。君たちの送別会ということでもあるんだね。だったらお言葉に甘えようかな』
「ありがとうございます」
 食事をする日は六月三十日ということになった。吉村刑事がその日は非番だったからだ。その日は中軽井沢駅に隣接している駐車場で待ち合わせることにする。そこで吉村刑事を拾って、高月の運転で食事の予約をしたホテルに向かうという段取りだ。

 当日は朝から本降りの雨になっていた。事前に天気予報を確認してあったのでそれは織り込み済みだ。
 中軽井沢の駐車場で待っていると、吉村刑事の車がやってくるのが見えた。降りて辺りを見回し、僕らの乗っている車に気がつくと、彼の表情が硬くなるのが遠目でもわかる。
「やあ。いったいどうしたんだ? この車は真迫さんのフィガロだろう?」
「ええ。真迫さんのご実家に返すんですが、斎藤さんはまだ初心者マークが取れてなくて、ひとりで東京まで運転していくのは不安だと言うので、僕らが代わりに届けることになったんです」
「それは…親切なことだね」
「この車、レトロでカッコいいですよね。せっかくの機会だし、返す前に一度ゆっくり乗ってみようと思って。それで今日はこれを使うことにしたんですよ。さあどうぞ」
 リアシートに乗るように吉村刑事を促すが、彼はなかなか乗りこもうとしなかった。
「この車…ちょっと小さいよね。窮屈じゃないかな。僕の車で行ったほうがいいんじゃないか?」
「でも今日は吉村さんはお客さんなんですから、運転させるわけにはいきません。お酒も召し上がっていただきたいですし」
「酒は… 僕も車だからね」
「大丈夫です。食事が済んでここまで戻ってきたら吉村さんの車は中道が運転してお送りしますって。こいつは下戸ですし、ふたりいるんだから運転代行みたいな感じで」
 そこまで言われて断るのも不自然だと思ったのだろう。吉村刑事はフィガロに乗り込み、シートベルトを締める。僕は助手席に座り、高月の運転で出発した。

 雨はますます激しくなる。
「あいにくのお天気ですけど梅雨時ですから仕方ないですね。山の上は晴れてくれれば景色も綺麗だと思うんですが」
「山?」
「あ、お伝えしていませんでしたっけ? 高峰高原スカイホテルのレストランを予約したんです。あさまサンラインからチェリーパークラインを登ります。ヘアピンカーブが多くてハンドリングの腕を試される道ですが、私はこれでも運転には自信があるんですよ。ああ、でももちろん警察官である吉村さんを乗せているわけですし、スピード違反なんかはしないように気をつけますから」
 高月はいつもよりお喋りだった。口調も明るく楽しそうだが、僕にはそれがちょっと怖い。
 この道は浅間ヒルクライムのコースにもなっており、毎年五月には全国から車の愛好家が集まって大きなイベントが開催されているそうだ。国内では珍しい、公道を閉鎖して行われるモーターイベントである。難所だがそれだけ魅力的な道路だということなのだろう。高月ももちろん取材で何度も来たことがあると言っていた。
 吉村刑事は無口だった。何か不安なことでもあるようだ。
「さて、いよいよここから山坂道ですよ。ああ、霧が出てきたな」
「高月くん。視界がだいぶ悪い。予約はキャンセルして、今日は町のほうで食事することにしないか?」
「キャンセルですって? それは私にはできませんね。藤波の事件の動機は本人の口から聞くことはできませんでしたが、私の推理を話したでしょう?」
「ああ…それはそうだが」
「大丈夫ですよ。おっと、このカーブはきついな。ガードレールもあまり頑丈ではなさそうだから気をつけないと」
 車は快調にチェリーパークラインを登っていった。やがて標高2000メートルの高原に到着する。軽井沢町の標高は1000メートルくらいなので、およそ1000メートルも登ってきたことになる。雨の勢いは収まってきたが霧が濃い。いや、霧というよりも雲の中なのだろう。
 高峰高原には登山者のためのビジターセンターがあり、近くにはスキー場もある。夏はハイキング、冬はスノースポーツで賑わうが、梅雨時の今はあまり訪れる人はいなかった。

