『軽井沢ジャーナル』 第一章 -3-


    *

 引っ越しがようやく落ち着き、高月は仕事へ、僕はリビングから出られるウッドデッキに陣取って小川のせせらぎと木の葉が風に揺れる音を楽しみながら読書をした。これは優雅だ。
 軽井沢では窓ガラスや外に出しっ放しのガーデンチェアが全く汚れない。東京のマンションのベランダでは一日放置していた物干し竿を雑巾で拭くと真っ黒になったものだが、こちらは空気が綺麗なのだろう。もしかすると鼻毛の伸びかたが遅くなるかもしれないな、などとムードぶち壊しのことを考えながらくつろいでいたら、坂を登ってくるエンジン音が聞こえた。
 ここは他の場所に通り抜けできない別荘地の中なので、宅配便や郵便配達など、用事のある車しかやってこない。門のほうを見ると僕の頼んだ車が納車されてくるところだった。
 これでようやく足が出来た。さっそく戸締まりをして近所をドライブすることにする。

 ペーパードライバー歴の長い僕だったが、軽井沢は都心に比べると交通量が少ないので運転するのはさほど難しくはなかった。なによりも、歩行者がほとんどいないので、人に気を配る回数が少なくて済むのが助かる。信号も少ない。一番気をつけなければならないのは、信号のない交差点の出会い頭や、コンビニの駐車場から出ようとする車に注意することか。
 コンビニと言えば、営業時間や冬期休業以外にも驚いたことはまだある。駐車場がとにかく広大なのだ。都心部ではほぼ全てのコンビニが徒歩でやってくる客を想定しているので、駐車場のある店舗は郊外にしかない。それもせいぜい数台停めればいっぱいになってしまう程度のものだ。
 だが、こちらでは物流センターやトラックターミナルなんじゃないかと思うくらいにだだっ広い駐車場がある。大型バスやトラックが二十台は入りそうな規模だ。
 コンビニだけでなく、飲食店や普通の商店にももちろん駐車場があった。ただ、これだけモータリゼーションが進んでしまうと、それに反して駅前は寂れてしまうようだった。中軽井沢駅周辺の駐車場を持たない店舗はシャッターが閉まったまま…というところが多く、ちょっと悲しい気分になる。
 中軽井沢の駅舎は数年前に改装されて、立派な図書館が併設されている。図書館が充実している地域は財政が豊かであることの証明だとも聞いている。さすが、ということか。駅の傍らに専用駐車場があったのでそこに車を入れ、図書館に入ってみることにした。

 一階には雑誌や新聞の閲覧コーナーや児童書があり、小説などは二階に置いてあるようだ。エレベーターもあったが、広い階段を使って二階に上がる。窓が大きくて明るいが浅間山が見えるということは北向きだ。これなら陽射しで蔵書が焼けるようなことはないだろう。
 その窓に沿って閲覧用の机が設置されており、一部はコンセントが使える「持ち込みパソコン優先席」となっていた。もちろんWi-Fiも飛んでいる。これはいいぞ。
 カウンターの前の島には書籍検索用の端末の他に利用者が使えるデスクトップ型のパソコンもあった。添えられている説明書きには、地元の信濃毎日新聞と読売新聞のデータベースに接続できると書かれている。この手の記事検索サービスは個人で契約するとけっこう高い料金のものなので、ここで無料で使えるのはありがたい。
 持ち込みパソコン優先席もデータベースも、使うためには図書館の利用カードが必要なので、運転免許証を提示してカードを作る。またひとつ軽井沢町民の証が出来たようで気分がいい。

 漫画家という仕事柄、読者に著書を買っていただくことで生活してきたので、図書館の利用についてはいろいろと考えるところがある。だが、ひとりでも多くの人が本に触れられるような環境を整えるのは行政の努めでもあるだろうし、僕も昔は図書館に入り浸っていた子どもなので否定する気持ちは全くない。ベストセラー作家の新刊予約が三百人待ちとかっていうのは如何なものかと思うけどね。
 図書館の入口に近い目立つ場所には「軽井沢ゆかりの作家」という棚があった。軽井沢は昔から文豪が別荘に籠もって名作を書き上げた場所でもあるし、今でも人気作家が何人も住んでいる。僕もそのうちこの棚にある作品を片端から読むことにしよう。何しろ時間はたっぷりあるのだ。

