Blue Days / Jesse×Yugo Kochi


日々鬱々としている中でこの曲は「希望の光」だった。

私は一時期あんなに好きだったSixTONESの曲を聴くのが嫌な時期があった。
何故だかは自分がよく知っていてここではあまり話したくはないのだが
仕事や色々なことが重なって追われて精神的に楽しめなくなる時期があった。そんな時でも通勤時には「初心」を忘れたくないと音楽プレイヤーにはSixTONESの曲を入れてた。でも「聴きたくない」という強さが日に日に増していった。
目まぐるしく時間が過ぎていき自分でも何をしているか分からなくなる時もあったがふと通勤時にBlue Daysが流れてきて思わず泣きそうになった。
「曲」と「歌詞」と「歌声」がリンクして心が癒される感覚になった。
爽やかなギターサウンドとジェシーさんと髙地さんのあたたかい歌声に包まれて出勤した時にふと「今日も仕事を頑張ろう」と不思議と思えた。
今回はBlue Daysについて自分なりの解釈を織り交ぜつつ綴ってみようと思う。いつも最高のアルバムをリリースしてくれるSixTONESだが今回は個人的にユニット曲はどの曲も完成度が高く「個々の強み」が発揮されていたと思うので後の2曲はまた改めて綴ってみようと思っている。


まずはTHE VIBESリリース期の雑誌を紐解いてみようと思う。

チルだけどヒップホップなテイスト、それを髙地と歌えたことも新鮮で。髙地がいたからかなぁ、自分の中ではオレンジ色っぽいイメージの曲なんですよね。サビの<泣いたって悔やんだってそのままで奇麗だよ>とか、普段の自分が考えていることに近い想いを、ストレートに歌で伝えられたのも良かった。

BARFOUT! 2024年2月号


ジェシーさんと髙地さんの仲はプライベートでもとても仲が良いことは知っている。でもゆごじぇで考えてみると私のイメージだとノリノリな曲のイメージで今回のBlue Daysのような切なくてあたたかい印象の曲は新鮮だったと思う。ジェシーさんの「オレンジ色っぽいイメージ」はまさにそうで。""Blue""と曲名がついているから先入観で暗い曲のイメージをしていたのですが聴いてみると「オレンジ色」私からすると朝焼けや太陽の光のイメージなのでそこに""Blue""の海が入ることによって調和されていると思う。
サビの歌詞でジェシーさんの「自分自身と近い想い」って重要だなと。
歌詞をストレートの伝えることって難しいですしその部分が「投影」されているのも良かったと思う。

この曲のデモは『ビートルジュース』の公演中のもらってーーー劇中には死についての歌が多かったからかーーー曲を聴きながら少し横になったら、優しく包まれる感覚があったんです。自分の心とも正直に向き合えたというか。正解はないし、どう生きるかも結局は自分次第なんだよなって

BARFOUT! 2024年2月号


Blue Daysのデモ曲をビートルジュースの公演中にもらわれたら聴いていたら「包み込まれる感覚」はすごく分かるなと思った。多分忙しかったり精神的に追い詰められたりすると余計にBlue Daysみたいな曲は心を救ってくれる気がしている。まさしく私がそうだったように。「悲しい曲」ではなく「応援ソング」だなと思った。


好きな曲調です。切なさがありながらも、ちょっと温かい感じがして。ジェシーの丸い温かみのある声と。自分が持つ無邪気な感じが曲に合うのかなと思っていました。プライベートでも1人の時間が好きなんですけど、孤独を感じることの良さってどこかあると思うんです。それがいい具合に調和しているのが、この曲だと思います。

BARFOUT! 2024年2月号


髙地さんの「無邪気な声」って聴く度に私は「V6」のような声質があるなと前から思っていて。髙地さん自身もV6を観たり聴いたりして育ってこられたと思うのでジェシーさんの声とよく合うなと思った。1人の時間が好きな髙地さんだからこその「孤独」を感じる時って誰かと「共有」したり「同じ時間を過ごす」ことをふと感じることがあると思っていて。1人のほうが「気が楽」と感じる場面に遭遇することも私自身あるのですがその「孤独」って逆に良いと思っている時もある。だからこそ髙地さんのBlue Daysの「調和」という表現が合っているのかなと思っている。


