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『稲盛和夫一日一言』 5月2日

 こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 5月2日(木)は、「人格は変化する」です。

ポイント:リーダーを選ぶにあたっては、「人格」というものは絶えず変化していくものだということを忘れてはならない。

 1996年発刊の『成功への情熱 ーPASSIONー 』(稲盛和夫著 PHP研究所)「己の人格をつくる」の項で、徳のある人格を築いていくことの大切さについて、稲盛名誉会長は次のように述べられています。

 小さな会社の経営者の中には、エネルギーにあふれた人が大勢います。ビジネスチャンスに対して鋭敏な目を光らせ、人並みはずれた才能も鋭い事業感覚も持っています。しかし、なぜかその中でも、大きく成功できる人はほんの一握りです。

 多くの事業家は、自らの才覚と能力に頼っています。もちろんそれも事業家には必要ですが、それだけでは事業が失敗するのを防ぐことはできないのです。
 中小企業の経営者には、自分の才覚のみに頼って目標を達成しようとして、冒険的な事業に次から次へと乗り出す人が多くいます。しかし、それでたとえ一時的に成功したとしても、いつか自分自身の才覚におぼれてしまうため、事業が長続きしないのです。

 心が充分に強くなければ、われわれは容易に自分の才能の奴隷になってしまいます。

 これに対して、能力を使いこなすことができる人がいます。徳のある、尊敬される人間性が、才能をコントロールするのです。ここで主役になるのは「己の人格」でなくてはなりません。

 生まれながらにして人格ができている人はほとんどいません。はじめは、自分が持っている才覚や能力や闘争心のために成功することもできるのです。しかし、事業を成功させ続けるためには、心を高め、徳のある人格を築き上げていかなければならないのです。(要約)

 今日の一言には、「努力家で謙虚であったはずの人が、いったん権力の座に就くと、一転、傲岸不遜(ごうがんふそん)になることがあります。
 一方、身を誤った人間であっても、心を入れ替えて研鑚と努力を重ね、素晴らしい人格者に一変したという例もあります」と書かれています。

 2011年発刊の『京セラフィロソフィを語るⅡ』(稲盛和夫著 京セラ経営研究部編/非売品)「人格を高めようとする努力の繰り返しこそ尊い」の項で、名誉会長は次のように説かれています。

 私たちは常に人格を高め、維持する努力をしなければなりません。しかし、よほどの修行をしても、悟ったり、完璧な人格者になれるものではありません。人格や心を高めていくためには、際限のない努力の繰り返しが必要なのです。

 きれいな心を持とうとしていても、悪い心が何度となく出てきて、強欲になったり、腹が立ったりします。そのたびに「それではいけない」と自分に言い聞かせて悪い心を抑え、きれいな心を持つように、努力し続けることが大切なのです。

 たとえ悟りきった完璧な人格者にはなれなくても、常にそうありたいと自らを反省しながら、繰り返し繰り返し努力している人こそ、立派な人格者といえるのです。(要約)

 リーダーであるべき人が正しい判断基準を持たなければ、組織はめちゃくちゃになってしまいます。
 自分の心というものをよく見つめ、手入れをし、反省しながら一生懸命に己の人格を高めようと努力を繰り返している人とそうでない人とでは、その判断基準はがらっと変わってきます。 

 名誉会長が愛読されていた中国古典の一つに、長らく帝王学の原典とされてきた『貞観政要(じょうがんせいよう)』があります。
 その中に「情を尽くして極諫(きょくかん)せんことを欲す」という項があり、次のような内容が記されています。

 古来、君主は臣下に熱心に諫言を求め、臣下もまたその期待に応えることが求められるが、実際にはそれを実践するのはきわめて難しい。
 なぜなら、諫言を引き出すためには、ふだんから何でも自由に物が言える風通しの良い組織であることが必要であり、何より君主自身が臣下の意見に喜んで耳を傾けられる懐の広さを有していなければならないからだ。
 一方、臣下もふだんから君主との信頼関係を築けていなければ、いざというときに諫言などできるはずもない。
(要約)

 リーダーの人格が変化していっても、リーダー自身にはその自覚がないかもしれません。そんなときは、部下や周囲が勇気を持ってその愚を諫めること。
 仮に諫言が聞き入れられなければ、左遷や降格くらいは覚悟しておかなければならないのでしょうが、それでもここ一番では、何としても正道を貫き通す勇気を持つことも必要です。

 リーダーに限らず、組織を構成するメンバー一人一人が、己の人格を高めていこうと繰り返し繰り返し努力を重ね、個々の魂を磨き続けることが大事なのではないでしょうか。


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