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【怖い話】プライベート・ビーチ #3

 彼ができた、と報告したのは一ヶ月ほど前のことだ。

 そのときのマルイさんの喜びようはすごかった。今日は飲みに行くわよ、と言ってものすごい勢いで仕事をこなし、そして定時の一時間前に席を立ったかと思うと、今日はナカジマと大切な話があるのでお先に失礼しますと社長に告げ、私の手を引っ張って会社を出た。

 そのまま近所の居酒屋に入り、私は彼の話を夜中までさせられた。マルイさんはビールを十五杯飲んで泥酔し、いかに私のことを心配していたか、よさそうな相手が見つかってどれだけ嬉しいかを、涙ながらに話した。そしてそのまま潰れてしまった。

 一浪して当初の志望校よりランク下の大学に入った私は、卒業後、いくつかの会社で働いて、二年前この不動産会社に入った。

 売買よりも賃貸を得意とする会社で、最近では、短期出張のサラリーマンをターゲットとしたウィークリーマンションに力を入れている。

 私がいる部署は、そのウィークリーマンションの問い合わせに対応するコールセンターで、客の要望を聞いて、条件にあったマンションを紹介する。

 これまで就いてきたのと同じく、とくに資格や経験の必要ない、誰にでもできる仕事だ。

 コールセンターのスタッフは十五名、そのうち十三人が女性だ。パート勤務の数名を除いて、みな同じ制服を来ている。紺色の地味なデザインだが、私は気に入っている。

「で、彼にはもう伝えたの?」

 旅行会社からの電話を受けた日、帰り支度をしているとマルイさんが声をかけてきた。マルイさんは167センチある私より頭一つ分背が低い。クルクル巻いた髪は天然パーマなのだそうだ。

「いえ、まだ。なにか緊張しちゃって」

「緊張ねえ、まあ、そうだよね」

 マルイさんは机の上に置かれていた腕時計を取って、左手につけた。デジタル表示の、無骨で大きな、男物の時計だ。そしてチラリと私の方を見て、「やっぱ、怖い?」と聞いてきた。

 私は少し考え、頷いた。

「海に行くのは、十五年ぶりですから」

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