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おやじパンクス、恋をする。#145

 昨日の夜、エレベーターを降りてすぐに飛び込んできたあいつの変な顔、無表情で、だけど全身からネガティブオーラをムンムンさせてる雄大の姿が思い浮かんだ。

 そして、帰り際、喫煙所の前で最後に見た、不貞腐れたように黙った雄大。

 あの一時間ちょっとの間に、ヤツの中でどんな変化があったのか、全然分からねえと言えば嘘になる。

 俺はあいつのことを結構真剣に考えてた。奴が、彼女から離れることを望むなら、その通りにしようと思ってたんだ。

 彼女はそして、雄大の育った環境を話し始めた。

 実の母親が育児をほとんどしようとしなかったこと。幼稚園にも保育園にも行かせてもらえず、家の周りでぼんやり時間を潰すしかなかったこと。父親は仕事人間で家のことに一切関与しようとしなかったこと。読み書きはおろか友達と遊ぶ方法すら知らない雄大を、小学校の同級生たちが仲間はずれにしたこと。

 彼女曰く雄大は、「感情を教えてもらうことができなかった」。

 つまり雄大は、自分がそのとき感じている気持ちが一体何なのか、分からなかったってことだ。

 これはかなり、ヤバイことだと思う。

 だって俺らは、ムカついたら「ああ、ムカつく」って言うだろ、言わなくても、それは分かるだろ。辛かったら「ああ、辛い」って言うし思う。楽しかったら楽しいと思う。

 けど雄大は、そういうのが分からなかった。教えてもらえなかった。自分の中で何かがモヤモヤっとなっているのに、それは何なのか、そういう状態がいい状態なのか悪い状態なのか、誰も教えてくれなかった。

 そういう育ち方をしたら人間がどうなるのか、俺にはよくわからない。けど、多分、それは非常にヤバイことだ。

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この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

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