 高峰高原スカイホテルのレストランには、信州牛のステーキをメインにしたランチコースを予約してあった。ワインのボトルも注文する。飲むのは吉村刑事だけなのだが、彼のグラスを空けるピッチは速く、食事が終わる頃にはボトルはほとんど空になっていた。
 僕は正直、このときの食事の味はわからなかった。きっとそれは吉村刑事も同じだったろう。せっかくのステーキだったのにもったいないことをしたものだ。だが、今日はこの場所に来ることに意味があったので味は二の次だ。いずれまたゆっくりと景色と食事を楽しむ機会があるだろう。

 食事が済んでも霧は晴れず、結局高原からの絶景を望むことはできなかった。会計を済ませてレストランからロビーに出ると、吉村刑事の足が止まる。
「なんだか酔ってしまったようだ。またあのカーブの多い道を通ると具合が悪くなりそうだから、今日はこのままこのホテルに泊まることにするよ」
「でも、着替えとかお持ちになってないですよね? それに明日はお仕事でしょう? 帰りはどうされるおつもりなんです?」
「タクシーでも呼んでもらって…」
「中軽井沢の駅までいくらかかると思ってるんですか。もったいないでしょう。大丈夫、さあ行きましょう」
 なかば強引に吉村刑事を車に乗せ、僕らは高峰高原を後にした。帰りはまたチェリーパークラインだ。今度は下りで、しかも来たときより更に視界が悪い。
 高月はカーブでの減速を限界まで抑え、崖際の道を制限速度を若干超えそうなスピードで下っていった。この天候では対向車の心配はしなくても良さそうだったが、それでもさすがにお尻の下がムズムズする。
 吉村刑事は本当に具合が悪そうだった。まさか吐くことはあるまいが、吐いてほしいことは他にある。やがて、晴れていれば佐久平が一望できたであろう展望スペースが近づいてくると、吉村刑事が叫んだ。
「停めろ。俺は降りる」
 吉村刑事の形相が変わっている。酒のせいではなさそうだ。高月が駐車スペースに車を入れると、まだエンジンを切ってもいないのにドアを開けて吉村刑事が転がるように車を降りた。
 僕と高月も車を降り、膝に手を当ててかがみ込んでいる吉村刑事の元に近づいた。
「大丈夫ですか?」
「だ…大丈夫じゃないよ。君の運転は荒すぎる。もう僕は歩いて帰るから君たちは行ってくれ」
 ここから歩いたら中軽井沢駅までは五時間くらいかかるだろう。日が落ちてしまう。しかも霧だ。まあ、遭難する前にタクシーを呼ぶつもりではいるんだろうが。
「そんなにこの車に乗るのが嫌ですか? 何か理由でもあるんでしょうか」
「そんなものはない」
「そうですか。ああ、そう言えば先日、斎藤さんから車を預かったとき、真迫さんのご実家にお返しする前に点検したほうがいいだろうと、整備工場に持っていったんですよ」
「…整備?」
「ええ。見てもらって良かったです。ブレーキオイルがかなり減っていて、しかもホースに亀裂がありました。あのまま知らずに高速に乗って東京に向かったりしたら、ブレーキが利かなくなって事故を起こしていたかもしれませんね。もう修理したので問題ないですが」
「古い車だといろいろ不具合が出るんだな」
「いえ、それが、その亀裂はどうやら人為的なもののようなんですよ。オイルの減り方も不自然でしたし、もしかすると車に細工されていたのかもしれません」
「なんだって? それはもしや、藤波が予め…」
