宝君の話-僕の小旅行

今日は、今回は子絽さん著「夜のカフェデート」の設定をお借りしています。
文書番号:novel/9606311です。
また、使わせて頂くにあたり、快く承諾して下さった子絽さんに感謝致します<(_ )>
(細かい部分を付け加えております)
内容としては、宝君が雑誌を見て、初めて遠出をした場所が、子絽さん設定の「voisin cafe」です。
書く前に珍しくアンティーク(言葉だけ)のことを調べてみました。
私の印象で大まかに言うと、3種類に分類されるようです。
自分にとってどれがいいのか、考えながら書いた作品です。
少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。
※町の名前は架空のものです。実際ににはありませんので、ご注意下さい<( _)>
※2次創作で申し訳ありません。

やっと着いたか・・・」

 そのお店に着いて初めに出た言葉は、疲れが溜まったと勘違いされてしまいそうな言葉ーモノーだった。

 今、わしがいる場所は、都内ではあるが神奈川県に近い。その為、わしが住む場所から1時間半は優にかかっておろう。

 なんせ端駅から一旦新宿で降り、そこから線を乗り換えて、8駅程ーしかしこれがまた、駅から駅の間が長いところがあるー行くと、お店の最寄り駅に着く。

 それからバスで15分、ゆらり揺られてここで辿り着いたというわけだ。

 しかしわしは1つの目標を達成したことから、楽しい気持ちで満たされておった。

 わしは渋谷区立端中学校へ通う、縹宝(ハナダタカラ)と申す。

 父は有名な声優、母は専業主婦という、ごく普通の家庭に育った。

 ・・・というのは単なる肩書きのようなもので、太公望が本名である。

 本来わしは地上よりも遥か彼方にある仙人界に住んでいたのだが、理由あって下界で暮らすこととなった。

 その理由を説明すると、縹家に帰れなくなる恐れがある為、今日はこのくらいで勘弁してもらいたい。

 さて、ここ「voisin cafe」は、先程説明したように、田舎ーという程でもない気がするがーの郊外にある、23時まで営業しているお店で、ランチタイムも22時までやっているというのが人気のようだ。

 遅くまで働く人の嬉しい味方である、このカフェには、小説家も食事をしに来るらしい。

 そう、わしがこのお店を知ったのは、総合情報誌のような雑誌に載っておったからだ。

 確か、短期集中連載の第3回、“私の一押しカフェ”という題名だったと思う。

 そこでインタビューされていたのが、今流行りの小説家の呂望という者だったのだ。

 わしの昔の名と同じという事が、嬉しいと同時に気恥ずかしくて・・・

 それで興味を持ったというわけだ。

(もうすぐ2時になりおる・・・)

 わしは腕時計で時刻を確認して、中に入ろうかどうか躊躇った。

 昼食を摂っていないから、ここで食べて行けばいいのだが、如何せんわしの体の造りは、普通の人間とは大分違う。

 分かり易く例えるなら、少しの野菜で充分な程1日を元気に過ごせる体といった方が、理解して頂けるだろうか?

 何はともあれ、いつまでもここに立っていては、他の客の足ー既に2組の客が、わしよりも先に入っていったーを止めかねない。

 わしは、もう一つの目的を果たす為、徐にカフェのドアを引いた。


“カランコロン”と、甲高い鈴の音が、ドアの上の方から聞こえる。

 何気なく仰ぎ見ると、羊の首につけてもいい程の、胴で出来た鈴ー手の平サイズはあるのだろうか?ーが、客達を誘ーイザナーうように吊してある。

(何か・・・落ち着くのう・・・)

 わしは中へ足を進めるのを止め、その鈴をしばし見つめ続ける。

「いらっしゃいませ、お客様は何名でしょうか?」
 
 不意にかけられた言葉が、わしを我に返らせ
「一人です」
と、慣れない口調で答え、また珍しい物でも見るように、辺りを見回した。

「カウンター席へどうぞ」

“こちらです”と、笑顔で案内する店員の手先が、もたもたするわしに、早くと言わんばかりに誘っている。

 わしは肩掛け鞄をしっかり抱いたまま、カウンター席へと足を運んだ。

 中へ進むと、掲載写真と同じ焦げ茶色の家具達が、わしを出迎える。

(これがアンティーク調と言われる、外国製の家具か・・・)

“確かに歴史が溢れる造りだ”と、感心して見ているわしだが、実は家具には疎い。

 いや、正確に言うならば、今現在の物事について、全体的に疎かった。

 それ故ー裏を返せばー何もかもが新鮮で、遠い場所でもこうして来られた事が勉強になるという意味で、楽しくて仕方がない。

(確か・・・アンティークともう一つ呼び名があったようだが)

