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6. 先行文献研究:スマートデバイス向けアプリケーションとゲーミフィケーションによる地域活性化の可能性(田畑恒平、2016年)|内田悠貴

<先行研究内容>
1. 検討背景
 スマートデバイスの急激な普及に伴い、スマートデバイスならではのARなどの機能を活用したアプリケーションを開発することによって、大きな話題を呼び地域活性化につなげている事例も少なくない。ここでは地域活性化におけるスマートデバイス向けアプリケーションの取り組みと効果を、岩手県及び神奈川県箱根町の事例を通じて概観しつつ、地域活性化におけるスマートデバイス向けアプリケーション技術を使った活用の取り組み及びその課題について論を進めている。

2. 地域活性化に寄与するスマートデバイス向けアプリケーション
 表1に示した各地域において提供・運用されているスマートデバイス向けアプリケーションの多くは地方自治体や地域団体(観光協会など)が開発(もしくはアプリケーション製作会社に開発依頼)し、自身の管理の下で運用公開しているものである。

表1 自治体・地方公共団体が制作または提供するスマートデバイス向けアプリケーションの分類

 これらの分類を具体的なアプリケーションとその特徴で見ている。例えば、観光系アプリケーションとしては埼玉県所沢市の「トコトコマップ」、長崎県佐世保・平戸・西海エリアの「ウェルカモメ」などの標準的な地域観光情報紹介アプリケーションなどがある。他では、大阪市、岡山県倉敷美観地区、蒲郡市、丹波市でも取り組みがある。
 一方、行政サービス系アプリケーションは、ゴミの分類や災害時の避難誘導など実生活に直結したアプリケーションが多く、インターフェースや機能も観光系アプリケーションと比較すると、落ち着いたものが多い傾向がある。その大部分はゴミの分別や避難経路など行政が一方的に発信する生活情報を提供するものであり、「住民参加型」アプリケーションが少ないことである。「住民参加型」アプリケーションの代表例として挙げられるのが、千葉市が展開する「ちばレポ」であろう。このアプリケーションは、市民が千葉市の行政に対して道路の補修など改善を要求したい箇所の写真とGPSによる位置情報をアプリケーションを通じて千葉市に通報し、千葉市はその情報を活用して課題解決に向けて具体的なアクションを起こすという仕組みであるという。大きな市域を抱える自治体では従来から細かいところまで行政サービスが行き届かない問題が指摘されていたが、住民発信によって行政の対応を促進して無駄な動きを抑えることに成功した事例であると言える。
 エンタテイメント系アプリケーションについてであるが、自治体が主体のエンタテイメント系アプリケーション開発は難しいと言わざるを得ない。そうした中で、観光・特産品PRに特化した和歌山県有田市の有田みかんの栽培を体験できるシュミレーションゲーム「AR-ARIDA」が特徴的であろう。このアプリケーションは、有田みかんのゆるキャラ「あり太くん」と"有田みかん大使"であるお笑い芸人「ハリセンボン」が力を合わせて有田みかんを栽培するリアル体験シュミレーションゲームであり、地域の特産品である「有田みかん」をPRすることに特化したアプリケーションとなっている。
 このように、自治体が展開するアプリケーションが様々な側面において活動を支える役割を担っていることは明らかである。しかし、アプリケーションのダウンロード数は上がっても、恒常的に使っているユーザーの数に大きな変化が見られない「AR-ARIDA」のように、利活用の実態においては不十分な面があると言わざるを得ない。

4. ゲームアプリケーション「Ingress」を活用した取り組み
4.1. ゲームアプリケーション「Ingress」とは
 「Ingress」とは、Googleの社内スタートアップとして始まり、現在はGoogleおよびAlphabetから独立したNiantic, Inc.が提供する無料のスマートデバイス向けアプリケーションである。プレイヤーは青又は緑のいずれかの陣営に属し、「ポータル」と呼ばれるスポットを占拠して自陣のエリアを拡大していく。ポータルは現実の世界における名所旧跡などが登録される。ゲームを進めるためにはポータルのすぐそばまで赴いて端末を操作する必要があるということがあり、そのため「外出する、歩き回るゲーム」とも言われる。

4.2.「Ingress」の特徴
 「Ingress」の特徴は、現実世界に存在する建造物やモニュメントなどに割り当てられたポータルと呼ばれるスポットを確保するために、実際にその場所を訪れなくてはならないということにある。

4.3. 「Ingress」が地域活性化につながる理由
 「Ingress」が地域活性化につながる理由としては大きく2つの点が挙げられている。まず1点目は、ポータルの登録である。ポータルは前述にもあるように「地域の目印」的なスポットに設定される。従って、プレイヤー達は、そのポータルを目指して現実的に移動してくるのである。こうしたことから、ポータルを核にプレイヤーたちの歩き回りが起こり、周辺地域や商店などでの購買に結び付くなど活性化につながると考えられている。2点目はそのプレイヤーの多さによるイベントでの集客と活性化である。日本でも多くのプレイヤーが参加していることや各地域で行われているイベントへの集客が順調に伸びていることから、スマートデバイス上で楽しむだけのゲームの枠にとらわれない集客力を持っていることが明らかになっている。