    *

 中軽井沢図書館を出て、今度は軽井沢駅のほうに向かって車を走らせた。離山交差点のY字路を左に入ると、途中に雲場池という軽井沢の名所のひとつがある。
 雲場池は、昔の宣教師達には「スワンレイク」、近隣の人には「おみずばた」という愛称で呼ばれる小さな池だ。秋にはカラマツやモミジが真っ赤に紅葉し、素晴らしい眺めになるという。
 愛称のひとつの「おみずばた」という言葉は僕は漫画で知っていた。小諸出身の大先輩漫画家、たがみよしひさ先生の代表作に『軽井沢シンドローム』という軽井沢を舞台にしたものがある。僕が生まれる前に描かれた作品ではあるが、当時の風俗を捉えた斬新な青春群像劇として評価が高く、僕も高校時代に面白く読んだ。
 その主人公たちがこの近くの別荘に住んでいるという設定で、主人公の相方が雲場池の畔でいろいろ思い悩むというシーンがあったのだ。そこの「雲場池」のルビが「おみずばた」となっており、読んだときにはどういう意味か分からなかったのを覚えている。
 だが、軽井沢に引っ越すことが決まって、ネットでいろいろ情報収集をしていたとき、その愛称が書かれているサイトに出会って十数年ぶりに得心したのだ。
 駐車場に車を停めて歩いてみると、池のすぐ近くの別荘番号が書かれたプレートに、小さく「おみずばた」という文字があるのを見つけた。こういうのは実際に訪れてみないとわからないな、と口元が緩む。

 雲場池の水源は御膳水という湧き水で、それをせき止めて作られた人工の池だ。周囲は遊歩道になっており、ゆっくり歩いても二十分ほどで池を一周できる。池には鯉が泳いでいるのが見え、カルガモもいた。
 スワンレイクというくらいだから昔は白鳥が来ていたのだろうが今はそれはいない。ちょっと昔に一羽だけ飛来したという記録はあるようだが、それ以降は白鳥の姿を見ることはないそうだ。だからと言って人工的に飼育するのは軽井沢町の理念から外れるのだろう。
 今は五月なので、もちろん紅葉はしていなかったが、アジアの有名アーチストがここでミュージックビデオを撮影したことで、そちらからの観光客がとても多い。また、中国では結婚するカップルが豪華な写真集を作る習慣があるが、その撮影地としても人気があるそうだ。
 秋になったらぜひ紅葉を見に来よう。

 次はもちろん旧軽井沢銀座だ。軽井沢で最も有名で最も人気のある場所である。最近では駅南側のショッピングプラザのほうが集客力はあるのかもしれないが、それでも軽井沢に来て旧軽を歩かないという観光客は少ないだろう…と、これは高月の受け売りだ。
 どこにでも無料の駐車場がある、というのは旧軽と雲場池だけは例外で、ハイシーズンには一回千円の駐車料金がかかるらしい。今はまだ夏前なので五百円。旧軽入口近くにある町営の駐車場は季節で変動しない料金で一時間四百円、その後一時間ごとに二百円で上限が一日千円だそうだ。どちらにしても都心の駐車料金を考えれば全然安いものなので、町営駐車場に停めて旧軽井沢も散策してみることにした。

 旧軽井沢銀座は、元は軽井沢と草津を結んでいた草軽電気鉄道という路線の駅があったところで、「旧軽井沢」という名前の通り、軽井沢の元々の発祥はこの辺りなのだという。まだ五月の、しかも平日だというのに大勢の観光客で賑わっていた。
 歩いている人たちの話し声を聞くと、ここも中国からのお客さんが多いようだった。今からこうなのだから真夏はさぞ混雑することだろう。通りには、レースの専門店やカシミヤの専門店、ペルシャ絨毯の専門店などがあって、他の観光地とはひと味違う高級感を醸し出している。「軽井沢彫」という看板の出た、木製の重厚な家具の店もあり、華族たちの別荘のインテリアを担っていた時代があるのだろうと想像が膨らんだ。

