鏡のアドバイス 【夏ピリカ応募】

「あっちゃんは、プロフのイメージとけっこう違ったね」

辛いバジル・チキンをシンハービールで流し込むと、その男はそう言った。

「ヤスさんはプロフそのままですね。私、どう違いました?」

米系大手ホテルが高層階にはいったモールにあるタイ料理屋は、シックな内装で、タイ人シェフの料理が売り物の本格的な店だった。

「プロフは髪長いじゃない。でもそのショートカット似合ってると思うよ」

その発言に、密かにアツコは最初のフラッグを立てた。要注意。

「ヤスさんは、プロフの写真はまんまですけど、なにやってる人かが謎。シリコンバレーのハイテクの事業家と書いてありますけど」

アツコは、ヤスが選んだソノマの辛口の白を飲んで言う。


クラブスペースという音声アプリで知り合った2人。シリコンバレーから東京に出張するというヤスがアツコに声をかけた。

未婚、アラフォーのアツコは、出会いの機会は大事と、お誘いは基本は受けていた。20年以上も独身女性をやっていると、たいがいの危機管理能力は備えていた。

ヤスは在米20年、年は50すぎ。爽やかでフレンドリーな人という印象だった。

「単刀直入にお聞きします。ヤスさんって既婚者ですよね?」

まずジャブをいれる。

「はい」

ヤスは素直に答える。

「アメリカ人のかみさんとの間に成人した子供が2人」

躊躇せず、さらさらと白状したのは、評価。

「今回の出張のお泊りはこの上のホテルでしょ?」

再び、アツコはパンチをくりだす。

「はい」

ヤスは素直に答える。

「でもこの店にしたのは、シェフがベイエリアのタイ料理屋の出身で美味いと思ったからで~す」

無難な言い訳。でも語尾が、で~すと伸びたので減点。

食事が終わり、デザートが運ばれてくる。

ヤスが案外真面目な面持ちで言う。

「無理なことは言いません。自然な展開で、感じがいいなと思っていたアツコさんと一晩すごせたらいいなと思っただけなんです」

お、結構ストレートで来たな、とアツコは焦る。

この50代オヤジ、感じはいいし、根はいい人そうだし、正直なところもあるし、ちょっと惹かれる。でも、既婚者でしょ。そこがバツ。

どうやって逃げようか。いい人なので、嫌われたくない。

うまく断って、これからもSNS話し友達としての関係は続けたい。

どうしよう。

「ごめんなさい。ちょっと化粧室に行ってきます」



誰もいない女子トイレ。

鏡に写った自分に問いかける。

「どう断ろう?傷つけないように、洒落たセリフで、私のことをさすがと一目置いてくれるような、そんな断りかた

あなたのことは好きだけど、今世は残念。来世でね、とか?

私、インド人しかだめな女なんです、とか?

鏡の自分を見つめる。

答えが出てくる。

アツコは、濃い焦げ茶の眉ペンシルをバッグから取り出すと、鼻の下に縦線を沢山入れる。

ショートの髪型とあいまって、ちょび髭の独裁者のような顔になる。

テーブルに戻ると、ヤスは一瞬固まり、そして大爆笑した。

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