見出し画像

独りでいけ

たったいまこの瞬間、きみの胸の中でしずかに"何か"が着火した音を聞いたか。それは穏やかで、激しくて、煙たくて、まぶしい。
周りの人には決して聞き取れないような微かな音に、かたく耳を澄ませていたか。

ちいさな炎は燃えている。うすく開いた扉から漏れる風にも負けず、雨嵐にも負けず、ごうごうと燃え続けている。きみはそれを、決して絶やしてはならない。つまらなくくだらない理由で諦めてはいけない。幼き日に握った母の手よりも、強くしっかりと、つなぎ止めていなければならない。

--

舗装された道、エスカレーターに乗り慣れた大人たちが、きれいな格好をしてわたしの横を通る。アイシャドウとバッグの色が合っていて、洒落たなんかの香りがしていて、なんの間違いもないキャリアを積み上げているようにも映っている。完璧に見せかけた大人たち。

わたしのバックパックの紐が、ちぎれかけている。パソコン2台とカメラと泊まり道具が入ったバックパックや毎日コンクリートですり減らされたフラットシューズは(たぶんほかの人たちよりもはるかに)消耗が激しく、1年もったためしがない。買い替えの時期は、ぜんぶ一気にやってくるからうっとおしい。どんなにはやく物が壊れていっても、わたしの体は鉄のように強い。たたかれ磨かれ続けていて、たゆまず、折れず、へこたれない。

日々わたしがどれだけ重たいバックパックを背負って片道2時間を行き来しているのか、ここにいる人たちはだれも知らない。知るよしもない。東京の地を踏むといやな気がするのは昔からで、ああ わたしはその昔から何もかわっていないんだなぁと思うだけで安心できる気もしている。

背筋をしっかり伸ばして歩くとき、背中の重みがわかるとき、わたしはこれでもかというほど地面を強く、蹴り上げている。

だれがどうとかそれがこうとか、もうどうでもいいからさ、きみの生(き)の本心を全力でぶつけてくれよ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?