「まあ、そう考えますよね。でもそんな細工をしたのならナイフを手に店に侵入するのも変ですし、そもそもそれをする時間があったでしょうか。藤波は十三日の真迫さん殺害の直後にハワイに発ち、十九日に出社してから私に言われて初めて人違いに気付いたわけです。その間ずっとフィガロは店の駐車場に停めてありました。鑑識作業があるからまだ使わないように、と命じたのは吉村さんですよね?」
「…ああ」
「斎藤さんに車の使用許可が下りたのが二十一日の朝でした。ようやく足が出来た斎藤さんは、車を引き取った後、そのままそば粉の手配に行っています。そしてその午後には藤波が店に押し入ってきてアナフィラキシーショックで死にました。つまり、藤波に車の細工が出来たのは十九日の午後から二十一日の朝の間ですが、そのときにはフィガロは警官だらけのケープ・ブルームの駐車場にあったんです。そんな場所でブレーキオイルを抜いたりホースに傷を付けたりできると思いますか?」
「無理だろうね」
「だけど、可能なケースもないわけじゃないんです」
「聞こうか」
「まず、ブレーキに細工したのは斎藤さんに事故を起こさせるのが目的で、その動機は彼女が岬シェフの娘だからだと仮定します。過去の事件を探られたくなかったからですね。だとすると細工をした人物は、藤波と同じ目的を持っていたと言えるでしょう」
「同じ目的だって? つまり、共犯者がいたということか」
「ええ。そう考えると、いろいろ辻褄が合ってきます。共犯者がいれば、藤波が国外にいる間でも細工は可能だったわけですから」
「その共犯者は、真迫さんが殺されたすぐ後に、藤波が人違いをしたと気付いたわけだね? それで、ヤツがハワイにいる間にそのフォローをしたということか?」
「ええ。ただ、それだと、なぜその時点でハワイの藤波に連絡をして間違いを指摘してやらなかったんでしょうね」
「さあ、なぜだろう」
「きっと、その時点で共犯者は藤波を見捨てたからですよ。こいつはもう当てにならない。だったら自分で細工をしておこう。うまく事故が起きるかどうかはわからないが、保険をかけておくのは悪くない…という未必の故意ですね。その上で、帰国した藤波を焚きつけたのかもしれません。岬シェフの娘は危険だ。もう一度やれ、と」
「だが、運悪く店の中はそば粉でいっぱいだったというわけか」
「違いますよ。運悪くではありません。共犯者は藤波に蕎麦アレルギーがあることを知っていたでしょうからね」
「……」
「そして、ケープ・ブルームの店内でそば粉を扱っているということもわかっていた。斎藤さんがガレットの試作をしていることを聞いていたからです。つまり、共犯者は藤波を見捨てただけでなく、全ての罪を被せて死なせるつもりだったんです」
 高月が一呼吸おいた。
「そのことを知っていた人間は限られます。そして、警察官がウロウロしている殺人現場の駐車場で車に細工できるのは、警察関係者以外にいないんですよ」
 さすがに吉村刑事の顔色が変わる。
「面白いことを言うね」
「警察内に藤波の共犯者がいたと考えれば納得のいくことは他にもあります。例えば、昔、藤波がペンション・ステラの移転を企んで団体の予約とキャンセルをしたとき、オーナーが警察に相談しようとしても門前払いをされています。星川さんが相談したのは当然生活安全・刑事課だったでしょうから、取り合ってくれなかったのはそこの警察官です。
 また、古い別荘の不審火が続いていたときには目撃者が全く出てきていません。貸別荘の火事でも同様でした。もしかすると少しは情報提供があったのかもしれませんが、捜査本部に上がる前に対応した人物が握り潰してしまったのかもしれませんね」

