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本読みの記録(2018)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2018年刊行の書籍。
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記事一覧

大阪は本当に大阪的か!?〜『大阪的』

◆井上章一著『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』 出版社:幻冬舎 発売時期:2018年11月 大阪論です。厳密にいうと「大阪論」に関する論です。これまで人々はどのように大阪を論じてきたか。その議論の紋切型を解体すること。それが本書の趣旨です。「大阪は、ほんとうに大阪的か」というオビの謳い文句が端的に本書の問題意識を表現しているといえるでしょう。 対象そのものよりも対象がどう論じられてきたかを検証するというスタイルは、著者がこれまで採ってきたおなじみのもの

比較研究法による人類史〜『歴史は実験できるのか』

◆ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン編著『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』(小坂恵理訳) 出版社:慶應義塾大学出版会 発売時期:2018年6月 これまで歴史に関する本はたくさん読んできましたが、本書の面白味は格別です。キーワードは「自然実験」。一般読者には聞き慣れない言葉です。 歴史は実験できるの? 歴史を自然実験するとはどういうことなの? 素朴な疑問が湧いてきますが、歴史関連のアカデミズムで行なわれている「自然実験」とは、実は比較研究

民主主義は暗闇の中で死ぬ!?〜『情報隠蔽国家』

◆青木理著『情報隠蔽国家』 出版社:河出書房新社 発売時期:2018年2月 情報隠蔽国家。現代日本の政治社会のありさまを端的にあらわす言葉をそのままタイトルにもってきました。共同通信記者を経てフリージャーナリストとして活躍している青木理がサンデー毎日に発表した文章をもとに編集した本です。 現役自衛官や元・公安調査官のインタビューを軸にしたルポルタージュが前半に収録されていて、それらが本書のメインコンテンツといえましょうか。 前者は、防衛省情報本部に配属されていた時に起き

研究者として、組織のリーダーとして〜『走り続ける力』

◆山中伸弥著『走り続ける力』 出版社:毎日新聞出版 発売時期:2018年7月 iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥の研究内容をはじめ、研究に対する姿勢や人となりがよくわかる本。本人が毎日新聞に連載した文章、江崎玲於奈や井山裕太との対談、山中の研究に関心をもってフォローし続けてきた毎日新聞編集委員の永山悦子の文章・インタビューなどバラエティ豊かな構成です。 現在、山中の研究成果をもとに臨床応用の可能性が見えてきている病気がいくつかあります。本書では山中の研究内容は

明治維新の暗黒面を掘り起こす〜『仏教抹殺』

◆鵜飼秀徳著『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』 出版社:文藝春秋 発売時期:2018年12月 日本の宗教は世界の宗教史のなかでも特殊な歴史を刻んできました。中世以降江戸時代まで、神道と仏教が混淆していたのです。平安時代に生まれた本地垂迹説という神仏習合思想がその土台を成しています。日本の神々は仏菩薩が化身としてこの世に現れた姿だとする説です。外来宗教であった仏教が日本独自の神道と無理なく混じり合い、寺と神社が同じ敷地内に共存するのは当たり前という状況が長らく続き

国民の生活よりも大企業の利益〜『日本が売られる』

◆堤未果著『日本が売られる』 出版社:幻冬舎 発売時期:2018年10月 日本を世界一ビジネスのしやすい国にする。これは安倍政権が掲げる主要政策のひとつです。これまで何気なく聞き流していましたが、本書を読んでその意味するところを十二分に理解することができました。要するに国民一人一人の生活向上よりも企業の利益を優先するという宣言なのです。 周回遅れの新自由主義国家として日本は公共部門が管理統制すべき分野で規制緩和を行ない、市場原理の支配する領域を広げています。水、農地、森林

計算社会科学で情報化社会を読み解く〜『フェイクニュースを科学する』

◆笹原和俊著『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』 出版社:化学同人 発売時期:2018年12月 フェイクニュースが政治を大きく動かす時代がやってきました。2016年の英国のEU離脱に関する国民投票や米国大統領選挙では、人々を惑わす虚偽情報がインターネットを中心に大規模に拡散し、大きな社会問題になったのは記憶に新しいところです。フェイクニュースの流通は確信犯的なものから不注意の連鎖によって引き起こされるものまで多様多様ですが、以前にもまし