 ここへ来る前に、友人に訊ねて頭に入れておいた名前も、緊張しているせいで忘れてしまった。

「お客様?」

 呆けているわしを不信に思ったのか、店員は訝し気な表情で声をかける。

「家具が・・・とても素晴らしくて」

 何も知らないわしは、しかし確実に感じたことを、ポロリと吐き出すように言った。

 店員は何も答えない。

 それもそうだ、こんな挙動不審な人物なんぞ、相手にしていられない程、彼女は他の客の接待で忙しいのだ。

 今だって、1人青く長い髪ー但し、光に当たらなければ分からないがーの男性が、“今日は”と、笑顔で挨拶して、カウンターへと移動しておるし。

“先を越された”と、内心悔しそうに呟くわしに
「座らないの?」
と、例の男性が不思議そうに声をかけてきた。

 わしはコクリと小さく頷き、恥ずかしそうに、彼の右隣りに静かに腰を下ろした。


「カツサンドセットを1つ」

 軽やかに注文する男性に対して、未だ注文出来ないわしは、誤魔化すかのように天上を見上げる。

 その天上にはレトロな感じの電灯が、優しい色合いを見せていた。

「夜暗くなると、オレンジ色の灯りが、店内を照らし出すんだ」

“いい雰囲気を醸し出して、食事も進むし”

(何か楽しそうに話す、この男は誰だ?)

 まるで以前から知っている素振りで話す男性を、物珍しそうな瞳を向けているわしに
「こういう所へ来るのは初めて?」
と、優しい面持ちで訊ねる。

 その声は、わしの緊張をゆっくりと確実に解していき、コクリと頷いて店員を見つめた。

(わしだってカツサンドを注文したいのだ)

“但し、持ち帰り用として・・・”

 こんなことは電話で訊ねれば、直ぐに解決するのだが。

 わしの場合はそれをやってしまえばそこで終わる。
つまりは“もう行かない”と、なるわけだ。

 故に、本当に行きたいと思う場所へは、出来るだけ電話は、控えるようにしておる。

「この間は、取材にご協力有難うございました」
「いいえ、お蔭様で客足も伸びましたよ」

 男性がにこやかに店員にお礼を言うと、彼女もまた嬉しそうにお礼を伝える。

(取材?)

 この言葉にわしはピクリと聞き耳を立てた。

(いやいや、早々都合良く会えるわけがない)
などと、内心で否定はしてみるものの。

 わしの好奇心はそんなもので止められるものではない。

「あの、もしかして・・・」

 わしは自分が見た雑誌を説明し
「僕はその雑誌を見て、ここへ来たんです」
と、いつもよりも興奮して、ここへ来た経緯をなるべく細かく伝えた。

「それは光栄だな」

“有難う”と、さも嬉しそうにお礼を言った男性がわしに
「何処から来たの?」
と、さらりと訊ねる。

「渋谷区端町です」
「そんな遠くから、わざわざ・・・」

“良く来てくれたわね”と、とても嬉しそうに言ったのは、カツサンドセットが乗ったお皿達を、手際よくトレーに置いた店員だった。

「それで・・・何を頼みたいの?」

 楽しい気持ちのままで、上手く誘導尋問をする男性。
わしはそれに気付かずに口を開く。

「カツサンドを持ち帰りで、2セット注文したいんです」

 その途端、辺りがシーンとー勿論、わしの気のせいなのだがー静まり返った。


(あーあ・・・やってしまった)

 わしがそう思ったと同時に
「ごめんなさい、うちは温かいうちに食べてほしいから、お持ち帰りは近所しか受け付けていないの」

 申し訳なさそうに彼女は謝り、“カツサンドセットです”と言いながら、男性の目の前にトレーを置いた。

 サラダに、クラムチャウダー、ポテト、そしてメインのチーズカツサンドが全て揃っていることを瞳で確認した男性は、“待ってました!”と、言わんばかりに
「頂きます」
と、食事の挨拶をして、食べ始める。

 わしは彼が美味しそうにカツサンドを頬張る姿と、食べられるものを瞳で確認した。

(わしが食べられるものといったら、サラダとポテトぐらいではないか?)

 しかし、これはいつもの事だから、特別気にはしていない。

 けれど、カツサンドだけは、わしの世話をしてくれた剣と扇には食べてもらいたい!

「両親に食べさせてあげたかったな・・・」

 男性が3つ目のカツサンドに手をかけた瞬間、わしの口からポロリと本音が飛び出した。

 途端、彼の手が止まる。

「ご両親にプレゼントする為に、ここへ?」

“聞き流してもらえればよかったのに”とは思ったが、逆に捉えればこれは最大のチャンス!