「あなたのことですよ。吉村さん」

 とうとう高月が吉村刑事を名指しした。吉村刑事も腹をくくったようだ。
「そんなのは君の妄想に過ぎない。そんな戯言を誰が信じると言うんだ」
「では、軽井沢別荘警備のホームページの『代表者』のところにあなたの名前があるのはなぜなんです?」
「なに…?」
「普通にページにアクセスしただけでは表示されませんけどね。ソースのコメントアウトされた中には書かれていますよ。ご存じなかったとは思いますが。そして、あなたが藤波と喫茶店でよく話し込んでいたという証言も得ています」
 吉村刑事は黙っている。まさかそんな形で自分の名前がネット上にあるとは思っていなかったのだろう。『道』のマスターが客のことを誰かに話すとも考えていなかったに違いない。
「お友だちだったんですよね? 藤波がまだ辻本姓で軽井沢支社に来た頃からでしょう。同じ頃あなたは軽井沢署の巡査として配属されている。同世代で、気の合うところがあったんでしょうね。おそらく『自分の利益のためなら何をしてもいい』という倫理観の欠如した部分が共通していて」
 そう。ステラの庭で、吉村刑事は僕が撮った写真をひと目見て、それを藤波だと言ったのだ。「犯人の目星が付いたのか?」と聞いて「はい」と渡された写真だったのに。知り合いではなかったのなら「これは誰だ?」と聞くべきだったのだ。
「辻本は、コテージ村の用地買収のために古い別荘に火を付けて回っていた。移転させたいペンション・ステラに嫌がらせもしていた。普通の警察官なら知り合いがそんなことをしていたらやめさせそうなものですが、あなたはそれを庇うことで自分に利益があると判断したんでしょう。小遣いでももらっていましたか? それとも、辻本は将来、藤波の婿に納まりそうだから、警察を退職後に藤波エクシード傘下の警備会社に代表者として迎えることを約束させましたか?」
「だけど、辻本は大失敗をした。ノーショウで父と岬シェフを激怒させてしまった彼は、取引が白紙になり、会社での立場が悪くなることを何よりも恐れた。だからあなたに相談したんだ。貸別荘から帰るときに電話線だけは切ってきたけど、今夜中に何とかしないと終わりだ、と」
「それであなたは辻本に、得意の放火で始末したらどうだと提案した。貸別荘を失うのは藤波エクシードにとっても損失ですが、そろそろ古い別荘の放火の件が噂になっていましたからね。警察にいたあなたにも、目撃情報を隠蔽するのが限界に来ていたのでしょう。
 ですが、ここで藤波エクシードも被害を被れば、その噂が消えて一石二鳥です。でも藤波がビビっていたのか、それともアリバイでも作らせようとしたのか、結局あなたが貸別荘に出向くことにした」
「あなたは貸別荘の鍵と水鉄砲を藤波から受け取り、両親と岬シェフに灯油をかけて焼き殺した。実行犯が藤波ではなくあなただろうと思ったのは、子どもだった私に声をかけた警官が、手の甲に火傷をしていたのを覚えているからです。プロの消防士が大勢いる中、制服の警察官が消火活動をするのは邪魔だし危険だ。もう痕は残っていないようですが、火傷はきっと、自分の指紋が付かないようにはめていた手袋に引火でもして負ったんでしょう。それでやむなく水鉄砲を投げ捨てたのではないかと思っています。
 水鉄砲が焼け残ったのは想定外だったんですよね? その後、通報を聞いて駆けつけた警察官という形で現場に戻り、私が消防士から水鉄砲を受け取ったのを見て慌て、埋めるのを確認していたんだ」
「水鉄砲はそのままにしておいても良かったが、私が軽井沢に移住してきたことで状況が変わった。私が掘り出すよりも先に水鉄砲は確保しておかなければならない。そして、私がどこまで過去の火災について知っているのかを確認するために、親しくつき合うふりをしていたんでしょう。普通に考えれば警察官が民間人の私に意見を求めるなんて不自然です」
 高月の話はまだ続く。
「疑惑の決定打になったのは、『常習犯』の電話番号を調べてもらったときでした。あなたは私が尋ねた日の夜には『あの番号の持ち主は藤波敦』だと教えてくれましたね。でも、軽井沢署の森本さんは、携帯電話会社に提出する情報開示のための令状を取っていないと言っています。仮に自分で手続きしたのだとしてもあのスピードはないでしょう。すぐに答えることができたのは、藤波の番号を元々知っていたからです」
「そして、その番号を私たちが気にしているということは、もうあまり余裕がないということを示していた。藤波が過去の火災に関わっていることに気付かれるのは時間の問題だ。だったら早めにデータを与え、藤波の単独犯ということにして逃げ切るのが現実的だと思ったんでしょう。藤波は自分の携帯に『予約したのにお見えにならない』という電話がかかってきたことで怯え、更にその電話が岬シェフの娘が軽井沢に出した店からだと知ってパニックになったんじゃないですか? それで岬シェフの娘を始末すると言い出した。それを思いとどまらせようとしたかどうかは私にはわかりませんが、結果的に藤波は実行に移し、しかも人違いまでしてしまった。それはあなたにとって頭の痛い出来事だったでしょうからね」
「さらに、水鉄砲の鑑識結果が出ていないことを理由に藤波を拘束しませんでしたね。拘束どころか行動確認をするように命じてもいない。パトロールの強化もお願いしたのに藤波がケープ・ブルームにやってきたときにあの周辺を回っていたのは吉村さんだけでした」
「命じていないなどと断言できないだろう」
「できますよ。森本さんに確認しました。『まだ鑑識の結果が出ていないうちから確保するわけにはいかない。自分が疑われていることを知らないのだから逃げもしないだろう』と会議で発言したそうですね」
「森本課長に…」
「ええ。つまり、今僕が話したことは、すでに軽井沢署の人たちみんなが知っていることです。ああ、そろそろ来ましたね」