 お土産屋さんも多い。ふと、通りの中ほどにある一軒の店頭に、ルイザちゃんのキャラクターグッズがたくさん売られているのに目が留まった。我が町のキャラクターだ、と贔屓したい気持ちになってルイザちゃんのキーホルダーを買うことにする。新居と車の鍵はこれに付けることにしよう。

 旧軽井沢銀座通りの周囲には、歴史のある教会やテニスコートがあり、宣教師達が築いた町の趣を残している。テニスコートはもちろん、ロイヤルロマンスの舞台になった場所だ。
 銀座通りの一番奥まで進み、坂道を登り切ったところを更に進むと、軽井沢を避暑地とした最初の外国人宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーの記念礼拝堂があった。そこまで進んでくる人は少ないらしく、森の静けさが辺りを支配している。ショー氏の胸像に会釈をしてから礼拝堂の横を通り過ぎ、その奥にあるショーハウス記念館の中を見学してみた。
 ショー氏の住まいを移築したという建物は、古いがしっかり管理されていて昔の生活が偲ばれる。木目の出た床や壁は涼しげで、大きな窓からはいい風が入ってきた。まだ冷房のない時代、東京の夏の暑さに閉口してこの地にやってきた宣教師達は、この風に吹かれてさぞホッとしたことだろう。
 記念礼拝堂を出て、また旧軽井沢銀座に戻り、通りから横道を入ったところにある古いレンガ造りの喫茶店で休憩することにした。看板には『道』と書かれていて、「中道」という名前の僕はなんとなくシンパシーを感じる。
 流行りのカフェではなく、大人向けのコーヒー専門店という雰囲気だった。ここはテーブルに灰皿が出ていて喫煙者にはありがたい。
 中はカウンターとテーブル席が四つほど。テーブル席はゆったりしていて、席同士に仕切りがあるので落ち着けそうだ。照明も比較的薄暗い。
 僕はひとりだったのでカウンターに座るように促された。さっそくコーヒーを注文する。カウンターの向こうでマスターがハンドドリップで淹れてくれたコーヒーはめちゃくちゃ旨かった。そのドリッパーは陶器製だったが、サーバー代わりのポットの口に合わせて下の台座の部分がカットされているのが見える。自分の道具を使いやすいように加工する人の仕事に間違いはないということなのだろう。
 目が合ったマスターに「どちらからですか?」と尋ねられた。
「東京です。数日前に引っ越してきたんです」
「そうでしたか。軽井沢にようこそ」

    *

 こちらで暮らすようになって僕の精神状態は劇的に改善された。昼間は気の向くままに軽井沢を観光して回ったり図書館で借りた本を読み、夜はちゃんと眠れるようになったし食欲もある。仕事はしばらく休むと決めていたが、スケッチブックを買って目に留まったものを絵にしたいという気持ちも湧いてきた。
 それでもたまに気持ちがガクンと落ちてしまうことがある。その日も明らかに様子がおかしかったのだろう。朝食を済ませた後、パジャマのままリビングのソファでダラダラしていた僕に、高月が急に着替えろと命令した。
「いいところに連れてってやるよ」
「出かける気分じゃないんだ」
「出かける気分じゃないときに出かけるから気分転換になるんじゃないか」
 口ではこいつに適わない。僕は仕方なくジーンズとTシャツに着替え、パーカーを探し出して袖を通した。

 国道18号線を追分方面に走る。まだ行ったことのない追分宿の辺りでも観光するのかと思ったら、そのまま追分を通り過ぎ、あさまサンラインと書かれた道路に入っていった。
 新緑の五月。起伏の多い緑の丘に農地が広がり、ところどころにまだ桜の花が残っている。軽井沢から小諸に向かって進むと、北側に浅間山を望むこともあって常に右側が斜面になっている。左は河岸段丘。
 車はその斜面を右に折れて登り、細い路地と住宅が密集している地域を抜けて少し開けた場所で停まった。地面には砂利が敷かれ、細いロープで線が引かれて駐車場になっている。奥にはなにか公の施設に使われているらしい平屋の大きな建物が見えた。
「降りろ」
 言われるままに車を降りて高月について歩く。周りは斜面に作ってある畑なのだが、坂道を登っていくといきなり視界が黄色く染まった。
「これは…」
 一面の菜の花だった。南側には遠く八ヶ岳連峰。見上げれば目に痛いほどの青空と白い雲。そしてどこまでも続いているかのように見える黄色い波。
 こんな景色は見たことがなかった。ついさっきまで狭い住宅街を走っていたのに、なぜこんな雄大な風景が広がっているのかがわからない。騙されているんじゃないかと疑うくらいの意外性だった。
 頭で理解できない状況に直面すると、感情…というよりは自分でも制御できない反応が出るらしい。いきなり高月にハンカチを差し出されて、僕は自分が涙を流していることに気がついた。
「泣くほど嬉しいか」
「うん」
「素直だな」高月が笑う。

