平成史講義_Fotor

戦後日本のモデルが崩壊した時代!?〜『平成史講義』

◆吉見俊哉編『平成史講義』
出版社:筑摩書房
発売時期:2019年2月

平成とはいかなる時代であったのでしょうか。本書では、天皇、政治家、官僚、企業と従業員、若者たち、対抗的勢力、メディア、中間層といった様々な歴史の主体のパフォーマンスを検証していきます。その作業をもって平成という時代の複合的な姿を浮かび上がらせようとする試みです。

寄稿者は、野中尚人・金井利之・石水喜夫・本田由紀・音好宏・北田暁大・新倉貴仁・佐道明宏。前後に編者の吉見俊哉の文章を配して挟みこむ形になっています。

全体をとおしていささか退屈だったというのが率直な感想ですが、そのなかでは教育社会学を専門とする本田由紀の論考が秀逸。「平成の三〇年間に若者と教育に何が起ったか」を論じたもので「戦後日本型循環モデル」が破綻した時代だと見なしているのが要点です。
では戦後日本型循環モデルとはどのようなものだったのでしょうか。

……一九六〇年代を中心とする高度経済成長期に形成され、石油危機後の一九七〇~八〇年代の安定成長期に普及と深化を遂げた戦後日本型循環モデルにおいては、主に男性が企業の長期雇用と年功賃金により家計を支え、家族は次世代である子どもの教育に多額の費用と意欲を注ぎ、教育を終了した子どもは新規学卒一括採用により間断なく企業に包摂されるという循環構造が成立していた。(p134)

しかしバブル景気が崩壊した後、経済の低迷とバブル期の新卒過剰採用、中高年齢層に達した団塊世代の人件費負担、後発諸国の経済的台頭などの複数の要因により、日本企業は新規学卒者を正社員として採用する余力を低下させます。かくして1990年代以降の日本の若年層は、労働市場の需給変動や雇用・労働環境の変化によって翻弄されてきました。総じて生活の困窮度は増大し格差も広がりました。

しかし同時期に日本社会で優勢であった言説は、むしろ日本の経済社会の低迷や閉塞の原因を若者の「劣化」に帰責する内容のものでした。

この言説がもたらした悪しき帰結の一つは、若者の雇用状況に対する政策的対処が不十分なものに留まり、個人のサバイバル称揚する社会的風潮が色濃くなったことである、と本田はいいます。さらに「劣化」したとされる若者を矯正するための教育政策が提起されるようになったことも問題でした。

若者を対象とした複数の調査を総合的に分析すると、若年層は能力主義を信奉し国家への忠誠心が高まっているという結果が導き出されます。それは平成期における教育の成果ともいえましょう。教育理念や内容の変化についても教育基本法の改正を念頭において本田は細かく検証していますが、ここでは割愛します。そして以下のように危機感をにじませた総括しているのは注目すべきと思います。

……戦前の教育勅語は、徳目を列挙した天皇の私的文書にすぎなかったにもかかわらず、学校教育現場では「教化」の装置として絶大な威力を発揮していた。……(中略)……それをも凌駕する、学校における教育内容・方法のすべてを、国家への貢献という資質=態度の満遍ない育成に向けて吸い上げる「ハイパー教化」と呼ぶべき学校教育の構造が、平成の末期にいたって姿を現したと言える。(p155)

いささかオーバーな表現と思われる面もあるけれど、今の政治状況を考えればむしろこれくらいの警戒心をもっていた方がいいのかもしれないとも思います。

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