 霧の中、遠くから山道を登ってくるパトカーのサイレンが聞こえた。

    *

 吉村刑事は姫野小路夫妻と岬シェフを焼死させた容疑者として逮捕された。実行犯だったことは水鉄砲の鑑識結果からも裏付けられている。まだ全面的な自供には至っていないようだが少しずつ話を始めているようだ。
 当時、指紋を付けないようにはめていた手袋の燃え残りの繊維が水鉄砲の溶けた本体に付着していたのだ。肉眼では確認できないほどのものではあったが、科捜研は見逃さなかった。
 それは軽井沢署の警察官が支給されていた白手袋と同じ繊維で、そこからは微量のヒトの皮膚の断片も検出されていた。DNA鑑定の結果、それは吉村刑事──いや、もう刑事と呼ぶのはやめだ──吉村のものだということがすでに分かっている。水鉄砲を入念にビニール袋に入れて保管していたことが彼にとって仇になったのだ。

 警備会社のホームページに吉村の名前があるのを見つけた夜、高月と僕は吉村の事件への関わりを確信し、これまでの彼の行動を入念に検証した。そして、彼が斎藤さんに東京に戻ることと車を真迫さんの実家に返却することを薦めた意味を考えたのだ。高月が斎藤さんの帰京に賛成していたのは、あの時点ですでに吉村の言動に疑惑を抱いていたからだという。
 だからその翌日にはフィガロを自動車販売の店に持っていった。僕がハスラーを買った高月の馴染みの店だ。そこの主人は僕らの目の前でフィガロのブレーキを点検し、意図的に細工されている部分を見つけてくれた。もちろんその部分は写真に残してある。

 それらのことを踏まえて森本さんに相談した。彼女は最初はなかなか高月の話を信じられないようだったが、おそらく日々の仕事ぶりなどから、吉村に不信感を抱いたこともあったのだろう。今思えば、携帯番号の情報開示の書類について話したとき、「また勝手に処理したのかしら」と言っていたのは、過去にもそういうことがあったということかもしれない。
 話を聞くうちに、森本さんは最終的には高月の推理を全面的に受け入れ、吉村逮捕の段取りをつけてくれた。僕は知らなかったが、実は森本さんは軽井沢署の生活安全・刑事課の課長で警部であり、警部補だった吉村よりも階級が上だったのである。

 そうして僕らは吉村を食事に誘った。彼がフィガロのブレーキに細工したのなら、崖沿いのヘアピンカーブが続く高峰高原へのドライブは恐怖でしかないだろうが、それを表に出すわけにはいかないだろう…というのは僕らのささやかな嫌がらせだ。そのくらいやっても罰は当たるまい。

 吉村の起こした事件は、現役警察官の犯罪として大きく報道された。軽井沢町警察署にとっては重大な汚点である。森本さんの立場が心配ではあるが、事件が外から指摘される前に逮捕しているところはある程度評価してもらえるかもしれない。
 藤波は、十九年前の放火殺人に関しては直接手を下していなかったものの、古い別荘を放火して回っていたことは吉村の証言で明らかになったし、真迫さんを殺害していることは凶器からも立証されそうだ。軽井沢別荘警備社はもちろん、藤波不動産はもう軽井沢で営業を続けてはいけないだろう。犯罪に関わっていなかった従業員や藤波夫人にはお気の毒だが、別荘やリゾートを扱う会社にとって企業イメージも重要な要素である以上、東京本社の存続もかなり厳しいと思われる。

 高月の名前はマスコミには出なかった。だから、高月が過去の火災での生き残りの少年であることは、関係者以外ではペンション・ステラの娘さんしか知らない。ステラの娘さんは、吉村に「庭を掘ろうとする人間が現れたら連絡しろ」と頼まれ、それを忠実に実行したことを悔やんでいた。
 僕らにはそれを咎めるつもりは全くない。誰だって地元の刑事にそう言われたら断ることはしないだろう。それに、あのとき吉村が水鉄砲を持って登場したことは事件解決への大きな転機になったのだ。
 そして、娘さんは高月が殺された姫野小路夫妻の息子であることは絶対に誰にも喋らない、と、後で高月に謝りながら約束してくれた。

