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2. 横須賀市へのインタビュー|内田悠貴

 まず、横須賀市の地理的特徴として、東京湾と相模湾に挟まれた三浦半島の中腹の位置がIngress的に「地の利」があること、無人島「猿島」、アメリカ海軍基地、観音崎灯台などの観光名所があることが挙げられ、加えて横須賀市の観光施策の目的は「市外からの集客を促進させ、市内経済の活性化を図ること」である。また、アニメ、マンガ、ゲーム、クリエイターの側面からサブカルチャーの取り組みを合わせて新たな客層を来訪させることも含まれる。
 取り組み開始当初、職員は5人未満(主担当2人)であった。
 以下、横須賀市提供の資料に基づく、横須賀市がIngressを用いた観光振興の取り組みを立ち上げたきっかけから市長記者会見でのIngressを用いた取り組み開始の発表までの経緯である。
(1)横須賀市がIngressを活用した集客事業を立ち上げたきっかけ
 観光企画課の職員が、iOS版アプリのリリースをうけ、2014年7月末頃からIngressを始め、観光課職員の中で「おもしろい」と広がっていった。
千葉や静岡からリンクが張られ、各方面から横須賀へ来るプレイヤーを感じるようになり、「これは集客に活用できるのでは?」と動き出した。
(2)具体的な取り組み
 まずはポータル(ゲーム内拠点)がたくさんなければいけないが、当時横須賀は都内に比べるとまだまだ少なかった為、職員がプライベートな時間を使ってポータル申請を続けた。また、ポータルに説明文を入れ込むなどの地道な作業から始まった。
(3)事業の確立(2014年10月~)
 岩手県庁のIngress活用研究会発足の一報を受け、事業として動き出した。
 その日経MJの記事にコメントをしていた、おおつねまさふみ氏が横須賀市在住とのことでお話を伺い、現在リリースされている特設サイトの監修にご参加いただいた。
 また、『はじめよう!Ingress(イングレス)』という電子書籍の著者である堀正岳氏も横須賀市在勤とのことで、細かい仕掛けづくりにご助力いただいた。
 話題作りや今後の進め方など、ゲーム上で両陣営からご意見を伺うため、堀正岳氏よりコグレマサト氏、いしたにまさき氏をご紹介いただき、監修という形でのご協力を得ることになった。
(4)市長記者会見
 市長記者会見にて、横須賀市のIngressを活用した集客事業スタートの発表を行った。監修の堀正岳氏、おおつねまさふみ氏、コグレマサト氏、いしたにまさき氏も同席した。発表の内容は2点。Ingress特設サイトオープン、猿島航路半額について。

質問に対する横須賀市からの回答は以下の通りである。
① なぜIngressを選んだのか?
 1) 無料のアプリであること。課金要素や有料ダウンロードの場合、斡旋につながるおそれがあること、上司の許可などが必要となってしまうことから。
 2) 自分自身がプレイしていること。ポータルの存在がすなわち観光名所であること。プレイしている中で、千葉県や静岡県からのリンクがあったこと。
 3) 最初は予算をかけずに取り組めたこと。既存の観光情報サイトに関連ページを組み込んだ。特設ウェブサイトでは、外注の必要性などのために予算が発生してしまうが、たまたま市の職員に紙媒体とウェブ媒体それぞれのデザイナーがいたことで予算をかけずに取り組めた。
 4) 観光スポットがコンパクトにまとまっていること。近県から比較的訪問しやすいこと。
観光スポットがコンパクトにまとまっていることというのは、Ingressプレイヤーをメインターゲットにする場合、プレイヤーには楽にハック数やAP(経験値)が稼げてメダルを手に入れたい、という目的がある。その目的と、気軽な観光スポット、記念になるご当地グルメなどがコンパクトにまとまっている町のほうが、Ingressプレイヤーの目的に沿いやすいと考えている。
ただし、「さらに広域のコントロールフィールドを作りたい」「交流したい」「山の頂上に上って達成感を味わいたい」など様々な目的があると思う。Ingressプレイヤーをさらに細分化し、メインターゲットをより詳細に設定することで、「コンパクトにまとまっている」ことは必ずしも条件にはならないと思う。
 5) Ingress内で横須賀に来てもらう理由がある程度確立している。

② 観光振興においてIngressが効力を発揮する条件とは?
 1) 著名な方やメディアを巻き込んで企画する
 2) 予算がない中でも、どのような可能性があるか探す
 3) 作品へのリスペクト、作品への愛
 4) 陣取りゲームの縄張り意識よりも、地元愛が勝った(例:ミッションデイ横須賀)
 5) ゲームの中の要素を取り入れる[例:『ポケモンGO』において、東京湾フェリーの乗船で「おこう」によるポケモンの捕獲(乗船40分、内おこうの効果時間30分という時間の中でどれだけのポケモンが捕まえられたかというコンテンツにおける地元の強み)、三浦半島でのポータルとポータルを結ぶリンクやコントロールフィールドの作成]

