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本読みの記録(2019)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2019年刊行の書籍。
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記事一覧

地方主義に世界性を見出す〜『世界史の実験』

◆柄谷行人著『世界史の実験』 出版社:岩波書店 発売時期:2019年2月 柄谷行人は、世界の歴史と社会構造を交換様式の観点から考察した一連の仕事が一段落した後、柳田国男に関する著作を複数刊行しました。一見したところ両者は関連性をもたないように思われますが、『遊動論』と同様に本書もまた有機的な関連性を示しています。 柳田は1935年に「実験の史学」を書きました。柄谷が本書で着目するのはその論文です。 柳田を再考するに際しては、ジャレド・ダイアモンドらが編んだ『歴史は実験で

成功ゆえにみずから壊れる!?〜『14歳からの資本主義』

◆丸山俊一著『14歳からの資本主義 君たちが大人になるころの未来を変えるために』 出版社:大和書房 発売時期:2019年2月 NHK番組《欲望の資本主義》の制作統括者があらためて「資本主義の限界と未来」についてまとめた本です。 タイトルからも察せられるように、新曜社〈よりみちパン!セ〉シリーズや河出書房新社〈14歳の世渡り術〉を意識したような作りですが、「14歳からの〜」という枕詞が付いているからといって無知な若者向けの入門書などと侮ってはいけません。 何よりもまず斜に構

中立機関による公文書管理の徹底を〜『官僚制と公文書』

◆新藤宗幸著『官僚制と公文書 改竄、捏造、忖度の背景』 出版社:筑摩書房 発売時期:2019年5月 公文書の改竄や捏造、隠蔽など官僚が関与した不法・不正行為が目立つようになってきました。かつては出来の悪い政治家を優秀な官僚たちがカバーし「官僚内閣制」とまで言われたこともあったのに、官僚の世界は一体どうなってしまったのか。そのような疑問を国民の多くは感じ始めているのではないでしょうか。その意味ではまことにタイムリーな本です。 昨今顕在化している官僚たちの破廉恥な行為は、何よ

冷酷非情な武将というけれど〜『源頼朝』

◆元木泰雄著『源頼朝 武家政治の創始者』 出版社:中央公論新社 発売時期:2019年1月 鎌倉幕府を創設し武家政権を築き上げた源頼朝。ただその歴史的評価は今ひとつ芳しいものではありません。特に人物像をめぐっては冷酷非情の評価がついてまわります。本書はそのような評価に異議を唱えて、これまでにない頼朝像を描き出します。 また昨今の日本史学では、中世成立期の公家と武家をことさらに区分し、両者の対立を強調する見方が強まっているらしいのですが、著者によればそれは「古めかしい歴史観の

モダンアートと砂漠をつなぐ言葉〜『ポイント・オメガ』

◆ドン・デリーロ著『ポイント・オメガ』(都甲幸治訳) 出版社:水声社 発売時期:2019年1月 とある美術館の暗闇の中、超低速で映し出される映像。それを見つめ続ける「匿名」の人物。小説はその場面の描写から始まります。それはヒッチコックの『サイコ』を24時間にまで引き延ばした、ダグラス・ゴードンの《二十四時間サイコ》で、ニューヨーク近代美術館に展示された実存するビデオ作品です。 その映写スペースのなかで「匿名」の人物は男性の二人組を見かけます。そのシーンは後半への巧みな伏線

主権者として思考するための〜『感情天皇論』

◆大塚英志著『感情天皇論 』 出版社:筑摩書房 発売時期:2019年4月 天皇について考えることを日本人はサボタージュしてきた。思考する代わりに感情の共感をもってやり過ごす。これが明仁天皇の「お気持ち」発言以降の国民の処し方だった……。 冒頭で核心的な認識が提示されます。もちろん大塚英志は本書を通して自己批判を混じえつつそのことを厳しく糾弾することになります。 感情労働。近年、社会学で提唱されている新しい概念ですが、大塚は明仁天皇にそれを見出します。これはなかなかの卓見で

音楽は好きでも授業が退屈なのは何故?〜『平成日本の音楽の教科書』

◆大谷能生著『平成日本の音楽の教科書』 出版社:新曜社 発売時期:2019年5月 国語や歴史の教科書または入試問題をネタにした本は何冊も出ていますが、音楽の教科書について書いた本は珍しいかもしれません。 小学校・中学校・高等学校で使用されている音楽の教科書を読む。批評だけにとどまらず、改善すべき授業の具体的提案までを行なう。それが本書の趣旨です。 著者の大谷能生はサックス奏者で、批評・執筆のほか東京大学や専門学校で講義も行なっているミュージシャン。 まず第一に、平成日本