 ここは小諸市の農林課が運営している「都市と農村の人々が交流する」施設『みはらし交流館』というところらしい。農作業体験やかまどでの調理実習が行われ、菜の花畑も体験学習の一環で菜種油を採るためのものだそうだ。駐車場の奥に見えていた建物はその施設で、ミーティングや宿泊にも使われるようだ。
「実はこの景色には少しトリックがあるんだ。ここに立つとものすごく広い菜の花畑のようだが、盛り上がった場所に菜の花を植えてあるから擬似的な水平線に見えるんだな。ちょっと歩いてみると向こう側は小さい崖で、ストンと畑が終わっているのが分かるよ」
「それでもいいよ」
「そろそろ花も終わりかけの時期なんだが、まだまだ綺麗だな」
 高月が目を細める。

 持っていたiPhoneで写真を撮った。できれば油絵の道具を持参して、ここで一日絵を描いていたいくらいだった。油絵なんて高校の美術の時間でしか描いたことはないのだが。
「たまに地域の小さいイベントが開催されたりもするんだが、今日はひと気がないな。まあ、だから来たんだが」
「こんなに満開の菜の花なのにもったいない」
「ホントだよな。俺も初めて見たときはちょっと感動したぜ」
 感動、そうだ。僕は感動したんだ。さっきまでのくすんだ気持ちが嘘のようだ。この景色の前には人の心なんて簡単にリセットされてしまう。
「いちめんのなのはな、ってくり返す詩があったよな」
「山村暮鳥の『風景』だな」

 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 かすかなるむぎぶえ
 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 ひばりのおしやべり
 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 やめるはひるのつき
 いちめんのなのはな

 ああ、まさにそんな風景だ。
「俺は最初にここに来たときに室生犀星の『寂しき春』を思い出したよ」
「それなら中学の時に国語の教科書に載っていたから僕も暗唱できる。あれもぴったりだなぁ」

 したたり止まぬ日のひかり
 うつうつまはる水ぐるま
 あをぞらに
 越後の山も見ゆるぞ
 さびしいぞ

 一日もの言はず
 野にいでてあゆめば
 菜種のはなは波をつくりて
 いまははや
 しんにさびしいぞ

 ふと、「さびしいぞ」のリフレインに高月の孤独を想った。彼は今はもう寂しくないのだろうか。

    *

 その夜、僕は高月に昔の話を振ってみた。高月と僕は同じ高校に通っていたが中学は違う。そして彼は小学生の時に両親を亡くし、叔母さんの家に引き取られてからしばらくは海外にいたこともあったらしい。高月という姓はその叔母さん──お父さんの妹──の旦那さんのもので、両親の死後まもなく正式に養子として自分たちの戸籍に入れてくれたんだという。
 元の姓を名乗り続けていたくはなかったのだろうかと、ふと疑問に思ったので、思い切ってそのことを尋ねてみた。すると高月は、
「思い入れがなかったわけじゃないんだが、叔母さんが割と用心深い人で、名前を変えていたほうが安全だと判断してくれたんだよ」
「安全?」
「元の姓はちょっと珍しい苗字でね。両親の死が誰かの意図したものだったとしたら、俺にも危険が及ぶ可能性があると考えてそれを排除したらしい」
 ちょっと待て。誰かの意図したもの? 危険が及ぶ可能性だって?
「おまえ…ご両親が亡くなったときのことを話してくれたことなかったよな」
「そうだっけ? 別に隠していたつもりはないよ。でもあまり大声で言うようなことでもないからね。誰かの耳のあるところでは話したくなかった」
 そうして高月は十一歳の夏に軽井沢で経験したことを話してくれた。

