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おやじパンクス、恋をする。#003

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

 ともあれ、レストランだ。そんな何もねえ、つまんねえ所までやってきたんだ。二十分もかけて、バス代も使って。

 意地でもマカロニグラタンを食ってやるぞという気で、目的のビルを探した。バス停の名前がスッと出てきた割に、肝心の所在地は曖昧で、ビルの外観はイメージできるんだが、どこをどう行けばそこにたどり着くのか分かりゃしねえ。

 結局俺たちが目的のビルを見つけたのは、太陽が低くなり始めた頃、バス停を降りて三十分近く経ってからのことだった。

 ひと目で古いって分かる、寂れたビル。ガキの頃は立派だと思っていたが、今は背後にもっと大きなビルが建っていて、みすぼらしく見えた。二階部分から最上階までつづく縦長の看板がかかっていて、それに各階のテナントロゴが書かれてある。株式会社なんとかとか、なんとか不動産とか、ほとんどが企業のオフィスのようだったが、五階部分に「キッチンクリハラ」という、なんとなく覚えのある名前を見つけた。

 バカ面で見上げるオッサン四人。

「あれじゃねえの、五階にあるやつ」タカが言う。

「他に飲食店ねえしな」涼介の冷静なツッコミ。

「で、どうなんだよ」

「うーん、確かああいう名前だった、かな」

「三十年もやってんのか? それ、すごいなあ」ボンが感心したように言う。奴の実家は食堂なので、その凄さが分かるんだろう。まあ、あのきったねえ食堂でも同じくらいか、下手したらもっと長くやってるわけだから、まあ何とかなるもんなのかもしれない。

 とにかく、ここが目的地だ。エレベーターがなかったので俺たちは老体に鞭打って階段を登った。酔っ払いのオヤジにはキツイ道のりだ。昔の建物だからか通路の幅が一メートルくらいしかなくて、余計に疲れる。日曜日でオフィスは休みらしく、一階から四階までは全く人気を感じなかった。何となく俺たちは無言で、最後の折り返しを過ぎた。

 「キッチンクリハラ」というさっき見たのと同じロゴが、壁に埋め込まれた木製の看板に書かれてあった。同じく木でできたロッジ調のドアには「OPEN」のパネルがかかっている。涼介が躊躇なく扉を開けて「やってっかー」と中に入っていく。ボンものんびりとその後に続き、最後にタカが、「なんかいい感じじゃん」とウキウキした様子で入っていく。

 俺はというと、なんつうか、妙な違和感を覚えて、ぼんやりしていた。何に違和感を感じてるかは分からねえんだけど、何か変だな、という感じ。でもまあ、この細っこい階段で突っ立てるわけにもいかねえ、遅ればせながら店内に入ると、既に奴らは店の一番奥のテーブルを陣取っていた。全員がタバコに火をつけてて、何が可笑しいのかもうバカ笑いだ。客が他にいねえのが救いだが、仮にいたとしてもあいつらは何も気にしねえだろう。

 そう、あいつらはどこにいても何をしてても、周りに誰がいても何も変わらねえ。まあ、相手に合わせてコロコロ態度を変える奴よか百倍いいけどさ。

 なんてことを思いながら店を奥へと進んでいくと、「お連れさんね、奥へどうぞ」と、店員らしきおばちゃんが声をかけてきた。五十代後半くらいかな。俺のお袋よりは下だろう。白シャツに黒いベストの制服を着ている。うーん、こんな感じだったかな。なんか違うような気もするけどなあ……店の雰囲気も、まあこんな感じだったと言われればこんな感じか? だがこのおばちゃんには見覚えがねえ。まあ、当たり前か。

「ねえおばちゃん、この店って三十年くらい前にもあった?」俺は聞いた。

「三十年? ああ、先代の時代だろうけど、それくらいは経ってるはずよ」
 ふうん。じゃあやっぱ、ここなんだよな。

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