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美しさに嫉妬した

5年前、黒猫のような女の子と知り合った。

さらっとしていてクールだ、と思った。第一印象。彼女はきっと、愛想笑いをしない。
黒い長髪がチャームポイントで、古着のワイドパンツとか、おしゃれなブーツとかを身につけていた。おんなじ二十歳なのに、たぶん、ニコアンドとか、フランフランとかでは買い物をしないんだろうなと思った。身につけているもの全てがひかっていたし、彼女はそれらを、ひとつ残らず愛しているんだなということがしっかりと伝わった。

新宿のマクドナルドで、私たちは話していた。
ブラックコーヒーの横に無造作に置かれた、彼女の指を見つめながら。あれ、と気がつく。
手の甲に、一円玉くらいの大きさの、黒い丸のタトゥーが彫られている。

なにそれ、と私がふんわり聞くと (聞かれること自体をいやに思う人も多いだろうなと思っていたけど聞かずにはいられなかった)、
彼女はこの前事故ったんだ、と言った。両手の甲をこちらに見せる。

事故の傷跡?
いやちがう。

彼女が言うに、バイクに乗って走っていたら玉突き事故にあって、気づいたら病室の天井が見えていた。痛かった、骨もいくつか折った。身動きが取れないベッドの上で、右と左を交互に確認したとき、両手に点滴の針が刺されていることに気がついた。必要な点滴箇所を示す、丸い印が書かれていた。というのだ。

それが、かわいいなと思ったから。
へえ、そうなんだね。

私は嫉妬した。
私が知る他の誰よりも、彼女は美しかった。

そっと、目を閉じる。

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美しく成る、と書いてなるみといいます。
成る、というのは to be なので、私は「美しく変化しつづけよ」、という意味だと解釈をしています。

とはいえ両親は元々、そんな思いを込めたかったわけではなさそうで。待ちに待った第一子だったから、という理由で、両親の名前の漢字を、一つずつもらいました。

みのり、になる可能性もあったと、後から聞きました。実りのある人生を。

名前は、とてもすごい"まじない"だと思っています。
人によっては呪いで、希望で、祈りです。

他人と初めて出会った時には、あなたの名前はどういう漢字なの、って聞きます。仕事でもおんなじ。
自然に由来する名前の子が花屋さんをやっていたり、優しそうな名前の子が進んで人助けをしていたり、そういう場面によく出くわします。

ふだんはあまり気にすることはないけれど、潜在意識のなかで、与えられた何らかの使命を果たさねばという気持ちになるんでしょうか。もしくは、その文字について考える機会が多いから、自然とそのワードが、何らかの選択を迫られるたびに、影響するのでしょうか。

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彼女は美しかった。
思想が、振る舞いが、瞳が、滲み出る自信が。

レントゲンのように内側を覗けるとしたら。きっと、一本の芯がどんと、サグラダファミリアを支えている柱のように真っ直ぐ、彼女の細い体を支えている。どんな鍛錬をしているのですか。どんな過去を、生きてきたのですか。

美しいひとに出会うとき、
ぶれていない、とすぐにわかる。取り囲む空気の種類が均一で、洗練されていて、そのひとが触れるもの全てが一瞬にして、その色に染められてしまう。

恐ろしいと思う。
間違えて私まで染められてしまわぬよう、懸命にもがく。より一層、背筋を伸ばして、抵抗する。そんな自分を、愚かだと思う。

他にも、美しい女の子を知っている。
彼女は詩を書く俳優で、先日誕生日を迎えたときに、「私の美しさは私だけが知っている」と言っていた。

私はまた、嫉妬する。

彼女たちの美しさに、嫉妬している。

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