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おじさま

先日、とても素敵な体験をした。

素敵な体験をさせてもらったと書いたほうが正しいかもしれない。

華の金曜日、少しだけ残業をして会社をあとにした。

特に用事はないのだけども、早く家に帰りたくて、駅で一番早く帰宅できる列車を探す。

発車時刻の2分前ということに気づきホームへ急ぐ。

ホームへ向かう階段をヒールで駆ける。

「あっ」と思ったときは遅かった。

階段半ばでパンプスが足から離れ宙を舞う。

私の焦りとは裏腹にカンカンと軽やかな音を立てパンプスが階段をくだった。

振り返ってパンプスが止まった位置を確認したと同時に私の目の端に手が映った。

片足立ちで不安定な私に、知らないおじさまが手を差し伸べてくれていた。

「どうぞ」

紳士的な手に、パンプスを落とした時の恥ずかしさとは別の恥ずかしさがこみ上げてきた。

「ありがとうございます」

というのが精いっぱいで、手を支えてもらい私はそそくさと足でパンプスを迎えにいく。

「ありがとうございます」

芸がなく同じ言葉を繰り返す私ににこりと微笑んでおじさまは階段を下っていった。

あっという間の出来事だったけど、私にとってはとても長い出来事に感じた。

列車に間に合い、列車の揺れとともにさっきの出来事を頭のなかで繰り返し再生させる。

パンプスを落とした恥ずかしさなんてどこにもなくて、おじさまのダンディなふるまいに胸がきゅんとなった。

おじさま、ありがとうございました。

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