VTuberと音楽・AZKiを開拓させられた

初音ミクを初めとするボーカロイド文化は、多くのクリエイターを発掘した。人が揃わなくては表に出ることのなかった歌が、コンピュータで打ちだした楽曲をボーカルソフトが歌い上げ、動画投稿サイトで数百万再生された。

そこに追随した「歌ってみた」という文化がある。浅薄な私の知識からはじき出されている認識は、初音ミクの楽曲を歌うことで「がんばりました」という意味合いからの「歌ってみた」ではないかと思う。詳しく調べて書こうかと思ったがそこは今回重要ではないので省く。

VTuberと音楽である。

いまや音楽系VTuberの種類も多岐にわたっている。「いまや」などとさも知った風な口をきいているが、私は後追いのV狂いなのでその数に圧倒されているという方が適切だ。

歌を歌う、という特殊技能を持ったVTuberが、その歌唱力を用いて様々な活動を行う。なんとすばらしい。私は音楽が大好きだ。

なので好きな歌を歌うVTuberについて語らせてもらう。今回はAZKiちゃんだ。

VirtuaREAL00の東京公演で生歌を聴いた。チャンネル登録していたが、実はあまり楽曲を聴いたことがなかったことをここに懺悔しておく。あのイベントはいるはーとちゃんが参加するのを聞いて慌ててチケットを買った。いるはーとちゃんを目当てに出向いたといっても過言ではない。

そのいるはーとちゃんが自分の出番のときに言うのだ。

「AZKiちゃんの歌はブレスが超素敵」と。

なるほど、そういう聴き方もあるのか。私はバンドサウンドの音楽が好きで、ギターやドラムやベースの音が大好きだった。音楽とはバンドで奏でるものだとさえ思ったりもする。ボーカルは楽器の担当のひとりであり、バンドとして音楽のパーツを構成する要素だという感覚。私自身が音楽を聴く際に、「私はこういうのが好きだ」と、無意識に規定してしまっていた。

推しのいるはーとちゃんが言うのだ。「ブレスがえちちだ」と。その発言は私にすんなりと入ってきた。どれほどえちちなのか聴かせてもらおうじゃねえか。えちちじゃなかったらただじゃおかねえぞいるはーと。

そうしてAZKiちゃんの歌唱がはじまった。

この文章を書いているのがVR00からひと月ほど経過しているうえ、知識ゼロでライブ当日をむかえていたのでどの曲だったのかはっきりとわからない。「ひかりのまち」か「シットデイズ」だったような気がする。わかる人がいたら教えて欲しい。

とんでもなく歌が上手い。上手い、の判断基準はひとそれぞれであるだろうから、私個人での感覚で語らせてもらう。気持ちが歌詞に乗っているように聞こえる。遺伝子に素早く届く。魂が震える。脳みそを通り越して脊髄が「良い」と反射している。

そんな感覚になった。つまり、あるVTuber経由で別のVTuberの魅力を知ったのだ。業界内部で円環しているその正の連鎖は絶対に切ってはいけない。

その日から毎日のようにAZKiちゃんの曲を聴き、感動に震えている。

ホロライブに加入し、活動が加速度的に活発化しているAZKiちゃんに、私は多大な期待をしている。同時に、ただのファンとして超絶に応援している。


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ろさ

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