【生きた証】母が私に遺してくれたのは、文章を書く才能だった

母はマメな人だった。
毎晩、私と弟についての日記をノート1ページずつ書いていたのを覚えている。
その日記は今もこの先も私の宝物だ。
当時3歳ごろの私も母のそんな姿に憧れて、早く文字を書きたいと思っていた。


母の肺がん発覚

2008年9月、母の肺がんが発覚した。
ずっと変な咳をしていて、父や私は病院に行くことを勧めていた。
しかし、母は「私は健康だけが取り柄だから!病院嫌い〜行きたくない〜」と言ってなかなか行きませんでした。
母は多分、その時既にステージ4。
半年後に亡くなりました。
私と母との思い出は楽しいものがいくつもあったはずなのに、今覚えているのは、坊主頭の母が抗がん剤の副作用で苦しむ姿のみ。

母が最後に書いた日記は2009年1月1日。
最期の言葉は「ありがとう。」だった。

母の日記


私が知る母は想像上のもの

母が亡くなったのは14年前。
もう声も顔も思い出せないし、母の誕生日や性格はもちろん分からない。
私は母が遺した日記を読んで、母が感じたことや私にかけてくれた言葉から母の人物像を想像することしか出来ない。
日記から想像する母は強くて優しい人。
きっとその通りだったと思う。

母から受け継いだ遺伝子

押し入れから母の作りかけの文章や創作物が出てきた時、私は母の力を受け継いでいると知った。
とても嬉しかった。
これは母が生きた証だ、母がきちんと生きていたことを証明できるんだと思った。

※母の制作したお話に私が手を加えたものがあるので、稚拙ですが後日noteに投稿しようと思っています。
時を超えた親子合作!!素敵!!(自画自賛)

母が私に遺したもの

タイトルにある通り、私は性格や価値観は母に似ていると思う。(多分)
絵が描けること、文章を書くのが好きなこと。
母の生前はよくお絵描きや折り紙をしていたみたい。
私は今ライターやブロガーをめざしている。
まさに天職だと思った。
私は諦めない。
これからも私のためにも母のためにも、どこかにいる知らない誰かのためにもライターやブロガーとして頑張っていきたいと思った出来事でした!

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