「…爆発?」
「ああ。爆風で飛んできた破片が刺さったんだ。左肩はかなり重傷で、完全に動かせるようになるまでに半年かかった。こめかみの傷はさほど深くはなかったが、まだ残っているよ」
 そう言って高月は左の目の上にかかった髪を掻き上げる。言われなければわからない程度ではあるが、確かにこめかみから目尻にかけて斜めに傷痕が走っていた。そうか。だから高月は前髪を伸ばしていたのか。
「傷、ちょっとカッコいいな」
「だろ」

 爆発したのはプロパンガスのボンベだったそうだ。軽井沢の別荘地には都市ガスが通っていないので、どの建物にもガスボンベが備えられている。ちなみに灯油も外置きの大型タンクに常備しておくのが普通だ。

「火事の原因は放火だったみたいだよ。霧の深い夜だったが、リビングの暖炉に火を入れてはいなかったので、そこから出火したとは考えにくい。でも、両親の寝ていた部屋も、キッチンの隣にあった岬さんの部屋もまんべんなく焼けていた上にプロパンのボンベの爆発というダメ押しがあって、結局出火元は特定できなかったんだ」
「その…亡くなってから火をつけられた、ということはないのか?」
「それはないらしい。解剖の結果、死因は焼死だったと後で聞いた。特に睡眠薬などの薬物も検出されなかったそうだ。両親か岬さんの誰かが火をつけた可能性もゼロではないが、その事件の前の春先から軽井沢の別荘地では何軒かの不審火が続いていてね。それまで死傷者は出ていなかったんだがあの火事もその一連の放火だろうと判断されたんだよ」
「不審火か。焼けたのはみんな別荘だったのか?」
「ああ。あまり使われていない古い別荘ばかりが狙われていて、当時の警察や消防でも警戒はしていたらしいんだ。でもこの通りシーズンオフの別荘地なんてひと気がないからな。目撃者もいないし防犯カメラもないから火事だと認知されるまで時間がかかる。しかも灯油をかけて火をつけていたらしく、全て全焼したらしい」
「じゃあ、その一連の放火事件での死者は高月のご両親たちが最初だったのか」
「うん。そしてそれが最後だった。あの火事以降、似たような不審火は起きていないんだ」
「犯人は?」
「捕まっていない。本来なら二〇一三年に時効が成立するはずだったが、刑事訴訟法が改正されたおかげで公訴時効は撤廃された。だから事件はまだ捜査継続中なんだ」
 そうだったのか。重大事件があまり起きていない軽井沢では、三人もの人が亡くなる火災というのは大変な出来事だったろう。…あれ? それじゃあ…
「もしかして高月が軽井沢に移住したのは…?」
「そうだよ。俺は両親の死の真相を調べるためにここにやってきたのさ」

 高月が軽井沢に移住して三年が経つが、引っ越して最初にしたことは両親が亡くなった火災のあった場所を確認することだったそうだ。高月は大人になるまで叔母さん夫婦の元で育ったので軽井沢に足を踏み入れることはなく──叔母さんが意図的に避けていたようだ──火災のときは子どもだったので正確な場所を覚えていなかったからだ。
「真っ先に藤波エクシードを訪ねたよ。当時父を接待するために貸別荘を用意したのはその不動産会社だったからな」
「その会社、まだあるんだ」
「ああ、軽井沢にあるのは支店で本社は東京だ。他に箱根や北海道なんかでリゾート開発をしてるらしい。こっちでは別荘販売と貸別荘業務がメインだな」
「当時世話役だった人もまだいるのか?」
「いや、知らんぷりして『辻本さんはいらっしゃいますか?』と聞いてみたけど、そんな社員はいないと言われてしまった。十九年も前のことだからもう辞めてしまっていても仕方ない。で、辻本氏のことはそのままとぼけて、昔火事があった貸別荘の場所を聞いてみたら、離山の北側の奥に貸別荘村があると教えてくれた。俺が泊まっていた建物は焼失してしまったから、あれからまた建て直したんだろう。だが、現地に行ってみたら小振りなログハウスがいくつも建っていて、どこが俺たちのいた貸別荘があった場所なのかもわからないし、タイムカプセルを埋めた目印の木も見つからなかった」
 焼け跡を更地にしたときに木は伐採されてしまったのだろう。だとしたら埋めた箱も重機に粉砕されてしまったに違いない。
「残念だな。おまえが埋めたタイムカプセル、見てみたかったよ」

