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もう一つの日本昭和史〜『パッチギ! LOVE&PEACE』

『パッチギ!』は井筒和幸と李鳳宇のゴールデンコンビが生み出した最高傑作でした。本作はその続編となる作品です。

主人公アンソン(井坂俊哉)の息子チャンス(今井悠貴)が筋ジストロフィーに冒されたことから、一家は治療のために京都から東京に移り住みます。この息子と家族たちの闘病のドラマが本作の一つのモチーフであり、彼らが体験する在日コリアンとしての苦渋の人生航路が今ひとつの太いテーマです。
人類に共通する家族の愛と連帯の物語。
在日コリアンという歴史的な存在の流離譚。
この二つの流れが平行しつつ蛇行し時には急流となり濁流となって土砂や材木を呑み込みながら「イムジン河」の調べとともに、いつ大海へと至るのかもわからぬままに流れてゆきます……。

前作に比して本作では一段と日本社会に対する告発調が強められ、それ故に良くも悪しくも在日コリアンとしての存在感がより生々しく表現されているように見受けられます。
彼らの存在感に唯一拮抗しうる日本人として登場するのが、藤井隆演じる国鉄マン。アンソン一家とつながりあうただ一人の日本人が、実は幼い時、母親に捨てられた孤児だったという設定がひとつの鍵になっています。

けれども、どうでしょう。在日コリアンと同じようなデラシネ的な孤独の日本人がアンソン一家と互いに信頼感で結ばれるという、わかりやすいもっていき方には、若干の疑問が湧かないではありません。戦後日本においては、彼のような存在でなければ在日コリアンと深い絆を結ぶことができなかったのだろうか、と。
 
さらに、彼以外の日本人のほとんどが、あまりにも単純にカリカチュア化されてしまっている点も気になりました。とりわけアンソンの妹キョンジャ(中村ゆり)をめぐる芸能界のエピソードに登場する人々は一様にTV番組にみられるパロディ風コントかと思わせるような人物造形で、浮薄な印象しか残りません。
キムラ緑子、米倉斉加年、村田雄浩、松尾貴史など在日コリアンを演じた役者たちが揃って達者なので、一層、日本人像の戯画的な描写が浮いてしまいます。

とはいえ、それもこれも、安直なセンチメンタリズムに訴える作品が幅を利かせる昨今の邦画界をみわたせば、本作の面白味に反転しうる野心的な失敗といってもいいかもしれません。この映画の製作者たちの思いの強度を感受するなら、なおさらに。

前作につづき本作もまたエグゼクティブ・プロデューサー李鳳宇の実体験がベースになっています。筋ジストロフィーに冒される主人公の息子チャンス(子役の今井悠貴が良い)は、李鳳宇の兄をモデルにしているらしい。李鳳宇が「何故、私がここにいるのかを問うた作品」と述べているように、彼にとってこれはどうしても作らねばならぬ映画であったのでしょう。

アンソンの父親が、戦時中、脱走し南方戦線へと逃れていく過去の物語と劇中キョンジャが出演する映画『太平洋のサムライ』の撮影シーンの二つを巧みに織り交ぜた構成は、生命のバトンを懸命につないできた在日コリアンの三代記を物語るにふさわしい厚みをもたらしていると思います。
『パッチギ! LOVE&PEACE』は、日本社会のもう一つの昭和史を描いた哀切にして力強い映画だといっておきます。

*『パッチギ! LOVE&PEACE』
監督:井筒和幸
出演:井坂俊哉、今井悠貴
映画公開:2007年5月
DVD販売元:ハピネット

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