日本の美徳_Fotor

美しい国をこれ以上壊さぬように〜『日本の美徳』

◆瀬戸内寂聴、ドナルド・キーン著『日本の美徳』
出版社:中央公論新社
発売時期:2018年7月

御年96歳。同い年の二人が大いに語り合います。『源氏物語』について。長寿の秘訣について。昭和の文豪たちについて。日本の美徳について。

『源氏物語』は二人にとって重要な古典文学。キーンはアーサー・ウエーリの英訳版『源氏物語』を読むことで日本への関心を高めました。物語のなかでは対立が暴力に及ぶことはなかったし、戦もなかった。主人公の光源氏は腕力が強いわけでもなければ、歴戦の戦士でもなかった。脅威的な軍事国家とは別の日本文化に触れることで、キーンの日本観ひいては人生そのものが大きく変わります。

一方の瀬戸内は『源氏物語』を現代語訳しました。言葉は時代とともに変化する。二十年周期ぐらいで。ゆえに源氏物語も新しい言葉で訳すことが必要なのだといいます。ただし長大な物語を現代語訳するのは生命を削るような作業でした。そうした二人の源氏物語談義はまことに味わい深いものです。

 読んで一番残るのは「美」です。一例にすぎませんが、手紙をおくるときはまず紙に気を使い、墨の濃淡を考える。そして歌を作り、美しい書体で書く。書き終えた手紙は、どう折るかということにまで心を配り、季節の花を添えます。つまり女性も男性も、いかに美意識があるかに、人としての価値を見出したわけです。(キーン、p18)
『源氏物語』は、言ってみれば不倫の話ばかりです。一人しか好きになってはいけないと言われても、三人を同時に好きになったりすることもあるじゃないですか(笑)。そういう人の気持ちというのは、どうしようもない。(瀬戸内、p22)

昭和の文豪たちとの交友を回顧するくだりは、さすがに錚々たる顔ぶれが登場します。谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成、円地文子……。

瀬戸内が作家デビュー以前に三島と手紙でやりとりしていたという話はおもしろい。ファンレターには返事を出さない主義の三島が瀬戸内の手紙には反応してくれたらしい。「あなたの手紙は本当に暢気で楽しいから、思わず返事を書きました」。

2012年、キーンは日本国籍を取得ました。それに関連して語られるキーンによる日本賛美は「清潔」「礼儀正しさ」などいささかステレオタイプですが、瀬戸内は素直に応じるわけでもなく留保をつけるので、近頃流行の単純な「日本スゴイ」言説とははっきり一線を画したものになっています。

「日本は世界のなかでもとてもきれいな国」だとキーンは言います。しかしその後に「その美しさを自分たちの手で壊しているのが残念」と苦言を呈することも忘れません。政府による沖縄での蛮行を見るにつけ、日本を愛する者の愛情に満ちた叱咤を私は素直に受け止めたいと思います。

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