 高月の叔母さんが高月を養子として迎え、姓を変えてくれたのは先見の明があったからだと言える。もし、昔の名前のままでいたら、悲劇の少年は今…みたいな騒がれかたをして、マスコミの餌食になってしまったに違いない。それは斎藤さんのほうも同じだった。
 事件についてちゃんと調べれば、過去の火災と真迫さん殺害を切り離すことはできないはずなのだが、きちんと相互関係を理解して報道しているところは少なく、吉村の逮捕後にケープ・ブルームの名前が出ることはあまりなかったのである。

 斎藤さんが東京に戻ったというのはもちろん高月が吉村についた嘘だ。彼女はまだなにひとつ諦めていない。
 ケープ・ブルームは、必ず近いうちに再開させることができるだろう。

 高月が吉村に、「以前勤めていた新聞社から戻ってこいと誘われている」と言ったのは本当だった。片平さんが言っていたように、藤波の写真とインタビュー音声をかつての先輩記者に提供し、その写真は社内のスクープ賞を獲ったのだという。
 だが、高月はもちろんその誘いを断っている。

 僕も高月も東京に戻る気などさらさらなかった。確かに高月がここに移住した目的はすでに達成したことになるのだが、先日吉村に問われて答えたように、彼は軽井沢が好きなのだ。
 僕も同じだ。まだ越してきて二か月経っていなかったが、ここがすっかり気に入ってしまった自分がいる。それは、東京にいたときに望んでいても感じることができなかった愛着…というか、土地に所属している、という安心感だった。
 ここで生まれたわけでもないのに、テレビの長野ローカル局で流れる地元の話題を楽しみにしてしまう。野球の独立リーグの結果なんて東京では気にしたこともなかったが、ここではニュース番組の中で紹介するので自然と耳に入ってくる。長野市と松本市にあるサッカーチームの情報も意識してチェックするようになった。もちろん長野出身の力士の活躍も期待している。

 七月になり、気象庁は平年よりも少し早めに関東甲信地方に梅雨明け宣言を出した。これから軽井沢はいよいよ本格的な観光シーズンを迎える。駅前のレンタサイクル店の店頭には、カラフルな自転車が並び、町を走る車のナンバーは他府県のもののほうが多くなった。
 もう土日の移動にはこれまでの倍以上の時間を見込んでおかなければならない。

 あるとき、高月と一緒に混雑したスーパーで買い物をしていると、精肉売り場のラインナップがこれまでと全然違っていることに気がついた。
「こんなの、今まであったっけ?」
「バーベキュー用のセットだろ? もちろん夏休みをこっちで過ごす人向けだ」
「げ。高っ」
 ブランド牛肉や海老や野菜がプレートに豪華に盛り付けられて、あとは焼くばかりになっているものが大量に並んでいる。これひとつ買って帰ればすぐにパーティーができそうだが、値札のほうも思わず二度見してしまいそうだ。
 日々の食事のためにそんなものを買っていたらエンゲル係数が上がってしまって堪らないが、日常から離れることを目的に別荘に滞在している人には必要なのだろう。そう言えばホームセンターでは、入口を入ってすぐの所にバーベキューコンロや大量の炭が積み上げられている。
 スーパーの駐車場が満車で入れなかったり、レジに長い行列が出来ることには少々閉口するが、越してくる前に高月が言っていたように、そういうときには佐久平方面に買い物に行けばいい。僕らにとってはここが日常なのだから。

 気温も徐々に上昇し、昼間の最高気温が二十五度を超える日も出てきた。だが、最高気温に達するのは昼間の一~二時間だけで、朝晩は十五度以下なのだ。これは東京だと五月くらいの気温である。
 東京のマンションでは窓を開けると騒音が気になったし、空気も悪かったので五月にはとっくにエアコンを使っていたが、ここでは外の風を入れるだけで十分快適だった。もう少し気温が上がったら、逆に窓を開けるのは朝晩だけにして昼間は閉めてシェードを下ろしてしまったほうが涼しいらしい。断熱効率の高い建物ならではだ。
 でも、そろそろ扇風機は買ったほうがいいかな。それでも耐えられないほど暑ければ図書館に逃げることにしよう。