③ 各種イベントやキャンペーンの想定数や目標数の有無、最終的な人数、メディアおよびSNSでの反響
 キャンペーンのほとんどは予算をかけていないため、特に目標人数を定めていないが、各回200人を目標としている。
※「『ハイスクール・フリート』ミッションキャンペーン」に関しては、具体的な数字は制作会社の都合により非公開。
1) 特設サイト(2014年12月18日~)
 アクセス数12月18日〜翌年4月30日 234万件、「猿島」キーワード検索 同時期の前年比350%増
2) 猿島航路割引(2014年12月20日~2015年2月28日)
 実質22日間、割引利用者は455人(全体の渡航者5652人)
3) ミッションキャンペーン(2015年2月1日~)
 応募総数290人(神奈川県内59%、神奈川県外41%)
4) ‎さくらミッションキャンペーン(2015年3月14日~2015年4月15日)
 応募総数256人(神奈川県内60%、神奈川県外40%)、米海軍基地一般開放日に合わせた一日限定のミッションは1日で約100人がコンプリート
5) 岩手×横須賀 友情の架け橋ミッション(2015年5月19日リリース)
 2016年1月25日現在、70人コンプリート
6) モバイルバッテリー無料貸し出しキャンペーン(2015年7月1日から開始)
 2015年10月末で終了し、貸し出し希望者はゼロ
7) 偉人ミッション プレゼントキャンペーン(ソフトバンク社コラボ企画、2015年8月15日~同年9月15日)
 応募者161人(神奈川県内48%、神奈川県外52%)
8) アルペジオミッションキャンペーン(2015年10月1日~同年11月1日)
 応募者341人、ステッカー配布数 1500枚(神奈川県内31%、神奈川県外69%)
9) ミッションデイ横須賀(2015年10月31日、横須賀芸術劇場)
 来場者数 計2000人、事前応募フォーム記入者数1927人、ミッションデイ受付来場者数1531人、当日記念撮影 AM10:00 ヴェルニー公園300人
10) 『2016年度第1回京急沿線ウォーク「咸臨丸フェスティバル」ウォーク』×Yokosuka Ingress(2016年4月30日、京急久里浜駅〜浦賀駅間)
 ‎総来場者数 1836人、一般参加者1461人、Ingress参加者375人(神奈川県内54%、神奈川県外46%)
11) WILLER TRAVELによるNL-PRIME運行
 2016年7月末〜同年10月末、総乗車数 200人
12) ‎(※参考)よこすか×ハイスクール・フリート グルメスタンプラリー
 期間:2016年9月16日〜同年11月13日、参加店舗:3エリア34店舗、販売食数:18642食、34店舗コンプリート人数:241人、総合売上:1797万7124円

図1 イベント別参加人数 (出典:横須賀市提供の資料)*1

2 都道府県別 のべ参加人数 (出典:横須賀市提供の資料)

