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幻出の秋

名もなき季節の画家は
パトロンから年毎与えられる新しい絵具を大切に使う

ひと筆 ひと筆 確かめるように 
淡い色から 鮮やかな色へ そして緑は大胆に塗り広げる
大部分が空だった構図も 日を追うごとに比が入れ替わっていく

絵具箱の中は画布が育つごとに隙間をつくり
やがて色数も減り始めていく

そろそろ来年の画布の準備を始めなければ
パトロンは画材を惜しみなく提供するが
使い残しを許さない

だから季節の画家は残った色を大胆に使い
画布を燃えるような色にする

パトロンは画家を充分に援助するが
作品を買い取ることはしない
作品の完成は はるか先のことだからなのだろう

仕上がりに満足する年もあるし
油の質が悪かったのか色が踊らない年もある

いずれにしてもパトロンも画家も その年の仕上がりと空の絵具箱に満足する

画家の仕事はまだ残っている
仕上がった作品を 上から迷うことなく真っ白に地塗りするのだ


ああ なんてもったいない!
なにもかも消してしまうなんて!

何も消えてなんかいない すべては、この画布に残っている
気が遠くなるほど長い間そうしてきたから額に収まらないほど厚くなっているのだ
この厚い下地があるからこそ 未来の色も映えるのさ
逆に ひと筆の触感ですら この画布からはがすと
画布はズタズタに破れてしまうだろう

塗り重ねられた絵具の層は あらゆる色が散らばり はみ出して
ひとつの画面に思えた 
まるで宇宙のようだった
この厚みに 私の覚えのあるところは ほんの少しにすぎない

この絵の完成を見届けることは叶わないだろう
なぜなら 私も絵の一部なのだから


あなたも 一緒
この丸い画布の 大切な一部なのだから

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