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デザインとアートの違い

デザインとアートの違いについて考えたことはありますか。

日々の生活を送る上で、両者の意味の違いなんてものは関係がありません。実際にその差が必要になったことなんて無いんです。

かくいう僕もただの社会学を学ぶ生徒ですし、デザインとはなにかとか、デザイン思考は大事とかそういう話は耳にしますが、デザインとアートの違いが重要視される場面に遭遇したことはありません。

ではこの命題を考えることに意味はあるのでしょうか。
僕の考えとしてはそれは重要であるように思います。作者から発信されたものについて、それがどのようにカテゴライズされるのが正しいのかということが一般化したときに初めて、それの作者に正当な評価があてられるからです。

アートとして創ったものをデザインとして評価するなんて蛇足をしたくないという思いがあります。

以下ではその結論に至るプロセスを説明していきたいと考えています。


①デザインとアートの意味的な違い

デザインとアートという言葉があります。それらはあらゆる分野が対象となって言われる言葉であることは分かるかと思います。絵や音楽、写真といったものが代表的かなと思います。

では実際にどうした意味の違いがあるかは以下の表にまとめます。

a)問題提起的か問題解決的かどうか
これが基本の考え方になると思います。アートは常に成果物(ワーク)によって問題提起を行います。一般的な人々が日々を生きる上で問題であると感じていないことや、気にしていないこと、もしくは気づいていないことを様々な観点から提起します。

対してデザインはその成果物から何らかの問題を解決します。したがって、デザインを行う際には何らかの課題が存在しそれを成果物によっていかに解決するかが重要となっています。

b)オーディエンスに寄せるか寄せないか
両者が作るものには、創作を行っている際には見えないオーディエンスが存在します。その人々を想定するかしないかが重要となります。アートは誰が見るかなんてことは決まっていません。

しかし、アート的に創られるものは見る人の想定の範囲外であること、それ自体の理解に苦しむことがほとんどです。それを目標として創られている側面があるので、むしろ当たり前のことかもしれません。

それに対してデザインは成果物を創る際にはオーディエンスを想定します。何らかの課題が存在しているということはその課題を抱えている人たちが居るからです。その課題はもしかしたら暗黙知のものであるかもしれません。ですので気づかれないということもあります。

ですが、そこで重要になるのはオーディエンスがそれを利用する際には違和感がないということです。その成果物には必然性があり、なんの違和感もなくデザインした人の想定した通りの行動に移行させる必要があるのです。

いつも使っているフォークの持ち手側の色が変わっていたり膨らんでいたりするのは、こちらが持ち手であることを違和感なく受け入れさせる一つのデザインであるのです。

c)商業的であるかどうか
アートは利益を求めません。ただ自己を主観的に表現したり、やりたいからやる、といった動機がきっかけになり創り出されるものです。

それに対してデザインは商業的で、創った結果として利益は生まれます。これらが表れる理由は次項に続きます。

d)判断基準が「好き嫌い」か「良し悪し」か
上項ではお金の話をしましたが、ではなぜ利益が生じるかどうかの差があるのでしょうか。それはアートとデザインに対するオーディエンスの評価基準の違いにあります。

アートはその人が成果物に対して好きか嫌いで判断するしかないからです。先述したように、アートはそれを創った人の主観であるのでそれ自体には文句のつけようがありません。ただその人の考えが具現化されているからです。つまりは、それに対してオーディエンスが評価するとすれば主観として好きか嫌いかしかないのです。

しかし、デザインには良し悪しがあります。どれぐらい課題を解決できているか、それ自体にオーディエンスは違和感を感じていないか、といった明確な判断材料があるからです。ですので、他と比較したときに優劣が生まれ、結果として商業がデザインには成り立つのです。

どうして自分でも描けそうな絵に数億円の価値がついているのか。と感じたことはありませんか。もちろん歴史的価値が後から付随したというパターンもありますが、アートに関してはそれ自体にその価値を見出す人がいたからその値段がつくのです。

以上が一般的に語られるデザインとアートの基本的な違いです。

②アートとデザインでは表し切れない領域

しかし、ここで一つの疑問が生まれます。それは例えばミュージシャンが何ら消費の場所を想定せず創った曲が映画の主題歌になったり、有名な画家の絵が広告になったりもします。

iphoneが生まれたときにはそれは人々にとって受け入れるのに時間がかかったものでした。そうした成果物に対してアートとデザインという言葉だけでは表し切れないことがあります。

そこで僕は以下の様なグラフが成り立ち、追究できていない2つの箇所があるのではと考えました。

それら成果物を問題提起的か解決的か、オーディエンスに寄せるか寄せないか、という2軸で考えたときのグラフです。アートとデザインのポジションは

上記の説明からわかって頂けるかと思います。ですが、「?」マークのついている箇所にカテゴライズされる成果物も存在していると思いませんか。

ⅰ)右上の「?」に関して
スマートフォンという画期的な発明が今では当たり前に使われるようになっています。これを読んでいる人で1日に一度もスマホを触らないという人はいないでしょう。

ですが2007年にiPhoneが発売された際には世の中には受け入れられませんでした。この現象をどう捉えるかがこの箇所の鍵であると考えます。

iPhoneは言わずもがなデザインとして素晴らしい製品であります。しかし、それは当時ユーザーには受け入れられませんでした。つまりはiPhoneが解決しようとしている「課題」は、オーディエンスにとってまだ「課題」ではなかったのです。