各種数値は横須賀市へのインタビューと横須賀市提供の資料に基づく。

④ イベントやキャンペーン成功の鍵とは?
1) 【模索・発見・企画】を行政が行い、【発展・継続】を地元事業者の自発的な動きによって実行され、【波及】として、ファンコミュニティが形成されること。
 (1)【模索】遊びに行くことでファンコミュニティとのコミュニケーションを積極的に行う。横須賀のプレイヤーのアイディアを集めるなど。また、他自治体から「ウチでは何をやれば良いのか?」という質問を受けることがあるが、「地元のプレイヤーに尋ねてみては?」と回答している。
 (2)【発見】遊ぶことでコンテンツにおける地元の強みの発見(例:『ポケモンGO』において東京湾フェリー/40分の乗船中に「おこう/30分」でポケモンを捕まえると、どれくらいの数と種類が捕まったかという実験)。
 (3)【企画】地元の有力かつ中立の立場の人を誘い込む、巻き込む。お願いする形ではない。
2) サブカルチャーの取り組みに向けて
 ‎(1)予算がないからといって諦めないで可能性を探す:旬に乗ることでコンテンツ制作側と自治体のwin-winの関係を構築する。
 (2)積極的に制作会社などへアプローチを行う:横須賀市では伊藤園やソフトバンクがIngressとのパートナーシップを発表した*2翌日にアプローチをした例がある。これをはじめ、アプローチにおいてはスピードとタイミングが求められ、それらを見極めることが鍵となっている。
 ‎(3)作品への愛:チラシ1枚・ポスター1枚にしても、作品をどれだけ愛しているかということがわかってしまう。
 (4)ファンや制作会社に向けて横須賀がサブカルチャーに明るいと印象付けるために継続していく。キャンペーンはきっかけであり、再訪してもらうためにも素材を作り続けることが重要。
3) アルペジオキャンペーンとミッションデイ横須賀について
 (1)アルペジオキャンペーン
 ‎横須賀市は以前から聖地巡礼マップ作成などでコラボレーションを行っていて、アルペジオのファンとIngressプレイヤーの双方からメダルデザインが好評だった。
 (2)ミッションデイ横須賀
1万人が来てもパンクしないように準備をしていた。準備期間の2ヶ月間、毎週1回行う会議に出席していたほどボランティアスタッフの熱意が高かった。
⑤ サブカルチャーとのコラボレーション効果について
 1) Ingressではないが事例として『よこすか×ハイスクール・フリート グルメスタンプラリー』が挙がった。
 2) コンテンツが一過性のものでもファンコミュニティは続く。
 3) 横須賀がサブカルチャーに明るいと印象付けることで、コンテンツ制作側から舞台化や声掛けなどのアプローチ(=コンテンツ側から見つけてもらえること)が発生し、連鎖していく。
⑥ キャンペーン参加者のリピート率
 単純に各イベントの参加者数を出しているだけで、具体的な数字はわからないが、体感的・感覚的にはリピート率は高く感じた。
⑦ Niantic社の介入の有無によるイベントの盛況度合い
 介入有り/ミッションデイ横須賀:1866人
 ‎介入無し/咸臨丸フェスティバルウォーク:375人
 Niantic社の介入の有無によって、イベントの盛況度合いに差があった。
 当初、アノマリーを三浦半島で開催する計画だったが、「自治体が主体となるなら平和的なイベントが良いのでは?」という回答をNiantic社から受け取ったことでミッションデイを開催することに至った。
 ‎「よこすか京急ウォーク」は年5回開催されるイベントで、京急電鉄と横須賀市の協働事業である。咸臨丸フェスティバルウォークは2016年度第1回のイベント。その企画に際してIngressを活用する横須賀市が京急電鉄にIngressとのコラボレーションを提案した。企画においては、Ingressだけではなく、いかに地元の魅力を引き込むかを考えた。また、「公式イベントであるミッションデイか」との問い合わせが複数あったため、公式イベントではない旨をポスターなどに記載した。
 ‎よこすか京急ウォークの開催には、横須賀市・京急電鉄・横須賀市商工会議所で構成される「横須賀集客促進実行委員会」が携わっていて、Ingress導入以前から続く関係性もあり、咸臨丸フェスティバルウォークとIngressのコラボレーションの実現に至った。
⑧ 吉田雄人前横須賀市長が市長時代にIngressを用いた取り組みを前面に出て応援していた影響はあったのか?
 大きな関わりはなく、また予算があまり無かったため、吉田前市長の判断は関わっていない。
 ‎ポケモンGOに関してはトップダウンの側面もあった。また、‎ポケモンGOにおいては、株式会社ポケモンの意向が強く、コラボレーションの実施が難しい。非公開となっている自治体ガイドラインには売上に関わるコラボが禁止されていることが書かれている。そのような面で、ポケモンGOはIngressに比べて自由度が低い。また、ポケモンGOに限らず、版権への厳しさなどでコラボレーションのしやすさは企業ごとに異なる。
⑨ 公式イベントの開催が目標だったが、ミッションデイ開催後はどうするのか?
 市の開催は負担があり、市としては自治体にしかできないことを行うことが第一である。そこで、「横須賀でキャンペーンをしたい」という企業あるいは既存のメディアのサポートを行う方針となった(事例:こびとずかん「こびと発見ミッション・よこすか」、京急電鉄、WILLER TRAVELによるNL-PRIMEの運行)。
⑩ 公式イベントでの有料チケット販売などお金を支払う側面(マネタイズ)が表面化した中で、取り組み当初からの姿勢に変化はあったのか?
 課金しなければレベルが上がらない、課金した人が強い、というような趣旨のマネタイズ(お金を支払う側面)なら再検討があったかと思うが、チケット販売は個人のコレクター心を満たすだけのものであったため、取り組み当初からの姿勢は変わっていない。
⑪ イベントの開催に際しての土曜・日曜出勤などに対する職員の方々のモチベーションなどはどのようなものだったか?また、代休などはあったのか?
 土日祝日の出勤でも、役所の規約に則ってスタッフが出勤する。Ingressに限らず花火大会やトークショーなどのイベントを年中行っているため、土日出勤だからモチベーションが低いというようなことはない。代休などについては職員の雇用形態にもよる。

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*1 ミッションデイ横須賀の参加人数が1866人とあるのは、イベントの事前アンケートの回答に基づく人数である。本論文において、ミッションデイ横須賀の参加者数1866人という数字はこれに基づく。
*2 Ingress速報(2015年6月20日)『Ingress、3社との提携を正式発表(三菱東京UFJ銀行, ソフトバンク, 伊藤園)』、http://ingressblog.jp/persepolis-collaboration, 2017年12月12日参照。
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