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おやじパンクス、恋をする。#078

 これは単なる予想だが、彼女が自分から俺を訪ねてくるようなことは、多分ない。

 梶さんのガンやら嵯峨野の扱いやらで精神的にまいっているとしても、いや、まいっていればなおさら、彼女は周りの人間に頼るようなことはしない気がする。

 彼女は辛くても、誰かに助けを求めたりしない。

 つまり、俺が彼女に会いに行かない限り、俺は彼女と会うことはないってこった。

 よく分からねえが、ここには確信があった。

 だから、俺がこの写真を消しちまえば、俺が記憶の中から彼女を追い出しちまえば、俺と彼女はもう赤の他人、とんでもない偶然でもなければ、もう二度と会うことはねえ。

 押しちまえ。

 削除しちまえ。

 そして楽になっちまえ。

 俺の中でそうささやくそいつは、悪魔じゃなく天使だ。

 だってそうだろ、自分のことを考えたら、自分の人生を考えたら、彼女みたいな「特殊物件」には手を出さないに限る。写真の削除を囁くそいつは、俺のことを思って言ってくれてる、天使さ。

 だが、天使がいれば悪魔もやっぱりいるんだよな。

 言葉こそ発しはしないが、そいつは俺の親指をがっちりロックして、削除ボタンをプッシュするのを許してくれない。

 それだけじゃねえ、写真の中の彼女の笑顔を、ほら、ガキが星やらハートやらでプリクラをデコレーションするみてえに、何倍にもキラキラしたものに「修正」しやがるんだ。

 写真の中で、彼女は笑ってた。

 とてもキュートな顔で。

 そして俺は気付くんだよ。その笑顔の裏に、どんな辛いことがあったのか。

 恋人の、いや、彼女の言葉を借りれば「父親みたいな人」の病を前に、その忘れ形見になりつつある会社では、嵯峨野とか言う野郎が好き勝手しやがるし、雄大のバカはトチ狂っていきなり襲いかかってきやがるしよ。

 それだけじゃねえ、オレンジ色のトサカを生やしたわけ分かんねえパンクス親父が、人の部屋を覗き見した挙句逆ギレして乗り込んでくるし……俺だったらとっくに爆発してるに違いない。

 でも、彼女は違った。

 一人でそれを背負ってよ、泣き言一つ言わず、最高の笑顔を見せてくれた。

 くそ。なんて強い女だ。

 なんて、なんて……

 なんてマブい女なんだ。

 俺はそして、やっちまう。

 悪魔に魂を売っちまう。

 天使さんよ、悪いな。お前に恨みはねえけど、ぶん殴らせてもらうわ。

 そして俺は脳内の天使をボッコボコにして、写真を削除しないまま、iPhoneを尻ポッケにしまった。

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LOVE IS [NOT] DEAD. 目次へ

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

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