核兵器はなくせる_Fotor

「非現実的な理想論」を実現する〜『核兵器はなくせる』

◆川崎哲著『核兵器はなくせる』
出版社:岩波書店
発売時期:2018年7月

2017年のノーベル平和賞は核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に授与されました。授賞理由は、核兵器禁止条約をつくるのに貢献したというものです。本書の著者・川崎哲はICANの国際運営委員。

国連で核兵器禁止条約をつくることはこれまでの国際政治の常識では考えられないことでした。「非現実的な理想論」といわれてきたらしい。でも、それは実現しました。本書ではその舞台裏を紹介しつつ世界の核軍縮の歴史について概観します。それは市民活動がいかに国際政治に影響を与えうるかという問題に対する回答となる報告でもあるでしょう。現場で活動してきた人ならではの具体的な挿話を盛り込んだ成功譚は説得力を感じさせます。

核兵器禁止条約が画期的なのは、核兵器を「必要悪」から「絶対悪」と言い切った点です。国際ルールで禁じることには大切な意味があるのです。「核保有国が参加しない条約は意味がない」という批判はあるかもしれません。しかし核兵器そのものがはっきりと国際法違反とされたことで国家が核兵器をもつことの意味も変化します。端的にいえば「力のシンボル」から「恥のシンボル」に変わったのです。

もちろん条約でそれを明言するに至るまでには多くの人びとの尽力がありました。被爆者たちの証言。市民たちの地道な活動。
そして赤十字国際委員会(ICRC)も大きな役割を果たしました。ICRCは、2010年の国際会議で「核兵器は非人道的で、いかなる場合も認められない」との声明を出しました。「救護を職務とする赤十字が、救護に行くこともできなくする兵器の存在を許すことはできない」と主張したのです。

日本政府はすでに条約に参加しないことを表明していますが、その成立の過程で示した反応にも失望せざるをえません。日本の軍縮大使は「核戦争が起きたら救援できないという考え方は少し非観的すぎる。もっと前向きにとらえるべきだ」と言明したというのです。内容空疎な抽象的精神論を振りかざす点では、残念ながら戦前戦中から少しも変わっていないのかもしれません。

当然のように核保有国も核兵器禁止条約の成立を阻むべく様々な形で妨害してきました。裏返せば条約にはそれだけの力があるということでしょう。川崎はいいます。「核保有国が激しく非難したり圧力をかけたことは、この条約に効果があることの証明にもなりました。何の意味もないものなら、妨害や抗議などせず、無視すればよいのですから」。

実際、核兵器禁止条約には社会そのものを変える力が厳然として存在しています。たとえば、核開発に使われるお金の流れを止める効果があらわれました。核兵器禁止条約が成立してから約半年の間に、世界で30の銀行・金融機関が核兵器開発企業への投資をやめたといいます。私たちは、この種の国際条約に対して、しばしば単なるお題目が合意されただけと考えがちですが、決してそうではないことを事実が証明しているのです。

また、ICANの行動スタイルにはこれからの市民運動一般を考えるうえでも参照すべき点が多いかもしれません。ICANには若い人が大勢集まっています。ユニークな動画をつくりSNSで拡散するなどメディア戦略にも工夫をこらしました。「核兵器を禁止する」というわかりやすい問題に特化したことで、興味をもつ人が増えたと川崎はいいます。

「どんな核兵器も許されない」というスタンスは日本の被爆者が語ってきたメッセージと同じものですが、ICANはそれを「日本の問題ではなく世界共通の問題」というメッセージに変換することに成功した、と川崎は自己分析しています。

何らかの理想の実現を目指して人が頑張っているとき、必ずといっていいほど「非現実的な理想論」と冷笑する人があらわれるものです。けれども理想論を非現実的なものにしているのは、しばしばそのような冷笑主義者の存在そのものではないのかとあらためて思います。

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