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神田町百景scene.4『2:6:2』

「今すぐ外出てひだり見て!はやく!!」

スマホから聞こえてきた、ただならぬ妻の声にあわてて店の玄関から飛び出る。
さっき出かけたばかりのはずだが、一体何事だ?と思いながら左手を見ると、50mほど先に妻と思しき人影が。
どうしたの?と聞く間も無く、続けて聞こえてきたのは

「その自転車止めて!!」

言葉の意味を理解する前に焦点が手前に合う。
そこには自転車でゆっくりとこちらの方に向かってくる70〜80代くらいのおじいさんが。
頭にクエスチョンマークを浮かべながらさらに目を凝らすと、そのおじいさんは頭から血を流しているではないか。

わけがわからないまま、
「あの、大丈夫ですか?一旦止まりましょう」
と声をかけると、返ってきた言葉は

「邪魔だ!ぶっこ◯すぞ!!」

想定外のワードとあまりの剣幕に身体が固まってしまい、流血じいさんが漕ぐ自転車はゆっくりと僕の目の前を通過していった。

妻と合流して事のあらましを聞くと、おじいさんは自転車でふらふらと車道に飛び出し、タイミング悪く走ってきた車に接触して転倒。運転手の女性の静止を振り切って逃走したとのことだった。

正直、あのじいさんとこれ以上関わりたくないというのが本音だったが、これでひき逃げ扱いされてしまったらあまりにもかわいそうだなという気持ちがわずかに勝ち、たまたま居合わせたという男性と一緒に再度追いかけることに。

付近を捜索していると、ふらふらとおぼつかない様子で走る自転車を発見。
よほどの病院嫌いなのか、はたまた警察のやっかいになりたくない事情でもあるのか、あきらかに周囲を警戒している様子である。
近付いてくる僕たちを見るや否やあわてて路地のなかに入っていったため、男性と二手にわかれて挟み込むことに。

頼むからこっちに来ないでくれよ、と祈りながら角を曲がると、そこには本日二回目のこちらに向かってくる流血じいさん。

まるでコントのような状況に『なんて日だ!』と心の中で叫びながら、
「あの、血が出てますし、運転手さんも困ってるので、一旦止まりましょう」と恐る恐る声をかけると、

「うるせえ!おめえには関係ねーだろ!!」

たしかにそうだ、こっちだってもう関わりたくない。

その瞬間になぜか、大学の授業で聞いた2:6:2の法則という話が頭をよぎった。
要約すると、”どんな環境においても2割の人には何をしても好かれ、2割の人には何をしても嫌われ、残りの6割の人はあなたに関心がない。人間関係に悩まない秘訣は、好意的な2割を大切にすること、好意的でない2割とは関わらないこと、残りの6割は気にしないことだ。全員に好かれようとするな。”という考え方(だったはず)。

『この神田町の中で、このじいさんは間違いなく関わるべきではない2割だ』と思うとこれ以上追いかける気力がなくなってしまい、じいさんは僕の前をゆっくりと通り過ぎ、タイミング良く変わった信号を渡って大通りの向こうに去っていった。

不運な運転手の女性が目撃者と連絡先を交換したのを確認し、用事で駅に向かう妻を見送ると、ぐったりとした体と心を引きずって店に戻った。
すっかり冷めてしまったコーヒーを啜りながら『この店の顧客さんは僕たちにとって好意的な2割に違いない。大切にしよう。』と改めて感謝しつつ、古くて燃費のすこぶる悪い愛車にも付けられそうなドラレコをググりはじめたのであった。

(コ)

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