次に本題の歌詞について紐解いていこうと思う。


他人の芝が青く見えたり
「好き」が1日で裏返ったり
そんなつもりなくたって
自分がうまく愛せなくて


ふと歌詞を見て「他人の芝が青く見えたり」という意味が分からなかったが「何でも他人のものがよく見える」という意味だそう。
この歌詞は元々は英語のことわざからきているらしくそれをジェシーさんが歌うことによって際立って聴こえる。
この歌詞は「他人を羨ましく思ったり」してしまう心理と自分のことに自信がないことを歌詞にしていると思う。ジェシーさんのあえて「ネガティヴ」な部分を反映させて汲み取った歌詞も秀逸だと思う。

疲れたなって表現が下手な
面に皮で繕わなきゃって
心は見せないブルーシート
中は汗だくで苦しいよ


「疲れたな」の"な"の部分と「表現が下手な」の"な"
「繕わなきゃ」の"な"の部分は韻を踏んでいる。
「ブルーシート」の"ト"と「苦しいよ」の"よ"の部分も韻を踏んでいる。
ブルーシートも「青」で構成されていて歌詞の「ネガティヴ」な部分も「青」にかかっていてアウトドアな髙地さんにぴったりな歌詞だけどどこか心に引っかかってる部分があるなと思わせる歌詞だなと思う。


「反抗してもただ虚しいだけ
煙たがれてしまうだけ」
胸ん中で消せない未だ
群青色光った思いはどうすれば


群青色に光るは洞察力や直感が鈍くなっていること。
「思い」に逆らっている自分がいてその「思い」が消せなくて
どうしようもなく葛藤に押しつぶされそうになっていると考える。


両目は涙、濡れてる
心臓は孤独で枯れる
青空走っていく雲
また朝は来る


涙で濡れていても心臓が枯れていてももう一歩前に突き進んでいけるような歌詞。「また朝は来る」という希望の光があるからこその髙地さんらしい歌詞だなと思った。ここで応援ソングだと確信する。


暖かく照らす光の先に
君が笑ってるのなら嬉しいな
泣いたって悔やんだって
そのままで綺麗だよ
隣に居るように歌を歌うよ

ジェシーさんと髙地さんってこの歌詞のように「嬉しいな」とか「そのままで綺麗だよ」が本当に似合っている2人だなと思っていて。それが聴いていて心地よいと思う。

「後悔のないように」と
青春っぽくみんな言うけど
「無理してでも」とはまた違う
それじゃあまり意味が無いでしょう


この歌詞は仕事をしているとよく思い出す言葉なんですが
「後悔」も散々やってきているけど「無理」も散々やってきている
でも本当に「無理」をしたら心と体のバランスが崩れると思う。
「後悔」は多少ならあってもいいけど「無理」は本当に自分自身の事をよく知らない人が使う言葉だと思っている。仕事の現場でよく無理をしないでと言われるけど本当に無理はダメだと。そこで「それじゃあまり意味が無いでしょう」に繋がると思う。

どう思われてるかなんかも
確かに気になるがなんかもう
そこ重要視し始めたら
ブルーになりそう


前の歌詞とリンクする部分があるけどたしかに「そこ」を気にし始めたら気分が落ち込む=ブルーになるに繋がると思う。「どう思われてる」も気にしたらきりがないけどそこを「重要視」することが全てではないと思う。でもジェシーさんの性格上気になると思うし私の場合でも気になると思う。

自分の型崩してまで欲しいモンなんて
そんなあるかな
このご時世自分を犠牲にしてちゃ
驚きも喜びも忘れそう


ラップ調になる歌詞で「等身大の自分」に立ち返って「欲しいモン」ってなにかあるかなと自問自答している。「自分を犠牲にする」は本当にこの時代に合った歌詞だと思っていて。何気ないことで驚きや喜びもあると思うのでそれを忘れてしまったら悲しいなと思う。ここにも髙地さんの「V6」な歌い方が出ていてラップも出来てかっこいいなと不意に思ってしまった。

