妥協は癖になる

私のこれまでのサッカー人生の中で最も貴重な経験になるのがこの天皇杯の横浜Fマリノス戦になる。そんな試合への強い思いをここに書き残したいと思う。最後まで読んでね👍

サッカーをするきっかけになったのは従兄弟である。従兄弟がサッカーをする姿は誰よりもかっこよく憧れていた。いつか大舞台で活躍する従兄弟を超えたいと思うようになった。

少し私のサッカー人生を振り返る。中学時代はサンフレッチェ広島ジュニアユースのセレクションを受けて見事合格することができた。1年の時は高学年の試合に絡むことはできなかったが2年では試合に出させてもらえるようになり3年ではしっかりレギュラーをつかんでいた。正直自分はめちゃくちゃうまいと思っていた。誰にもボール取られないしパスはうまいしゴールもアシストもできる。チームに欠かせない存在であった。そんな自分のプレーを認めてくれて高校のユース年代へとそのまま上がることができた。

しかし、今まで疑うことのなかった自信さえも失う経験をすることになる。
全国からうまいやつらが集まってくるのは知っていたが自分は通用すると思っていた。しかし、自分のプレーは全く通用せず、高校1年の時は練習で何度も怒鳴られたり、公式戦では一回もスタメンで出させてもらえなかった。

練習試合では、試合終了5分前に出場するという屈辱的な経験もした。省エネプレーヤーと言われ、自分の座右の銘で「妥協はクセになる」と掲げていたにも関わらず、監督から「おい、妥協」と、けなされた呼ばれ方をされ、自分の不甲斐なさに腹が立った。練習や試合が終わるたびに自分の部屋で泣いた日も多くあった。

そして、プロになりバカにしてきた人たち全員を見返すと誓い、立命館大学に入学した。立命館大学のサッカーはサンフレユースの時のように熱血に指導されるというよりも自分たちで課題を見つけ自分たちなりの考えで練習方法を見出し成長する。個人に対しても同じだ。自分自身を見つめ考え成長する。そんな自主的にプレーできる環境は自分に思考力、改善力、行動力をもたらしてくれた。
現在、4回生になり、より一層責任感が強くなった。自分がチームを強くする。そんな強い思いで10番をつけた。覚悟を持って背負っている。しかし、お前が10番かよと言われるし10番としての活躍は全くしてないと思う。リーグ戦も中盤に位置し、関西選手権も全国には届かなかった。自分がなにかできてたのかと思うとまだまだ力が足りなさすぎる。自分の未熟さを感じた。
でも、恵まれたことに今回この天皇杯という大きな舞台で試合ができる。それは試合にでてるやつ、出てないやつ、応援してくれるやつ、みんなが1つになって勝ち取ることができた。関西選手権での敗北から、現状課題はたくさんある。しかし、2月に新チームが始まり守備の面でも攻撃の面でもこれまで自分たちがずっとやってきたことは変わらない。

ひたむきにやる必要がある。

この試合は自分自身にとってもチームにとっても大きな価値を置いている。この場で成長した自分の姿もチームの姿も見せつける。

横浜Fマリノスに勝った大学はどこだ。
誰が出ているんだ。
そこに竹本雄飛がいる。

そう世間に俺の力もチームの力も見せつけたい。ユースの時の屈辱をここではらす。俺のサッカー人生はここから始まるといっても過言ではない重要な試合。どんな結果になろうとも最後まで諦めない姿、力強い姿を見せ、とんでもない勝利を手に京都に帰ってくる。行ってきます。