労働力ではなく人間として〜『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』

◆内藤正典著『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』 出版社:集英社 発売時期:2019年3月 国家を越え、地域を越えて移動する人間が増えてきました。それに伴うトラブルや衝突もマスコミを賑わすようになって久しい。ヨーロッパでは移民や外国人労働者に対して排外主義的な政党の支持率が高まってきているようです。 一方、日本では2018年に入国管理法が改正され、今後、外国人労働者の受け入れを進めることになりました。世界の趨勢に逆らう政策転換がなされたわけです。もっとも実際にはこ

現代の実験心理学的知見を先取りした芸術論!?〜『詩学』

◆アリストテレス著『詩学』(三浦洋訳) 出版社:光文社 発売時期:2019年3月 アリストテレスの『詩学』は芸術論の古典中の古典として世界中で読み継がれてきました。本邦でもこれまで10種類の訳書が刊行されているらしい。 本書は近年の研究動向を参照しつつ現代の日常語に近い訳語を選んだというだけあって読みやすい和文に移し変えられています。おまけに、微に入り細を穿った注釈をほどこし、巻末の解説も180ページ近いボリュームです。 注釈を気にしなければ本文はスラスラと読めます。 本

違和感を巧みに言語化する文章芸〜『無目的な思索の応答』

◆又吉直樹、武田砂鉄著『無目的な思索の応答 往復書簡』 出版社:朝日出版社 発売時期:2019年3月 久しぶりの投稿で恐縮です。諸般の事情でnoteから遠ざかっていましたが、また、ぼちぼちと発信していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 さて、今回紹介いたしますのは又吉直樹と武田砂鉄の往復書簡。 両者の立場は一見したところ対極にあるように思われます。片やコントや小説など何もないところから何かを創り出すのが仕事。一方は、そうして創作された作品を受けとめ批評することを生

家族関係にもきめ細かいメンテナンスを〜『子育てが終わらない』

◆小島貴子、斎藤環著『子育てが終わらない 「30歳成人」時代の家族論 新装版』 出版社:青土社 発売時期:2019年2月 本書刊行後の2019年3月、内閣府は40〜64歳の「ひきこもり」が全国で61万人いるという推計値を公表しました。「ひきこもりは若者特有の現象ではない」ことがあらためてお役所的にも確認されたわけです。ひきこもりの長期化・高齢化は今や深刻な社会問題といえるでしょう。 行政や教育の現場で就労困難な人々の支援活動を行なってきた小島貴子。「社会的ひきこもり」を日

政治学者と作家の異色の対談〜『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

◆原武史、三浦しおん著『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』 出版社:KADOKAWA 発売時期:2019年2月 天皇制の研究で知られ、同時に「鉄学者」としての一面ももつ原武史が作家の三浦しをんと対話を交わした記録です。天皇制という日本政治の根幹に関わる論題がメインになっていますが、全体をとおしてリラックスした雰囲気で話は進みます。三浦はもっぱら聞き役に徹して、原の事細かな知見を引き出しながら、随所で巧みに絡んで面白い対談集に仕立てています。 対話の多くが皇室論に費やされて

諧謔精神に満ちた著者初めての小説〜『すべての鳥を放つ』

◆四方田犬彦著『すべての鳥を放つ』 出版社:新潮社 発売時期:2019年1月 四方田犬彦初めての小説作品。第一作とはいえこれまで多くの著作を物してきた四方田のこと、様々な仕掛けとヒューモアを盛り込んで、堂に入った作品に仕上げています。 主人公が山陰地方から東京の一流大学(作中では東都大学となっている)に入学する──という設定には漱石の『三四郎』を想起する読者も少なくないかもしれません。 もっとも1972年から説き起こされているので、主人公・瀬能明生の身にふりかかる出来事

「楽問」としてのサイエンス〜『35の名著でたどる科学史』

◆小山慶太著『35の名著でたどる科学史 科学者はいかに世界を綴ったか』 出版社:丸善出版 発売時期:2019年2月 自然科学の本は文系人間には時に取っ付きにくい感じがするものですが、本書は何よりもコンセプトがいい。科学の歴史に刻まれた名著をピックアップして、簡明に科学史的な位置づけを解説していくというシンプルな作りが好ましい。 科学の転換点と言われる16~17世紀の「宇宙と光と革命の始まり」から説き起こされます。バターフィールドの『近代科学の誕生』、コペルニクスの『天球の