なりたい君になれるように
描き出す青写真を
胸の中に無くさないように行こう
長い道を

青写真とは設計図に用いられる。「計画」や「未来図」の意味。
胸にしまって前を向いて歩きだそうという意味かなと。
ここでも「青」が歌詞に散りばめられている。

暖かく照らす光の先に
君が笑ってるのなら嬉しいな
泣いたって悔やんだって
そのままで綺麗だよ
隣に居るように歌を歌うよ

2番のサビはまた違う空気感を纏っていて。
「苦しい展開」だからこその「明るい歌詞」が印象的で。
やはり2人のこの歌詞は落ち着くことが出来ると同時に
落ち込んでいても前を向いて歩いていこうと思わせてくれる。

Blue, blue
No… hey 歌を歌うよ


この短い単語で""Blue""を持ってくるのが粋だなと思っていて。
曲の「息抜き」にもなるし髙地さんの「Blue」も切ない感じがまた似合っていてとても良い印象。最後のジェシーさんの「歌を歌うよ」があたたかく優しい歌声でまろやかになっていると思う。

暖かく照らす光の先に
君が笑ってるのなら嬉しいな
泣いたって悔やんだって
そのままで綺麗だよ
隣に居るように歌を歌うよ


髙地さんの無邪気な声にジェシーさんの哀愁がある声は相乗効果があって気分が落ち着くし爽やかな気持ちになれる。この歌詞が3回あるのも前後の歌詞でずいぶん印象が変わってくると思う。私はこのサビの歌詞を「お守り」のように聴いていて心がじんわりとあたたかくなる。

悪戯な日々に冷たくされても
誰かを恨むなんてしないで欲しい
この歌で無かった事に
ならないってわかってるよ
それでも届くように歌を歌うよ

「悪戯な日々」も私もつい最近まで送ってきたので十分わかる歌詞になっていますが次の「誰かを恨むなんてしないで欲しい」は衝撃を受けた。人と人とは合う合わないがあっても「恨む」ことはしないでほしいというジェシーさんのメッセージが心に響いた。確かにこの歌を聴くだけじゃ伝わらない部分もあるかもしれない。だけどこの髙地さんの歌のメッセージ性は伝わってきたので今この瞬間聴けて良かったなと思う。最後の高地さんとジェシーさんの「歌を歌うよ」が優しすぎて涙腺が緩んだ。


簡単にですがBlue Daysを自分なりに解釈してみました。
それを踏まえてMVも観てみましたが切なくあたたかい印象が強くて。
MVならではの「視覚効果」と「聴覚効果」が刺激されリンクしていく感覚はやはりSixTONESならではの一種の「醍醐味」だなと。
""Blue""な感情になるかと思っていたがむしろその逆であたたかい応援ソングだなと歌詞の解釈をしてそう思った。ゆごじぇならではの「関係性」だったり「歌い方」だったりと新たな発見が出来てとても楽しかった。
歌詞の中に「青」が散りばめられているのもすごく素敵だなと思ったし
「青」の表現方法は色々あるんだなと勉強になった。
ジェシーさんのことは知っているつもりでしたが髙地さんのことは意外と知らないことが多かったので今回のことで色々知れてよかった。
ただ「仲が良い」だけではなく「波長」があったり「居心地の良さ」が合うんだろうな。そういう「仲」ってとても憧れがあって。まさに2人だからこその「曲」なんだろうなと。

Blue Daysを聴かなければ多分SixTONESの曲を「また聴いてみよう」とは思わなかったと思う。と同時にに背中を押してもらえることはなかっただろう。そして「初心」に立ち返りまたSixTONESやSixTONESの曲を沢山聴くきっかけを与えてくれたのもジェシーさんと髙地さんのおかけでもある。今改めて思うと精神的に追い詰められていたんだなと思う。Blue Daysが応援歌のように聴こえたのも多分その時私が「欲していた曲」そして「歌詞」なんだと。私は「曲」から入っていて「歌詞」を気にしながら聴いたことはなかったのだがBlue Daysは違った。歌詞の「意味」を理解することでいつもより深く「聴く」ことが出来るし「解像度」も上がった気がする。いつも苦しい時にはジェシーさんの言葉がお守りになっていたが髙地さんのことも同時に知りたいと思うようになった。SixTONESの曲やユニット曲はその時の自分のコンディションによって「寄り添ってくれる曲」が違ってくると私は思う。
今後も私の大切な「お守り」の歌であるようにと。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?