「その後、昔の火災のことを覚えていそうな人に会う度に話を聞いて回ったが、火事があったことは覚えていても、手がかりになるようなことを知っている人はいなかった。貸別荘の前に起きていた不審火についても何の情報もない。やはりあれは単なる愉快犯の放火魔の仕業だったのか、それとも叔母が危惧していたように父に恨みのある人間がいたのか、まるでわかっていないんだ」
「でも諦めてないんだろ?」
「ああ。何か掴めるまではこのまま調べ続けるさ」
 高月のご両親が亡くなったのは十九年前のことで、彼は小学校の五年生だったという。僕が家族で軽井沢に来たのは確か四年生のときだった。一年違っていれば同じ夏を軽井沢で過ごしていたのかもしれない。仮にそうだったとしても、そしてその場所で彼と知り合っていたとしても、子どもの僕が彼にしてやれたことは何もないのだが、それでも少し残念な気がした。

    *

 翌日、高月に連れられて軽井沢ジャーナルの編集部を訪れた。編集部と言っても住宅地の中にあり、見た目は普通の家とあまり変わらない。入口の前に小さな看板が出ているだけのものだ。
 軽井沢ジャーナルの編集長はふくよかな中年の女性で片平さんという。元々軽井沢で商店を営んでいた家に生まれたが、彼女が子どもの頃にお父さんが商売替えをして地元の情報紙を出すようになったそうだ。そして自分の代になると単なる情報紙だけでなく、観光案内のムックや日々更新されるウェブマガジンなどを出すように事業を広げたらしい。
 優しそうな顔をしているが、やり手だけあってメガネの奥の目が鋭い。この目で睨まれたら大抵の人は悪戯を見つかった子どものような気分になりそうだ。僕もちょっとだけ畏まる。
「片平さん、中道を連れてきました」
「いらっしゃい。お待ちしてました。漫画家さんなんですよね?」
「はい。今は休業中ですが」
「軽井沢にようこそ。高月くんもまだこっちに来て三年だけど、もうすっかり地元民よ。あなたもすぐ馴染むわ」
「だといいんですけど」
 編集部の中は小さな学校の職員室という雰囲気で(だから悪戯っ子のような気持ちになるのかな?)、数人の社員のデスクが並んでいるが、みんな取材に出払っていて残っているのは片平さんだけだった。高月のデスクももちろんあるが、彼もやはりここに詰めていることは少ないそうだ。
 部屋の片隅にあるコーヒーメーカーがコポコポと音をたてて仕事が終わったことを知らせ、片平さんが手ずからカップにつぎ分けたコーヒーを振る舞ってくれた。これもやっぱり美味しい。
「美味しいですね。豆も良さそうですが軽井沢って水がいいのかな」
「ありがと。軽井沢の水道水は基本的にはどれも湧き水なのよ。採水地が数ヶ所あるからどこも全部同じ味というわけではないみたいだけど、まあ他の地域に比べたら断然美味しい水よね」
「湧き水なんですね。それで冷たいのか」
「ただ、水質がどちらかと言えば硬水寄りかな。だから東京で飲んで美味しいと思った豆でも、こっちで淹れると味が違ったりするの。軽井沢のコーヒー屋さんで売ってる豆はここの水に合わせてあるから間違いないけどね。うちでは旧軽にある『道』って喫茶店で豆を買っているのよ」
 ああ、あそこか。ドリッパーの底をポットに合わせて削っていたマスターのいるところだ。水質の差を考えて焙煎したりブレンドしたりしているのはさすが、というところだろう。僕も今度行ったら豆を買ってくることにしよう。
「私の行きつけの美容院で聞いた話だけど、東京から越してきたら髪がすごく傷んでしまった人がいてね。その人、都内のサロンで薦められたトリートメントをこっちでも通販で取り寄せて使っていたんだけど、思い立って違うものに変えてみたら劇的に改善されたんですって。たまたま使っていたのがここの水に合わなかったみたいね」
「へぇ。そんなこともあるんだ。でも相性の良いトリートメントが見つかって良かったですよね」
 県をまたいだ引っ越しにはそういう弊害もあるのか。勉強になった。
「でも、日本はどの地域にもそれぞれの名水があるし、水が豊富な国よね。だから水にまつわる言葉もたくさんあるんだし」
