辛さとはなんだろう?

 物事に意味を与えること、物語にすることについてずっと考えている。

 人は普段から、周りの様々な物事に意味を与えて生きている。「理由」と言い換えても良いのかもしれない。納得できる意味が与えられるから、人は安心できる。

 では逆に、「納得できない理由」しか与えられない物事、意味すら与えられない物事に直面したらどうなるだろう? それはきっと意味不明な、理解不能な、理不尽な事として捉えられるだろう。辛い出来事とは、この納得できない意味づけが本質なのでは無いだろうか。

 ではもし、辛い物事に意味を「与え直す」事が出来たなら? 別の納得できる意味を与え直すことで、その物事は腑に落ちる。そして辛さは減るのかもしれない。

 そう考えると、辛い物事に対して意味を与え直すことがとても大切なのではないか? そう思えてくる。Twitterではこれを「救い」と表記した。だが、本質的には認知行動療法もこれに当たるように思える。

 事実は事実でしか無いのだ。「うつ病だから辛い」「生きづらい」色んな辛さが溢れている世界は、実は自分が作り上げた幻想の世界なのかもしれない。



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Soila(そら)

コメント2件

辛さがあふれている世界は幻想かもしれないというのは、たぶんそうなんだろうなあと思いました。「辛い」ほうが心地がいいように社会システムはできているのだと思うので。そういう呪縛みたいなものから抜け出せるか、というのがこれから生きていくには必要なのかなと思ったりします。
西海さん、コメントありがとうございます。辛さだらけの世界というのも、実のところ自身が望んで作り出したものなのかもしれないですね。ただ、その世界があまりにも苦しいならば、抜け出す勇気も必要なのだと思います。幻想に殺される必要は無いのですから。
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