ママ活男子

バタン。
深夜2時に夫が帰宅する音がした。
「お帰りなさい。今日も残業?」
「あー……ちょっと納期が迫ってて。飯も食ってきたから」
「そう……」
と言っていつものやりとりを無理矢理終わらせるて浴室へ直行する夫。
その時ふわりと鼻を掠めた知らない香水の匂い。いや、もはや感覚が麻痺してしまうくらい嗅ぎ慣れてしまった匂いだ。
旦那がシャワーを浴びている間、スマホでアプリを立ち上げていつものように予約ボタンを押した。



『ママ活男子』



お父さん、お母さん、親不孝者でごめんなさい。僕は立派な社会不適合者に育ちました。
「マルボロ一つ」
「え?えっと、お菓子……ですか?すみません当店には置いてなくて……?」
「マ!ル!ボ!ロ!タバコだよ!わかんねえの!?ちょっと店長呼んでこい!」
「ははははひぃ……!」
直ぐ様店長を呼び、行列を作ってしまったお客さまを隣のレジで対応する。
そんなやりとりを一日に四、五回ほど繰り返して今日も無事バイトが終了した。
「お疲れさまです」
「お疲れ~あっ織田くんちょっといい?」
ガチャン、とタイムシートを打刻して帰ろうとすると店長に呼び止められる。
店長は不摂生な生活と廃棄弁当を食べ過ぎてブクブクに太ったおっさんだけど、僕みたいな人間を雇ってくれる程度には寛容だ。
「最近変な客多いけどさ、そろそろ自分で何とかしないと。こっちも忙しいんだからさ~」
「はぁ……」
客が呼べって言ったんですけど……と口を挟むと余計に話が長くなるので適当に相槌を打つ。
「ところで、織田くん。この日シフト出れる?今人足りなくてさ」
「その日はちょっと……試験でして……」
一週間前だけど、と心の中で付け足しておく。そんなこんなで六連勤させられたことをいまだに忘れていない。
「じゃあこの日は?」
「すみません用事で……」
用事なんかあるわけない。強いて言えばそんな時間があったら趣味のゲームとアニメ消化に費やしたいのだ。
「……今日もさぁ、5000円もマイナス出たんだけど!君より後に入った子の方がよっぽど仕事できるよ?言っている意味わかる?」
そしていつものごとく説教タイムが始まる。
またこれか。おそらくそれは自分のミスではない。自分の前のシフトの人間がミスったか、こっそり5000円を抜いたのだ。
しかし何も言えない僕にだけ毎度毎度罪を擦り付ける。感情的になった人間の相手は苦手だ。経験上そういう人間に何を言っても無駄だとわかっているので、ひたすら平身低頭で謝るしかない。
「すみません……後で給料から引いといてください……」
満足したのかしていないのか、深く溜め息をついて半分以上差っ引かれた今月分の薄い給料袋を手渡される。
「君さぁ、この仕事向いてないよ。お疲れさん!」


コンビニから歩いて約10分の築40年の賃貸アパートに辿り着き、敷きっぱなしの万年床にダイブする。
「はぁ~……」
今日も無事、仕事を退職した。
今回は三ヶ月もった。我ながら良く耐えたな、と褒め称えてやりたい。
早速スマホのアプリを開いて猫擬人化育成ゲーム「猫らぶ」のSSRキャラを引くためガチャを回しまくる。しかし途中で資材が枯渇し課金ボタンを押すこと数百回。やっと目当ての猫が顕現した。
「あぁ~……ユキタン可愛い……」
何をしても続かない。
でも猫らぶのユキタンがいればぶっちゃけ仕事とかどうでも良い。仕事はまた探せば良いし食費以外は仕送りでなんとかなる。そう、実家の仕送りがあれば……。


「あれ?!」
翌日ATMで何度お金を下ろそうとしても残高が足りませんとエラーになる事態が発生。
すぐに実家の母親にレインを送るとものの数分もしないうちに返事が届く。
「お父さん定年退職して年金暮らしなんだから、いい加減生活費くらい自分で何とかしなさい!学費は期日までに振り込んでおくから。」
と一方的に仕送り打ちきり宣言を告げられさーっと顔が青ざめていく。
そういえば昨日猫らぶでいくら課金したっけ……アマゾネスで限定フィギュアも買っちゃった……今月趣味につぎ込んでしまった額を思い出し、くらくら目眩がした。
ちょうど今月の家賃が引き落とされる迄一週間。財布の中身は二万三千円。それまで生活費と食費、家賃を稼がなければならない。


