私たちは、たまたま生きている

「ちょっと微妙な結果なんですよねぇ」

4月に子宮内膜症が原因の卵巣嚢腫を、腹腔鏡手術で取った。
摘出した嚢腫の組織は病理検査に出されていて、その結果を聞きに病院へ行って来た。

その検査結果を、担当の先生が「ちょっと微妙な結果」と表現した。

微妙って何? 良くはないってことだよね? 悪いなら「悪い」って言うよね。

「どういうことですか?」
「こういうことです」
先生が、プリンターから真っ白のコピー用紙を一枚抜き取って、子宮の絵を描いて、色鉛筆で書き加えながら説明してくれた。

私の体から取り出した嚢腫は、左右の卵巣から一つずつ、合計二つあって、右側が7センチ、左側は3センチほどあったそうだ。
左側の嚢腫は良性のものだったけれど、右側の嚢腫が「微妙」なんだそうだ。

本来なら子宮の中で作られて、生理の時に体の外へ出される子宮内膜が、なぜか体の中のいろんなところにできることを子宮内膜症という。
私の場合は、それが左右の卵巣にできて、嚢胞(かたまり)になっていた。それが、7センチもの大きさになっていた。その嚢胞を卵巣チョコレート嚢胞というらしい。

チョコレート嚢胞は、放っておくと、10%くらいの確率で悪性化して、卵巣ガンになるといわれている。それを回避するために、今回摘出手術を受けた。

先生は言う。
「右側の7センチの嚢胞が、はっきりと良性と言えないんです」
え? 悪性なの? 私、ガンなの?
背中がひやっとした。
「悪性でもないんですよ。その中間というか……」
どういうこと?

チョコレート嚢胞には、良性と悪性(卵巣がん)のどちらかと、その中間の「境界型」というのがあるらしい。境界型は「良性が悪性に変わる中間」のあたりということになる。
物差しの0センチの目盛りが良性、10センチが悪性だとすると、境界型は中間の5センチのところ。
そして、私の嚢胞は、2.5センチの目盛りのところだったそうだ。境界型になる途中といったところだ。

「もう取ってしまったので、問題はないんですけどね」
先生の言葉にほっと胸をなでおろした。

もし、今年の初めの人間ドックでこの卵巣の嚢腫が見つかっていなければ、どんどん進行して、数年後には本当に卵巣がんになっていたかもしれない。
でも自分の健康を過信して、毎年の人間ドックでも、検査費用をケチって子宮のエコーを撮っていなかった。
エコーを撮っていればもっと前にわかっていたのに。
たまたま、血液検査の腫瘍マーカーの数値が悪くなっていたので、精密検査を受けて、発覚した。
あの時、精密検査を受けてなかったら、手遅れになったかもしれない。
たまたま、時間に余裕があったから受けたけど、それが忙しい職場だったら、受けていなかったかもしれない。

私たちは、たまたま生きている。

ドラマ「アンナチュラル」で、松重豊さん演じるUDIラボ(不審死の死因を突き止める研究所)の所長が言っていた言葉を思い出した。

自分がいつ病気にかかるのか、事故や事件に巻き込まれるのか予想できない。
健康で、元気で、家があって、家族がいて、仕事があって、こうして生きていること。普段私たちが当たり前だと思っている生活は、全然当たり前ではなくて、「病気」「事故」「死」が待ち受ける深い谷に掛けられた細い綱を、強風に揺られながら、ふらふらと綱渡りしているようなものかもしれない。
いつ、どこで深い谷に落ちるのか誰も分からない。
今回は、たまたまチョコレート嚢胞という病気が見つかって、たまたま悪性になる前に取ることができた。「たまたま」谷を渡りきれただけ。明日どうなるかは分からない。

先のことを考えれば、怖いことばっかりだ。
病気もそう、生活のこともそう、年金だってもらえないという話もある。
毎日車通勤していると、いつ事故に遭うとも限らない。家族に何かあるかもしれない。
人生の谷は、深くて暗くて、底なしのよう。
覗きこめば吸い込まれて、落ちていきそうだ。
でも、そこをぐっとこらえて、前を見て、今ここでできること、バランスを取りながら、一歩一歩進んでいくしかないんだよなあ。
それでも、突風に吹き飛ばされてしまうこともあるんだけど。

先生に言われた。
「女性ホルモンが卵巣から出るかぎり、再発の可能性は消えません。今回良性でなかったところから考えると、また、チョコレート嚢胞ができたら悪性にになる可能性がありますので、今度は卵巣も摘出します」
再発しないでほしい。けど、それもまだわからない。
再発を抑えるため副作用のきつい薬を飲むか、何もせず経過観察し続けるか、来月の検診で決めなければならない。
このまま、再発しないで済むかもしれないし、どんなに薬を飲んでも再発が100%抑えられるとも言えないから、本当のところ、迷っている。
でも、自分が納得して決めたことを、ひとつずつやっていくしかない。

とりあえず、今日を十分に生きよう。



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