見出し画像

失敗した業務改革~お茶くみは誰の仕事なの?~

 今回は、ルトくんが仕事をしていた葬儀社において実際にありました、業務改善の失敗を取り上げていきます。

 業務内容の改善は、会社にとって必要不可欠なことです。業務内容を改善することによって、仕事も進めやすくなり、経費削減や利益率の向上につながったり、お客さんへのサービス向上に繋がったりします。
 必要な業務内容の改善は、どんどん行っていくべきだと僕も思います。
 しかし、あくまでもそれが本当に「改善」になるのなら、です。

 改善したつもりが、実際には煩わしさが増してしまい、改善どころか改悪になってしまったというものもあります。
 こうした業務内容の改善に「失敗」した場合は元に戻すことになります。

 ルトくんが仕事をしていた葬儀社においては「お茶くみ」を誰が行うかで業務内容の改善を行いましたが、結果的に「失敗」に終わりました。

上司が提案した「お茶出し」の変更案

 毎月行われている月例会議において、所長の上司から次のような提案がありました。

「寺院へのお茶出し業務を、セレモニーレディから給仕に変更する」

 どこの葬儀社でも同じだと思いますが、寺院には茶菓子と共にお茶出しをしています。そしてそれを行っているのは、葬儀社によって異なりますが、セレモニーレディという女性の接客スタッフであることが多いです。
 ルトくんが仕事をしていた葬儀社でも、それは同じでした。

 そしてそれとは別で、葬儀後の会食においてお客さんの世話をする給仕の女性スタッフもいました。こちらはおばちゃん~おばあちゃんといった高齢の女性スタッフでした。
 余談ながら、ルトくんは給仕のおばちゃんたちから見ると、孫か息子くらいの年齢に該当していたためか、割と可愛がられていました。休憩中にお菓子を分けてもらったり、手作りのおかずをもらったりしました。

 寺院へのお茶出しを、セレモニーレディから給仕に変更する。
 どうしてそのように変更してしまうのか。
 上司が示した変更理由は、次のようなものでした。

・セレモニーレディが寺院へのお茶出しに集中しすぎている。
・そのために、本来は会葬者の案内をしなくてはならないのに、それができていないところがある。
・給仕は早めに来る割に、葬儀が始まるまではそこまで忙しくない。
・寺院へのお茶出しなんて誰だってできる。
・それなら給仕にお茶出しをさせて、セレモニーレディは式場で会葬者の案内に集中するべきだ。

 変更理由としては、何も異論はありません。
 理解できるものではありましたが、副所長や先輩方を始めとした施行担当者からは「ちょっと待った」と意見が出ました。

 その大きな理由が「寺院から苦情が来る」ということでした。
 ほとんどの寺院さんは、セレモニーレディから給仕に代わった所で気にしないのですが、その中にとてもうるさくて、かつ面倒くさいという厄介な寺院がありました。「この寺院は敵に回してはいけないから、決して意見したりせず、寺院から言われた通りにする」と、僕たち施行担当者の間では常識でした。
 しかも問題なのは、その寺院が他の寺院に対して強い影響力を持っていた点でした。変更したらその寺院から苦情が来ることは目に見えていたので、変更には上司以外誰も前向きではありませんでした。

 さらに同じ地域にあった他の葬儀社でも、お茶出しはどこもセレモニーレディが行っていました。その中で自分たちの所だけ変更したら、評判に関わることもあり得ました。

 他にもセレモニーレディから給仕に変更することで生じる教育コスト。
 給仕の所属元がOKを出すかどうか分からない。
 期間限定でやってみて、結果が良ければ変更でいいのではないか。
 等々、様々な意見が出ました。

 しかし、上司は退きませんでした。

・お茶出しなんて誰がやっても同じ。
・セレモニーレディが絶対にやらなくちゃいけない決まりはない。
・葬儀社の決めごとに寺院が口を出すことはおかしい。
・寺院ではなくお客さんのために仕事をしているのだから、お客さん第一なのが当たり前。

