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スケルトンドア

いま、このひとになにかの言葉をわたさくちゃならない。それがわたしにはわかる。(わかるっていってもね。「わかる」ってわかるだけなんだけどね。「わかる」ってときにはまだ言葉はどこにもない。予感みたいな、勘みたいな。このひとに必要な言葉をわたしは見つけることができるって「わかる」の。そんでね、瞬間的に決意してその人の心臓にぐっと意識を集中していく。そうやって言葉の輪郭をあぶり出しみたいに見るんだ。でね。あぶりだした言葉の輪郭を私の口から決意して出すでしょう?そうすると、出したはしから言葉のかたちが音に変化するんだよね。それはもうとても自然なことなの。)どうしてだかわからないんだけど、それが自分の役目なのよね。

「これでしょう?いま、これなんでしょう?」って、伝える、教える役目らしいんだ。なんだろうね。コケコッコー朝ですよ。みたいな?

でもそうやって、人の書物をね(わたしがあぶりだしたなんて言ってるけどさ、それって、ホントはその人の中にもともとある言葉なんだ。)一冊一冊丁寧に読んでいたらね、ときおり、あ、違うんじゃない?って夢を見たりするんだよね。あんたね、そんなことやってる場合じゃないでしょう?ってね。そういうときって、自分がさ、図書館司書になって、本の埃払いを一冊一冊丁寧にやっているのよ。ぺらぺらっとめくって風を通して。そしてね、きちんと姿勢を正して読むの。それを何冊も・・・。キリがないでしょう?だってキリがないほど本があるんだから。

背後にあるドアがピタッとしまっていて、図書館は暗いの。でも、とても静謐できちっとしているんだけれど。そこは、完璧な空間なの。息が詰まりそうなくらい、隙間がないんだ。でも、だから、美しいの。けがされたくないって。そんな風に思ってる。

ドアの外には草はらがあってね、その奥に黒い森がある。わたしにはわかってるんだね。ドアなんかさもう、スケルトンなんだよ。外が透けて見えるの。もうそろそろ図書館のドアぶち破って、外の草はらに行けばいいのにって。夢を見ているほうのわたしは感じている。そしてね、ドアのある壁全体がどんどん透けていくんだよ。ものすごく暗くて怖いんだ。外の世界は。でも、草むらが呼んでいる。揺れている。揺れて誘うんだ。暗い怖い草むらが、ときどき陽光に満ち溢れたハレーションとはっと入れ替わる。瞬間的に。瞬きくらいの感じでフラッシュする。

あるときね、夢見たら図書館にわたしがいなくて。
あれ?って探したら、後姿が見えて。
気づいたらさ、
ドアをぶち破って、外へ突っ込んで走ってた。
夢を見ている私が図書室に落ちている本を拾って
広げたら、ページの中心から突然ツーっと細い煙が立ちのぼった。
丸く焦げ広がり穴を開けた。
じっと見たの。穴を覗いた。

そうしたら、黒い森が見えた。

画・文 Rumiko Hosoki

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