 七月中旬に刷り上がった、僕のレポート漫画の第二弾が掲載されている軽井沢ジャーナルは、夏休み直前号ということもあっていつもの倍くらいに増ページされていた。紙面が増えても夏の間に軽井沢で開催されるイベントやコンサートなどの情報は載せきれないくらいだという。片平さんもご満悦で、ぜひまた次もお願いと頼まれている。今度はどこを題材にしようか。

 レポート漫画は『道』のマスターにも喜んでもらうことができた。それを持参しがてらカウンターでコーヒーを飲んでいたとき、マスターが意味ありげに僕らのほうを見たのに気付いたが、彼のほうから例の事件について尋ねてくることはなかった。
 喫茶店のマスターという職業柄、客の噂話などは自重することにしているのだろうし、元々それほどお喋りな人じゃないのよ、と片平さんも言っていた。だからあのとき、僕が落とした藤波の写真を見て「うちの常連さんだ」と教えてくれたのは僕らにとっては幸運だったのかもしれない。

 担当の伊藤さんもあれからまた軽井沢に来て熱心に僕を口説いていった。もうこれ以上は抵抗できそうもないし、そろそろ構想を練り始める頃合いだろう。町中が忙しく立ち働いているのだし、この地で叶えられなかった父親の夢と、亡くなった真迫さんと共に築いた礎を無駄にしたくないと頑張っている斎藤さんにも恥じないようにしたかった。

 軽井沢で、僕の心も再生されつつあったのだ。

 ある夜、高月がウイスキーのグラスを片手にぽつりと言った。
「ひとりだったら、事件は解決できなかったかもしれない」
「高月とは違う目線で人の話を聞けたのは多少は役に立ったのかもな。だけど、おまえのことだから時間はかかっても自力で真相に辿り着いていたと思うよ」
「買いかぶるな。俺はここで三年も何もできずに過ごしたんだぞ」
「その三年間は無駄じゃないさ。吉村と知り合いになったり、斎藤さんが店を出したりする準備期間が必要だったんだ」
「…漫画と同じか? 原稿を描く前に話を考えたりネームを作ったりって」
「先に言うなよ」
 高月の言うこともわかる。解決したのは僕のおかげだなんてこれっぽっちも思わないが、ひとつだけ言えることがある。
 両親を亡くしてから、高月はその真相を知ることを大きな目標にして生きてきた。もし、ひとりきりでこの事件に対峙していたら、あの高峰高原からの帰り道、見ているもののない崖際で警察が吉村を確保しに来るのを待てただろうか。自らの手で決着を付けるという誘惑に抗えなかったかもしれないのだ。
 僕は高月に誘われて軽井沢に移住したことで助けられたと思っていた。だが、それだけじゃない。
 救いが必要だったのは高月も同じだったのだ。

 そして、高月はまた、毎日取材に飛び回っている。

 今日、帰ってきた高月は取材で訪れた町内の有名レストランのシェフから聞いたことを話してくれた。小諸の菜の花畑で菜種油の収穫が始まったんだという。そのレストランでは早くからそこの菜種油を使った料理をメニューに取り入れているんだそうだ。
「菜種の収穫の時期って七月なのか」
「ああ。菜種油は小諸市内の販売所で買えるらしいよ。今度行ってみよう。ドレッシングに使うと旨いんだそうだ」
「それいいな。このごろ地元の人の知り合いも増えて、『持っていきな』と野菜を分けてくれることも多いから、ドレッシングのバリエーションが増えるのは嬉しいな」
「枝豆ばっかりもらっちゃって食い切れないこともあるけどな」
「今度たくさん来たら斎藤さんのところにお裾分けだ。きっとスープにしてくれるよ」

 あの菜の花畑が収穫の時期を迎えている。ここに来たばかりの頃、沈んでいた僕の心を一瞬で癒したあの黄色い波が。
 「病める昼の月」は高月だったか僕だったか。菜種の花がつくった波を見て寂しがっていたのはどっちだ──だが今はひとりではない。
 来年の春に、またあの菜の花畑に行こう。菜種油を使っているレストランにも行こう。

 軽井沢の夏がやってくる。

骨折日記のときはたくさんのお見舞いサポートありがとうございました。 ブログからこちらに移行していこうと思っていますので、日常の雑文からMacやクリスタの話などを書いていきます。