 ここまで主張してきましたので「じゃあ、やるだけやってみたら?」ということでお茶出し業務がセレモニーレディから給仕に変更することが決まりました。
 意気揚々としていたのは上司だけで、副所長や先輩方はみんな「どうなのかなぁ…」という顔つきになっていました。

 ちなみに、僕は次のように思っていました。

「お客さんのことを考えているように言ってるけど、その本心は上司が本部に一日も早く戻りたいからだろう。なんでもいいから手柄を立てたいという自分の勝手な気持ちに、業務内容の改善だとか理由をつけてこっちを巻き込むんじゃない!!」

 こうして、寺院へのお茶出し業務がセレモニーレディから給仕に変更となりました。

セレモニーレディと給仕からの苦情

 始まってしばらくしてから、予想していたことが起こりました。
 セレモニーレディと給仕の双方から苦情が出たのです。

 セレモニーレディからは、次のような苦情が出ました。

・元々自分たちだけでお茶出しも接客もできていた。
・わざわざ給仕に変更して、それを教育しなくちゃいけないのが面倒。
・寺院との情報交換ができなくなった。

 給仕からは次のような苦情が出ました。

・給料は増えないのに仕事だけ増えた。
・寺院の前に出ると緊張するからしたくない。
・高齢で足の悪い人もいるから、遠い寺院控室までお茶を持ちながら歩くのが大変。
・そもそも葬儀前まで暇なわけではなく、在庫チェックなど別の仕事がある。

 非難轟々です。
 セレモニーレディはともかく、給仕からの苦情には「ごもっとも」としか言えないものばかりでした。

 そしてそれからしばらくして、僕たち施行担当者が恐れていたことも起こりました。

寺院からの苦情

 ついに来ました。厄介な寺院からの苦情です。
 この苦情が来たと聞いた時、僕は「ああ、ついにこの時が来たか!」と思いました。

・給仕がお茶くみをするなとは言わないが、給仕の服装が葬儀という場にふさわしくない。わずかとはいえ式場内を通るからお客さんの目にも入るから目立つ。せめてジャケットを着用させるべき。
・緊張して手元がおぼつかないのが見えて気を遣う。
・セレモニーレディに戻したほうがいい。他の葬儀社はどこもセレモニーレディがやっている。
・給仕にお茶くみをさせるよりも、セレモニーレディを増員したほうがいいのではないか。

 この寺院からの苦情が来た当初、上司は「寺院がなに一丁前に口出してるんだ」という発言もしていましたが、後に寺院との話し合いで、お茶出し業務を以前のようにセレモニーレディへ戻すことが決まりました。

 結局、給仕がお茶出しをしていた期間は半年も無かったように思います。

手柄を挙げたいだけの人は信用されなくなる

 この一件以降、所長の上司は厄介な寺院が「本当に敵に回してはいけない相手」だと理解したらしく、少しでも絡みそうになると避けるようになりました。
 そしてたびたび「もうあの寺院とセレモニーレディはこりごり」とボヤいていました。
 業務内容の改善をやろうとして、これで見事にコケたため、本部に戻れる日も遠くなったそうです。

 僕としては内心「ざまあみろ」と思っていました。(笑
 さらに余談ですが、先輩方の中には「所長が女装して寺院へお茶出しをすればいい」なんて冗談で言っている人もいました。
 それはそれで見てみたい光景だなと先輩と共に笑いました。

 月例会議の場で、地元出身でこれまで数多くの現場を経験してきた副所長や先輩方から「それはマズい!」「ちょっと待った!」をかけられていたのに、手柄を立てたい一心で強行した結果、セレモニーレディ、給仕、寺院から苦情を受けるという誰も幸せにならない散々な結果になりました。

 上司は地元の出身ではないので、何があっても異動してしまったら後はどうでもいいのかもしれませんが、こちらとしては振り回されただけになりました。

 業務内容の改善は難しいと同時に「本当に必要なのかどうか、事前によく検討しないと大きな失敗になる」と学んだ出来事でもありました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?