“諦めちゃいけないという事か?”と自問したわしは、今の自分の状況を利用することにした。

「はい、実は今日僕の両親が結婚記念日を迎えたんです。
彼等は僕にとって血が繋がらない人達なのですが、2人からすれば実の息子ーコドモーのように、愛情を注いでくれるんです」

“まだ、3ヶ月しか経っていませんが”と、言葉を付け足して、2人の反応を見る。

 わしは嘘は吐いておらぬ。

 あやつ等とは本当に血が繋がっておらぬし、それでも家に置いてくれるー形の上では養子扱いにしているそうだと後から聞いたーし。

 結婚記念日だって嘘ではないから、これから家へ帰れば、恐らく沢山の料理が並んでいるに違いない。

「・・・養子として引き取られたんだね?」
「はい、僕の本当の両親は・・・言いづらいけど・・・殺されてしまって」

“ここだけの話にして下さい”と、口止めしたわしは、内心片笑みを浮かべて

「そのような理由で、お互いまだ馴れていない親子関係を、しっかりと結びたいと考えていて・・・」
と、押しの一手と言わんばかりに、正直に胸に秘めた思いを伝える。

「そんなとき理由があるのなら作ってあげたら?」

 ややあって、男性が涙ぐみながら、店員にそう提案した。


「彼の為に一肌脱ぐっていうのはどう?
冷めても美味しいチーズカツサンドという噂が広まれば、お客様も喜んで買いに来ると思うけど」

(ほほう・・・、流石は編集者!
“どうすれば、この場面がが盛り上がれるのか”を考えて提案しておる)

 わしは店員が折れることに確信を持ち、カウンターの向こう側にいるであろう、オーナーらしき男性に瞳を向けた。

 彼は恐らく色々な雑音で聞こえないのだろう。

 料理に集中して、こちらの状況は把握出来ていないようだ。

(さあ、後はおぬしの出番だ!)

 期待した瞳を密かに店員に向け、わしはそう強く念じる。

 その気持ちが通じたらしく
「オーナーに相談するから待ってて下さいね」
と、溜め息混じりで店員は厨房にいるオーナーと交渉する為、渋々カウンターから離れた。

 まだ“気が変わるかもしれない”と、心の何処かで疑っていたわしに男性が
「良かったね」
と、やはり親し気な口調で、一言声をかける。

「・・・はい」

 わしはわざとワンテンポ遅らせて返事をした。

「有難うございました」

 不意にわしは、あまり感情を入れずにお礼を言う。 こやつが何者か分からないーいや、本当に人間だろうがという事と、ここでお礼を言わないと、次の会える保障がないからだ。

「いえ、どういたしまして」

 彼もわしの気持ちを汲んだのだろう。

 頭をちょこんと下げて礼を返す。

「あの、あなたは」

 わしが口を開きかけた時だ。

「カツサンドを、2つお作りしますね」

 店員がニッコリと笑って、そう伝えてきたものホッと安堵の溜め息を吐いて、改めて訊ねようと、男性の方へと瞳を向ける。

 その瞬間、ドキッとしてわしは俯いた。

 男性はわしを何故か愛おしい表情で見つめていたからある。

「ぼ、ぼくの顔に何か付いていますか?」

 誤魔化す言葉を口から吐いたわしは、彼の瞳に恥ずかしくて合わせられない。

「いえ・・・僕は君の正体を何となく知っているから、遠慮なく話してくれると嬉しいな」
「・・・僕は1度もお会いしたことは」
「確か3ヶ月程前に淡雪国立病院で見かけて」

“奇妙な服を着た人物が2人いましたよね?”

v驚いて声も出せないわしを、畳みかけるかのような最強の笑みを浮かべて、彼は言った。


「あの時、たまたま僕の親戚が淡雪国立病院に入院していてさ。
彼の病室に行く時は、必ず君の病室の前を通らないとダメで」

 男性は、思い出してクスッと笑って言った。

 しかし聞いているわしは冷や汗ものである。

 そんなわしを見て、男性は財布から小銭と2枚の名刺を取り出した。

「これ、あげるよ」
「・・・僕は、取材には応じませんよ」

 彼を疑いの眼で見つめたわしは、そう言って受け取らず、かえって警戒心を強める。

「取材は君の父親になった声優ーヒトーに頼むから。
前々から話が聞きたかったし」

“その為に僕の名刺を置いて帰るから”

(こんな非道い眼差しを向けていても、彼は怒りもせずにいてくれるのだな)

 わしはその名刺にチラリと目配せをして呆気にとられたが、ここは敢えて声には出さないでおく。

「もう1枚は君のような仙道でも食べられる料理を出してくれるカフェの名刺」

“ここのオーナーのご友人が切り盛りしているんだって”

 そう説明した男性は、徐に席を立ち
「元気でね」
と、一言別れの挨拶をしてから、レジへと移動した。

「有難うございました、またお越し下さいませ」

 店員の元気な声が店内に響いた瞬間、わしを縛っておった“気恥ずかしい”という名の紐が、プツリと音をたてて切れる。

 ホッとしたわしの口から
「一体あやつは何なのだ?
わしをからかうにも程があるわ」
と、小さな怒りの言葉が飛び出して、ハッと我に返った。

「待てよ・・・あやつ、わしの事を仙道と呼ばなかったか?」

 何処ら辺から気づいていたとか、それとも仕事特有の勘が働いたのか・・・?

