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どんぐりと山本

ある日、一郎の携帯に知らないアドレスからメールが届いた。

今度の日曜日、○時に○丁目の公園に来てください。山本

一郎には山本という知り合いはいない。迷惑メールだろうと思い無視した。すると翌週、同じアドレスからまたメールが届いた。

この前の日曜日は来てくれませんでしたね。悲しかったです。次の日曜日も同じ時間、同じ公園で待ってます。今度はきっと来てくださいね。山本

一郎は気味が悪くなった。昔のクラスメイトや仕事関係の知り合いに山本という人がいただろうかと思い出そうとしたが、そのような記憶はなかった。日曜は時間があったので、一郎はその公園のそばまで行ってみることにした。公園は家から歩いて十分ほどの場所にある。

日曜日。指定された時間に一郎は公園の端まで来て、目立たない場所から公園を見渡した。すると、家族連れが多い中、一人の若い女が一本の木の下に立っていた。人を待っている様子だ。公園全体を見回したが、山本の可能性がありそうな人間は他に見当たらなかった。

一郎はしばらくその女を観察していたが全く覚えがない。その日はそのまま帰ることにした。

数日後、また例のアドレスからメールが届いた。

この前は公園の近くまで来てましたね。どうして声を掛けてくれなかったのですか。次の日曜日も、同じ時間、同じ場所で待ってます。山本

日曜日。一郎はまた、指定された時間に公園へ出向いた。先週の女が同じ木の下に立っている。一郎は少しためらいながら女に近づき、声を掛けた。

「山本さんですか」

「一郎君、何も覚えていないのね」

「はあ、すみません。失礼ですがどちら様でしたでしょうか」

女は悲しそうな顔で一度ため息をつき、次のような話をした。

「二十年前、私たちはこの木の下に手紙を埋めました。たくさんのどんぐりと一緒に。お菓子の缶に入れて。二十年後に掘り起こそうって約束したんです」

二十年前は小学二年生である。一郎は記憶を辿るが全く思い出せない。女の話が本当なのかまだ判断できなかったが、何か埋まっているなら、掘り起こしてみれば思い出すきっかけになるかもしれない。

「ごめんなさい、全然思い出せないんです。でも、とにかくその缶を掘り起こしてみましょう」

「ええ。この辺りのはずです」

女はそう言って木の根元から二メートルほど離れた場所を指した。女が用意してきたスコップで一郎が掘り始めると、十五分ほどで缶が見つかった。

開けてみると、中にはビニール袋が入っており、ビニール袋の中にはたくさんのどんぐりとノートの切れ端が二枚入っていた。一郎は一瞬、二十年前に埋めたにしてはどんぐりが原形をとどめ過ぎているように感じたが、ビニールと缶に入っていたからそんなものかと思い直し、ノートの切れ端に目をやった。

一枚にはこう書かれていた。

20ねんごにけっこんしよう。いちろう

明らかに小学生の字だが、自分の筆跡に見えなくもない。もう一枚には次のように書かれていた。

20ねんごにけっこんしようね。やまもと

「一郎君、まだ思い出せない?」

「はい、すみません…」

「じゃあ思い出せなくてもいいわ。とにかく私たちは結婚することになってるの。ここに名前を書いて」

そう言って女は、自分の欄をすでに記入した婚姻届を取り出した。それを見て一郎は確信した。すべて女の狂言だ、この女は危険な人間だ、こいつは自分の知っている人間ではない、と。

「いや、ちょっと。俺、帰る」

一郎は怖くなり、それだけ言い残してその場を去った。女が付いてくるのではないかと途中で振り返ると、案の定、女は二十メートルほど離れて付いてくる。真っ直ぐ帰ると女が家まで来てしまう。一郎はしばらく回り道をして女をまくことにした。

しかし、歩く速度を上げても女は離れずに付いてくる。一郎は走り出した。走りながら振り返ると女も走って付いてくる。しかも少しずつ距離が縮まっている。

一郎が前を向き直してペースを上げた瞬間、脇道から出てきた車に撥ねられた。車はそのまま走り去った。

女は倒れている一郎に追いついた。一郎が息をしていないのを確認すると、一郎の死体を側溝に隠してその場を去った。

女は夜中に戻ってきて一郎の死体を公園まで運んだ。そして先ほどまで缶が埋められていた場所に大きな穴を掘り、どんぐりと一緒に一郎の死体を埋めた。そしてどこかへ行ってしまった。


言い忘れたが、一郎がこの地域に住み始めたのはほんの二、三年前のことである。

めかぶは飲み物です。