「水に流す、湯水のように使う、立て板に水」高月が話に加わる。
「そうそう。砂漠の国にはそういう表現はないんでしょうね。水は同じ重さの黄金と同じ価値があったりして」
 なんとなく聞き覚えのある言葉だ。
「それ、昔の特撮映画のセリフじゃありませんでしたっけ?」
「あら、バレた?」
 片平さんは意外にマニアックな趣味をお持ちのようだ。
「だけど水が乏しい国では子どもが水遊びをするようなこともないのかもしれないわね。噴水とか水鉄砲とか贅沢だもの」
「砂漠の石油王の子は、水の代わりにオイルを水鉄砲に入れて遊んだりして」
「そんなので遊ばれたら洗濯するのに大量の水が必要になっちゃうわ」
「そこはドライクリーニングで」
 オチが付いたところで、片平さんが改まって僕のほうを向いて言い出した。
「さて、高月くんが中道さんをここに連れてきたということは、お仕事をお願いしてもいいのかしら?」
「え?」
 高月と僕のコーヒーを口に運ぶ手が同時に止まる。
「ちょっと待ってくださいよ。七生は軽井沢に静養に来てるんです。仕事させる気はないですよ。今日は単に紹介に来ただけで…」
「あらー、バレリーナだってピアニストだってちょっとでも休むと鈍るって言うじゃない。なるべく働いたほうがいいわよ」
「そういうことではなくてですね」
 だが、それは僕自身も薄々感じていたことではあった。漫画家の仕事はまずストーリーを考えた後に「ネーム」と呼ばれるセリフや大体の構図を決める作業があり、それが出来てから原稿を描くのだが、話を考えたりネームをやっている間にも絵の腕は鈍ってしまうものなのだ。だから原稿を描き始めた最初の数ページはなかなかペースが上がらないし、納得のいく絵になるまでに何度も描き直すことがある。
「だからね、軽井沢の観光イラストマップとか描いてみない?」
「い…イラストマップですか?」
 それはちょっと想定外だ。
「片平さん、ストーリー漫画の絵とイラストマップの絵は全然違いますよ。漫画家だからって何でも描けると思わないでくださいよ」
 高月が僕の心の声を代弁してくれる。
「そうなの? じゃあお店の紹介レポート漫画とかは? 紙面がそんなにあるわけじゃないから見開き2ページくらいで」
 それなら描けるかもしれない…って、エッセイ漫画もそんなに経験があるわけじゃないんだが。
「ほら、中道さんも乗り気な顔してるじゃないの。ね? 取りあえずちょっとやるだけやってみましょうよ」
「え…ええ」
「片平さん!  仕事の話ならまずきちんとギャラの説明をしてくださいよ。まさかお友だち価格とかサービスでとか言いませんよね?」
「そんなこと言わないわよ。ちゃんとお仕事にしている人に失礼じゃない。威張れるほどの原稿料は出せないけど、依頼するからには適正料金を払いますよ」
 この言葉で僕の心は決まってしまった。漫画家なんてやってると、「タダでちゃちゃっと描いてよ」と知り合いから頼まれたという話は同業者の間で嫌と言うほど聞くのだ。そして断ると大抵の場合「宣伝してやるつもりなのに」と返される。タダで受けた仕事が宣伝になることなど絶対にないはずなのだが。
「やったことのないジャンルなので出来映えに自信はないですけど…」
「いいわ。男の子はそうでなくっちゃね」
 男の子ときた。この人にかかっては三十男もまだまだ坊やなのだろう。
 こうして僕もなし崩しに軽井沢ジャーナルの記者の一員ということになってしまったのだ。

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骨折日記のときはたくさんのお見舞いサポートありがとうございました。 これからはときどきクリスタ作業関係のことや、思ったことなどを書いていこうと思います。

ありがとうございます!
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野間美由紀

ミステリ専門の少女漫画家です。
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