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知っているようで知らない街を彷徨い歩いたあの夜

「その道」に戻るのは今ではない、という現実を突きつけられた、あの夜。

薄々自分でも勘づいていた。今の自分が本気で「その道」に進みたいと思ってないことを。そして情熱なんかの感情的な部分を抜きにして、打算的に考えたとしても、実現可能性の予測値があまりにも現実的でないことを。

「その道」の先輩に人生相談をしたそのバーの雰囲気は幾分か場違いで、声のボリュームをあげないと相手の耳に届かないライブミュージック、同じテーブルに次から次へとやってくる仲間たち。

その景気の良い空気と逆境して、私の心は闇だった。

自分が自覚していたことに対して、他人からお墨付きをもらう。
それがネガティブな意味であることが、こんなにつらいとは。

閉ざされた道とは別の道があるのか、わからない。
もちろんそのバーで答えなんか出ないまま、家路についた。

本来なら路面電車の駅に向かうはずのところを、別の方角へと歩き始める。住み始めて半年たったこの街で、路面電車に乗らずどうやって家にたどり着けるかは知っていた。

秋が始まろうとしている。半年前、この国にたどり着いた時と同じカーディガンとストールをもう一度纏い、今はただ、その時の希望とは真逆の絶望を抱えて、あの日と同じ景色を早足で眺める。

今夜は、美しいはずの街並みが全く心に響いてこない。

しばらく歩き続けて、家という名の寮がある通りに差し掛かる。でも今は、すでにルームメートが眠る、感情を解放できないあの寮には帰りたくない。

迷いなく寮が位置する通りを通過して、まだこの街で足を伸ばしたことのない方を目指す。

夜中のこの街の知らない部分は、なぜかまったく怖くなくて、今抱えている重圧が、上からではなく後ろから背中を押してきて、私はどんどん前へと進んだ。

半年住んでみたこの街の、知らない部分にできるだけ深く入りこみたかった。なんならもう、知っている部分に戻ってきたくもなかった。

どこまで歩いたって解決しないのは知っている。泣きたかったけど泣けなかった。とにかく彷徨い歩くしかできなかった。ただただそうしたかった。

もちろん何も解決はしなかった。今すぐこの想いを聞いてと、ダイヤルできる人もいなかった。
わかったことは、自分でどうにかするしかない、ただそれだけ。

***

そんな夜の話に、救いの手を差し伸べてくれる人が、その当時と現在に二人いたことが、のちのちわかる。

一人は、今すぐダイヤルしてもいい関係とまでは思っていなかった、その街在住の人生の先輩。

その夜から少したったある日、その夜の話をした。すると、何時でも電話してきてくれてよかったのに、と言ってくれた。社交辞令ではなく、本気で。

泣いた。その夜泣けなかった分を汲み上げて吐き出すように、泣いた。
独りよがりの感情を聞いてもらえるだけで、こんなに心が軽くなるものなのかと、驚きと感動が、涙を吐き出した心の跡地に生まれた。
その次の日は、一人でカフェでケーキを頼んで、その驚きと感動を祝福した。

もう一人は今の相方。

出会う前までの苦しかった部分の思い出話に、いつも包み込むように耳を傾けてくれて、最後には"I'm here for you!"と両手を差し伸べてくれる。

私がノスタルジックに話す様を、留学時代の一苦労話として聞き流すのではなく、私がその場にいた様子を想像して、よく頑張ったね、と過去の私を救ってくれる。

あの夜も、この人と出会うための通過点だったと思うと、報われる気がする。

***

あの真っ暗な夜を過ごしてわかったことは、私は一人じゃない。たとえその夜一人だったとしても、時空を超えて、助けてくれる人が、きっといる。

だから大丈夫。消えてなくなってしまいたくなる真っ暗な夜も、もう一度、あなたを大切にしてくれる人と共に超えてゆける。


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