 謎を残した彼がこの場から去って数分経った時、イギリス製ー多分そうなのだろうーの柱時計が、15時を知らせた。

「いかん、もう帰らねば!」

 慌てたわしがそう呟いた刹那
「お客様のご注文の品が出来上がりましたので、袋にお入れしますね」
と、店員の気持ちがこもった台詞が重なる。

 カサカサとビニール袋がかさつく音が、わしを急かしているようで、全然落ち着かぬ。

 表示通りのお代を払って大事そうに白く柔らかい取っ手を持ったわしに、店員が笑顔で
「15時25分のxx駅行きのバスがありますから、それに乗って下さいね」

“乗り遅れると、30分近くは来ないから、気を付けて”
と、帰りのバスの時刻を調べて教えてくれた。

(そんなにわしの態度が心配だったか・・・)

 わしはその思いを敢えて口には出さず、ペコリと頭を下げて、“有難う”という感謝を態度で表現し
「先程の方に、出会えて良かったとお伝え下さい」
と、まだ慣れない丁寧語ーとでも言えばいいのだろうか?ーで、名刺をくれた編集者の男性へのメッセージを伝えた。

「来てくれて有難う、気を付けて帰ってね」

 ありきたりな店員の言葉が、わしの背中を強く押す。

 それはまるで、次も恐れずに外へ飛び出して、色々な体験をしてほしいという願いが込められているようだ。

 やがて、定刻通り××駅行きのバスが、わしの目の前に静かに停車する。

 わしは空いていた運転席の後ろの席に座り、後ろ髪を引かれる思いで、バス停を去った。


「というのが、ここの店を知ったきっかけだ」

 わしはバス通りよりも少し離れた細い道を、連れの男性ー楊ゼンと歩きながら、経緯を説明する。

 彼は青く髪を靡かせて
「その後、彼との連絡は?」
気になっている事を、さり気なく質問した。

「その後は1度も会ってはおらぬよ。
父上の取材は、今年1月に実行されたらしいが、残念ながらわしは受験を名目に、会えずじまいだった」

 穏やかな口振りに、わしが彼に会えぬ事など、気にしてはおらぬことが分かったのだろう。

 それ以上は特に訊くこともなく、わしと楊ゼンは黙って歩みを進めていく。

 月1でお世話になっておる淡雪国立病院から、のんびり歩いて5分程で目的地である食事処へ辿り着いた。

 白壁の建物は、圧巻があって、何処をどう見てもカフェに見えない。

 しかし、そこは町の人にとって憩いの場となっていた。

「何でも、アレルギーがある人も、美味しく食事が出来るらしい。
看護士もボランティアではあるが、常勤しているし、近くには大きな病院もあるから、安心して食事を楽しめるのだろうな」
「僕達はアレルギーじゃないから、詳しい事は分からないけど、食べられるものが限られているところから考えると、恐らく辛いでしょうね」

“そうだのうと、感慨深く頷いて言うわしに、不思議そうに首を傾げた楊ゼンは
「そんなお店に何故僕と行くと決めたのですか?」
と、率直に訊ねた。

 お世話になっているという意味なら、縹夫妻の方が断然お世話になっているからであるが。

“それなのに・・・何故?”と、心の底から湧き上がる疑問を解消しようと、もう1度口を開こうとした瞬間
「何故だろう・・・ここへ1番始めに行く時は、おぬしがいいと決めておったのだ」
と、今まで胸にしまって置いた思いを口にした。

“それでは不満か?”と、わしはだめ押しで瞳でそう訴えて足を止める。

 楊ゼンは顔を真っ赤にさせて俯いて、なかなか話せないでいる。

(本音はこやつにとって、少々強すぎたか)

 わしは心の中で呆れて呟く。

「さあ、立ち止まっていたら、食事にありつけぬぞ!」

“楊ゼン、前へ進め!!”

 わしはそんな願いを込めて、歩みを止めたままの楊ゼンに、発破をかけた。

「言われなくても」

 楊ゼンは恥ずかしそうに口答えをして、先に行くわしの背中を追いかけるかのように、歩き出した。


 

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