ということはiPhoneがその時に成したことはあくまでiPhoneが解決しようとしている課題をオーディエンスに認識させる「問題提起」だったと言えるのではないでしょうか。

これは、その時代の流れを変える様な発明があった際には常に起こる可能性のある事象の一部です。そのときの成果物を表す単語として「Innovation」という名前を右上のカテゴリーには当てたいと考えます。

ⅱ)左下の「?」に関して
アーティストの創ったものがアーティストの想定していない場合に利用されることがあります。

日本国国歌「君が代」の作者が地位が低いために詠み人知らずとされるのは有名な話です。その解釈としては天皇を讃える詩と言われますが、「君」という解釈は広くとれるし、「千代」という名前の反復であるという説もあります。

平安時代のその人の主観で詠われた詩である可能性だってあるわけです。しかし今現在では、日本の国歌に適した曲であると評価され、勝手に解釈され使われています。

イタリアンレストランのサイゼリヤの壁にはあらゆる絵画のコピーが飾ってあるのを御存知でしょうか。もちろんその絵の作者はサイゼリヤの壁に飾られることを想定していたわけは無いでしょう。しかし、その店の雰囲気をかもしだすために使われているという現実はあります。

そうした形で作者の意志や主観は関係なく、あたかもそのために創られたかの様な使われ方をするアートもあります。そうしたアートは意図せずして問題を解決してしまっているのです。

日本国の代表的な曲として歌われ、店の雰囲気作りのために使われるのです。それらは必ずしも作者がそうなると想定したものでは無いと思うのです。そうした使われ方をするアートを「Unexpected」とカテゴライズしたいと思います。

これら2つのカテゴリーには注意点があります。それはアートが「Innovation」になることはなく、デザインが「Unexpected」になることはないということです。

なぜなら、それらが制作される際に「オーディエンスに寄せるかどうか」は出来上がった後では変更のしようが無いからです。これらはあくまでデザインが「Innovation」となり、アートが「Unexpected」となる可能性をはらんでいるというところに意味があります。


<追記 2018/07/19>
インスタグラムに上がる写真というものを考えてみます。それは人によってその写真を撮った意味は様々ではあると思いますが、美味しかった、美しかった、楽しかったから共有しようという自分の感情を起因として発信しているものかと思います。

そうした場合、アートには問題提起的な意味と同時に、自己表現的な意味も兼ね備えていますので、これらの写真はアートに分類して良いと思います。

その時、近年流行を見せている「インスタ映え」があると思います。例えば、その店で見た目もかわいいパフェを提供していたとして、その写真を誰かがインスタグラムにアップしたとします。その写真はその人にとってはインスタグラム上での自己表現的な意味をもって撮影され、投稿されたものであると思います。

しかし、その写真にはその店の位置情報やハッシュタグがつけられ、その店としてはその写真をインスタグラムに上げるのは予想通りであったとしたならその写真は「その店の宣伝をする」という一つの問題解決をしていることになります。

つまりは、投稿者の想定外の部分で写真によってその店を助けることになったということです。これは一つの"Unexpected"としてカテゴライズしても良いのでは無いでしょうか。


ですので、以上のことをまとめるとこの図の様になると思います。

③結論とこれから

これが今回の僕が出した「アートとデザインの違い」についての結論であると言えます。

ですが"Innovation""Unexpected"と英語にダブルコーテーションをつけているのには意味があります。正直そこにはまだまだ研究の余地があると考えるからです。自分自身この部分に全ての納得がいっているわけではありません。

しかし、「デザインとアートの違い」という曖昧な命題に対しての理解を深めるための一つの答えであると考えています。この命題に明確な答えを出すためにはこの2つの領域に関しての研究が更に必要ではないかと思います。

「作者に対する正当な評価」がどの時代でもなされていないときがあります。それら成果物の持つ意味を理解せず批判の的にされることは少なくありません。

その問題を解決する一つのプロセスとして、その成果物がアート的であるか、またはデザイン的であるか、更には"Innovation"なのか"Unexpected"なのか、を判断できる世間が訪れたなら、それは確実に一つの進歩といえるのではないかと考えています。

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rxzibit/板倉 隆一

社会学部生。

#デザイン 記事まとめ

デザイン系の記事を収集してまとめるマガジン。ハッシュタグ #デザイン のついた記事などをチェックしています。広告プロモーションがメインのものは、基本的にはNGの方向で運用します。
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コメント1件

アートとデザインの違いは揺らいでいるというのが今の印象です。
結局、現代アートもコレクターに買われることが目的なので、
思いっきり商業主義だし、。
なので、世界標準の現代アートを考えると、自己表現とか関係なく、
世界標準の現代アートの歴史に新しい何かもしくは既にあるものを
新しく料理して別次元のものにするもの、そう考えると明確になります。
だから、世界にヒットするのは現代アートですが、
そういうことを抜きにしてデザインは大きく広い世界があると思います。
一般的にはクライアントが必須ですが、彼らの要求を解決することですよね。
佐藤直樹『無くならない~デザインとアートの間』という本が参考になるかも。
デザインとアートの間とありますが、デザイン、アートの生まれる手前を
思索しているそうです。佐々木敦『アートートロジー』の受け売りですが。
また、世界標準の現代アートとは別の単なるアートは自己表現としての性格が強いかもです。
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