憲法を意識し憲法と対話する〜『憲法問答』

◆橋下徹、木村草太著『憲法問答』 出版社:徳間書店 発売時期:2018年10月 これまで私が読んできた憲法に関する対談や座談の記録は、もっぱら護憲の立場から考えの近い者どうしが集まって安倍政権を批判しつつ立憲主義を考える類の本でした。もちろん有益な読書体験ではあったものの、時に退屈することもなきにしもあらずだったように思います。 そこで『憲法問答』です。互いに遠慮なく異論をぶつけあう対論はそれなりにスリリング。はっきり意見が対立する場面でもさほど感情的になることもなく、議

古典から平成の新作まで〜『上方らくごの舞台裏』

◆小佐田定雄著『上方らくごの舞台裏』 出版社:筑摩書房 発売時期:2018年12月 上方落語に関する薀蓄や芸談といえば故桂米朝の著作が群を抜いて優れていると思います。講談社文庫に入っている『米朝ばなし』は上方落語愛好家には必読の書といっていいでしょう。実演者以外の書き手ということなら、やはり落語作家として活躍している小佐田定雄が真っ先に想起されるでしょうか。 本書は上方落語の演題38席を取り上げ、その解説に加えて、十八番にしていた落語家やゆかりの芸人の思い出話を盛り込んで

多様な学問を多様なスタイルで〜『学ぶということ』

◆桐光学園、ちくまプリマー新書編集部編『学ぶということ 続・中学生からの大学講義1』 出版社:筑摩書房 発売時期:2018年8月 ちくまプリマー新書と桐光学園の共同によるシリーズ企画〈中学生からの大学講義〉の一冊です。登場するのは、内田樹、岩井克人、斎藤環、湯浅誠、美馬達哉、鹿島茂、池上彰。 それぞれの講義内容は大半がこれまでの著作で展開してきた自説をわかりやすく話したもので、その意味では個々の講師陣をよく知る読者には新味はないかもしれません。 内田は「生きる力」について

単純明快な「真実」には注意すべし〜『陰謀の日本中世史』

◆呉座勇一著『陰謀の日本中世史』 出版社:KADOKAWA 発売時期:2018年3月 「陰謀」とは辞書によれば「ひそかに計画する、よくない企て」とあります。古代から現代に至るまで人間社会では日常的に行なわれてきた行為といえるでしょう。ただし歴史で問題になっている「陰謀論」をそのような当たり前の語義で理解してはいけないらしい。 本書では「陰謀論」について「特定の個人ないし組織があらかじめ仕組んだ筋書き通りに歴史が進行したという考え方」と定義しています。ある出来事について特定

ナポレオンを脅かした女性〜『政治に口出しする女はお嫌いですか?』

◆工藤庸子著『政治に口出しする女はお嫌いですか? スタール夫人の言論vs.ナポレオンの独裁』 出版社:勁草書房 発売時期:2018年12月 フランス革命の前後、サロンを中心に精力的に言論・出版活動を展開した一人の女性がいました。女性が公然と政治を語ることはまだまだ憚れる時代に、臆することなく政治的議論に加わり、皇帝ナポレオンを脅かしたといいます。ジェルメーヌ・ド・スタール。一般にスタール夫人と呼ばれるこの女性の活躍は、20世紀が産んだ偉大な政治哲学者ハンナ・アレントに一本の

受容者層の変遷に着目した音楽史〜『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』

◆片山杜秀著『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』 出版社:文藝春秋 発売時期:2018年11月 音楽の歴史には人類の歴史そのものが刻まれている。とりわけ音楽の受け取り手である教会、宮廷、市民層の変遷は、まさに政治、経済、社会の歴史にほかならない。本書はそのような認識に基づき、音楽批評にも健筆を振るっている思想史研究者の片山杜秀がクラシック音楽の歴史を語りおろしたものです。 ヨーロッパの音楽史で、中身がある程度はっきりしたかたちで今に連続していると考えられるのは、中世に

東京落語の精髄を語る〜『名人』

◆小林信彦著『名人 志ん生、そして志ん朝』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2018年10月 古今亭志ん生、そして志ん朝。昭和を代表する噺家の「名人」親子です。本書は二人を愛する作家の小林信彦のエッセイを集めたもの。後半に夏目漱石の『吾輩は猫である』を落語的観点から読解する文章を収めているのも一興です。 小林自身は東京の下町に生まれ育ち、東京弁を話す家族に囲まれて過ごしたらしい。幼少時のそのような体験は落語愛の形成には決定的なものであったと思われます。志ん生に思いを馳せ、