兎に角手当たり次第に日雇いの仕事を探しては電話をかける。しかしすぐに雇ってくれる会社も短期間で稼げる仕事も中々ない。こうなったらもう臓器を売るしか……。と考え事をしながら歩いていると前から歩いてきた男女二人組にぶつかる。
「ってぇな!……ってあれ?織田?」
「すいませ……って、もしかして、伊達くん?」
伊達龍之介。
校内きっての有名人(不良)で教科書やノートを貸し(盗まれ)たり、彼によく購買へおつかいを頼まれ(パシられ)ていた思い出(トラウマ)が蘇る。
偶然都会の真ん中で、高校時代の同級生(いじめっこ)に会うなんて漫画みたいなこと本当にあるんだな~と世間の狭さに驚きと戸惑いを隠せない。
「リュウ誰その子~」
「ん?ああ友達」
と人目を気にせずイチャイチャしはじめる目の前のカップル。
あれを世間では友達というのか……と突っ込みたくなるが口に出す勇気はない。
そして俺が持っているダウンワークを見た途端、急に肩を組まれた。
「ごめん、ちょっと彼と話したいことあるから今日はここで解散で良い?今度必ず埋め合わせするから」
「は?!」
「おっけ~。はい今日の分」
そういって彼女が伊達に渡したのは諭吉先生三人分。
俺は目の前の光景に目を剥いた。
「今日はありがとー。また連絡するね。バイバイ」
え?え?どういうこと?
事態が飲み込めず去っていた女性と伊達を交互に見つめる。
「あのさ、君にぴったりな仕事あんだけどやってみない?」
嫌な予感しかしない。
そしてこういう時の勘だけ何故か外れたことがない。
そして彼に連れられるまま半ば無理矢理都内の某意識高い系喫茶店に入った。


「はいどーぞ」
「有り難うございます……あっお金」
「いーよ。貰いもんだし」
と無料ドリンクカードを指にはさんでちらつかせる。
それにしても彼は店内に良く馴染んでいると言うかなんと言うか。同じ田舎から上京してきた者同士とは思えない。よく見れば全身何処かで見たようなブランドものに包まれていた。もしかしてこれもさっきの彼女さんからの貰い物なんだろうか?
悶々とした気持ちを抱えながら彼がおもむろに本題に突入する。
「ママ活?!」
「そ、全然変な仕事じゃないでしょ?」
思わず大きな声が出てしまった自分に吃驚して口を塞ぐ。店内を見渡すと皆スマホか自分達の話に夢中で誰にも聞かれていなかったと信じたい。
「いやいやいや無理無理無理!俺コミュ障だし!オタクだし!それに……ママ活って……」
世間的にめちゃくちゃやばい仕事のイメージしかない。ホスト?売春?パパ活の男版?お金を貰ってあんなことや……そんなこと……童貞には荷が重い話だ。
「そーんな難しく考えなくていいよ。ただちょっと会ってご飯食べたりお話するだけ。それでお金もらえるんだから最高じゃん?皆普通にやってるよ?」
ほらあそこも、と二十代前半くらいの若い女性と中年のおじさん二人組と、イケメンとアラフォーぐらいの女性二人組が座っているテーブルを指差す。
「えっあれそうなの?!」
「そうだよ。親子にしては何かよそよそしいし、会社の上司と部下にしては距離感おかしいでしょ。一目でわかる」
全然わからない……というかそこまで他の誰が何をしているかなんていちいち気にしたことがない。 傍目にはただ楽しくお茶して喋っているだけだ。
「女はやってんのに男がやっちゃいけないなんてルールないじゃん。元々俺の客で変な人じゃないから安心してよ。一日だけでいいから!ね?」
その日ライブ入っちゃってどうしても外せないんだよ~と拝まれる。
目の前の、半分以上飲んでしまった新作フラペチーノ。
さっき見た諭吉先生。
彼の腕に嵌められたブランドものの時計。
ごくりと喉が鳴る。
あ、これあれだ。ママ活業者に紹介して仲介料とかもらうヤツだ。
そんで元締めはヤのつく自由業の人で一回入ったら中々簡単に辞めさせてもらえないヤツ。
頭ではヤバイとわかっていても今は仕事を選んでいる場合ではない。あと3日で家賃も光熱費払わなきゃいけない。折角手に入れた限定猫らぶフィギュアも手放したくない!
「やります」
お互いの利害が一致したときの政治家のようにぎゅっと握手する。
「まじ助かる!じゃーまずこのアプリ登録して。それからそのもっさい髪型とそのださい服も何とかしないと」
「へ?」
「前から織田のくせにいいもん持ってんなーと思ってたんだよ。あとその気持ち悪いしゃべり方も直そうな」
「さりげにディスってるよね?」
そして瞬く間に伊達プロデュースで何とか髪と服装だけはサマになった。
お金は勿論後でバイト代から引かれる。(地味に借金が増えてしまった……)
しかし見た目だけはどうにかなっても性格だけはどうにもならなかった。何しろ女の人とデートするのも初めてなのだから……。一体どうなることやら。

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