4.4. 「Ingress」を活用した取り組み事例(岩手県)
 岩手県では、2014年9月に、県庁内の有志職員によりIngressを新しいPRツールとして観光振興、地域活性化、情報発信の強化などを進めることの可能性、有効性について調査検討を行う「岩手県庁Ingress活用研究会」を発足して取り組みを開始した。まず手始めに行ったことは、盛岡市内のポータルの充実である。これはIngressのプレイヤーを岩手県に呼び込むためには、まずは盛岡市内をIngressのプレイに快適な環境にすることが大事であるいう考えが基になっている。そこで盛岡市内にポータルを大幅に増やすことを目的に、ポータル候補地の探索と申請を行う活動「ポータル探して盛岡街歩き」を2014年11月9日に実施した(54名参加)。
 こうしたIngressを活用した取り組みは盛岡市のみならず岩手県の各市に波及し始めており、まずは話題作りやPRネタとしての実績を上げ始めている。

5. ARを活用したゲーミフィケーションの取り組み 神奈川県箱根町「箱根補完計画ARスタンプラリー」
5.1. ARとは
5.2. 概要
 2014 年12月1日から2015年3月31日まで、神奈川県箱根町の観光スポットを中心とした特定の地点で、スマートデバイスの画面に「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラクターが出現するインバウンド観光誘致イベント「箱根補完計画ARスタンプラリー」を実施、ARスタンプラリーとしては世界最大規模の取り組みである。開催期間中には、スタンプラリーのチェックポイントが100 カ所以上、ARコンテンツが出現するスポットが50カ所以上設置し、AR出現スポットではエヴァンゲリオンのキャラクターを表示したARコンテンツをスマートデバイス上に再現する。したがって、参加者は用意されたコースに沿ってAR出現スポットを巡ることで、キャラクターに出会うことができ、AR再現を目的とした回遊が生まれる形となっている。

5.3. 使用されている技術
5.4. 関係団体
5.5. 取り組みのポイント
 スタンプラリー自体においては,単なるスタンプラリーではなく、スタンプラリーにスコアをつけて競争させる要素を取り入れ、フォトコンテストなども実施している。また、早朝のスタンプ取得や写真撮影など参加者の行動によって規定のスコアに「レアポイント」などのゲーミフィケーション的要素を付加させている。更にFacebookやLINEなどソーシャルメディアとも連動し、情報交換を促す仕組みを付加することで、個人間の情報伝達による口コミ効果を狙っている。このように多くのゲーミフィケーションの要素を多く含みかつ、人気コンテンツという組み合わせによって、顧客の満足感を最大限に引き出し、また訪れてみよう、参加してみようというロイヤリティ化を図ることに成功した事例であると言えよう。
 さらに、実際の回遊観光コースは箱根町観光協会が厳選し、箱根の歴史・文化に触れられる5コースと美術館めぐりや公共交通機関で行くなど目的別6コースを用意している。日帰りや短期旅行では全コースを終了させることは難しく、延泊やリピートしても参加したくなるような仕掛けで、コンテンツだけに頼らない箱根の魅力を中心に置いた丁寧な形が取られている。

6. 結び
 このようにゲームアプリケーション「Ingress」、人気コンテンツ「新世紀エヴァンゲリオン」による地域活性化の取り組みが行われているが、そこでは課題も浮き彫りになってきている。「Ingress」のプラットフォームはあくまでもNiantic社が握っており1つの会社の経営方針によって、その存在が左右されてしまう点やゲームアプリケーションとしての寿命、陳腐化など様々なリスクを内包していることにも留意する必要がある。更に箱根ではイベント実施時期の来訪者の集中とそれに伴う交通渋滞などの環境の悪化など課題が残されている。また、他の地域へ拡大していくにあたって、スマートデバイス向けアプリケーションとゲーミフィケーションの要素を活用した取り組みにおいて「他の地域と如何に差別化を図れるか。」という点が重要になってくる。各地がそれぞれの地域資産に根差したコンテンツを開発し、それをゲーミフィケーションの手法でプレイヤーに伝えていくことによってより深い地域とのエンゲージメントを得るのと同時に、どの様な形で地域の経済や文化の発展にプレイヤーを巻き込んでいくのかという点について、今後一層の開発が必要であろう。

<論文を受けて>
 神奈川県箱根町での取り組みから、位置情報ゲームを用いたイベントには、延泊やリピートしても参加したくなるような仕掛けで、コンテンツだけに頼らない地域の魅力を中心に置いた丁寧な形が求められる場合があると考えた。

前の項目 ― 5. 先行文献研究:位置情報ゲームコンテンツによる地域活性化 京都・大阪・和歌山の事例から(渡辺武尊、猿渡隆文、中道武司、菊池大輔、2013年)

目次

次の項目 ― 7. 先行文献研究:岩手県庁ゲームノミクス研究会中間報告書(岩手県庁ゲームノミクス研究会、2016年)

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