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【実録】サンフランシスコで10ドルをケチったせいで、事件に巻き込まれ、危うく死にかけた話(中編)


アメリカ・サンフランシスコで空港へ。相乗りライドシェアサービス"Uber POOL"で空港に向かい、途中で相乗り予定の女性をピックアップしようとしたところ、サンフランシスコ一のドヤ街・テンダーロインで車が停車。そして、その扉を開けたのは、なんと男性のホームレスでした―――

▶︎前編はコチラ


突然、口論を始めたドラッグ中毒のホームレス

 車の扉を開けたのは相乗りをする予定の女性ではなく男性のホームレスで、サンドイッチを頬張りながら、異臭を漂わせています。目付きがおかしく少し落ち着きがない、その様子から想像するに、ドラッグ中毒者なのでしょう。さらに、その脇には鎖に繋がれた大きな黒い犬までいます。

 見知らぬホームレスは扉を開けたまま、その前に立ったまま動こうとしません。さすがに運転手も困った様子で、その男性と何やら言い合いを始めました。ホームレスも、車の扉を開けたまま、外から大声で何かを言い返しています。

 とはいえ僕の語学力では、彼らが何を言っているかはさっぱり理解できなかったので、目線をスマホに戻し、早くこの口論が終わらないかな……と思いながら、後部座席でスマホをいじっていました。

 ふと顔を上げて窓の外を見ると、ちょうどその瞬間に、そのホームレスのそばから、バックパックを背負った女性が呆れた顔をして立ち去るのが見えました。

 おそらく、この人が相乗りをする予定の女性だったのでしょうか。間もなくして、フロントガラスの正面に設置された運転手のスマホに映るUberの画面から、彼女の表示が消えました。彼女のピックアップのキャンセルが静かに告げられました。


 そんな事はお構いなしに、何かを言い合う運転手とホームレス。口論は続き、終わる気配を見せません。5分経過し、午前3:40を過ぎました。だんだん白熱してきたようで、彼らの言葉には、Fuckという相手を罵るワードが必ず一文に一度以上は入るようになってきました。

 このあたりで、何度か、僕でも聞き取れるワードが聞こえてきたので、注意して聞いて見ると、「運転免許証を見せろ」と運転手に告げるホームレス。「持っていない」とごまかす運転手。「そんなわけがあるはずはない」とホームレス。「トランクに入っている」と運転手。そんな出口の見えない不毛なやりとりを続ける2人。

 その、次の瞬間でした。

 まさかの、ホームレスが助手席に乗り込んできたではありませんか。


けたたましくサイレンを鳴らし、近づいてくるパトカー

 ホームレスは、手に持っていたサンドイッチが包まれた紙の袋を車のダッシュボードに投げつけ、Fワードを連呼し、ツバとサンドイッチの食べかすを運転手に浴びせながら、なんとそのまま助手席に座ってしまったのです。

 さらにホームレスは、その様子を最初からずっと外で静かに見守っていた、大きな黒い犬の鎖を強引に引っ張り、犬を車に乗せ、ついには、助手席の扉まで閉めてしまったのです。カローラの狭い車内に、運転手、ホームレス、僕、そして、大きな黒い犬が閉じ込められました。

▼車に乗り込んできた、ホームレスの横顔。決死の覚悟で撮影。


 当然、激しく注意する運転手。そんなことを全く聞かないホームレス。まだ運転免許証のことで言い争いを続けています。さすがの僕も、スマホをポケットに隠し、顔を上げて2人の会話を必死に聞き耳を立てますが、怒りが最高潮に達した2人の会話につき、あまりの速さについていくことは全くできません。

 さらには、ホームレスが扉を閉めてしまったため、路上駐車した車の密室での出来事で、道行く人はこの絶望的な状況に誰も気づいてはくれません。気づいていたとしても、助けてくれる人がいるほど、良識ある人たちがいる街でもありません。だって、ここはテンダーロインなのですから。


 終わらない2人の言い争いを見て、だんだん不安になってきました。2人が殴り合いの喧嘩を始めたりしないだろうか……僕はフライトの時間までに空港に行けるのだろうか……一瞬、車から飛び出し、走って逃げ出そうかとも考えましたが、あいにく僕の荷物のほとんどが車に積まれており、逃げ出すにも逃げ出せません。

 僕は、後部座席で気配を消して、ただただ彼らの言い争いを黙って見守るしかありませんでした。


 ちょうど、その時でした。

 後方からパトカーのけたたましいサイレンが聞こえてきたのです。誰かが通報してくれたのでしょうか。奇跡が起きました。

(助かった……)

 僕だけでなく、運転手も、そう思ったことでしょう。


 しかし、その束の間の安心は30秒も経たないうちに、サイレントともに消え去りました。

 パトカーは、そのまま僕らの横を素通りし、別の現場に向かってしまったのです。

 その遠ざかっていくパトカーに向けて、運転手は必死にクラクションを連打しましたが、その連打虚しく、パトカーは夜の帳へ消えていきました。


 運転手がクラクションを鳴らしている間に、ホームレスは持っていたスマホ(おそらくiPhone4)で、誰かと電話をし始めました。電話が終わると、自分のスマホでGoogle Mapを起動させて、何やら行き先を運転手に指示し始めたではありませんか。その場所に"She"と呼ばれる人物がいるから、連れていけ、と。

 さすがに僕もいる手前、運転手はこれから空港に向かうと言い、反論してくれました。しかし、どうやらホームレスは行き先が空港の近くだから、そこまで乗せていけと命令しているよう。"She"が待っている、と。

 さすがにホームレスと大きな黒い犬との真夜中のドライブは危険を感じました。トヨタ・カローラの車内ではあまりに狭すぎて、何か起こっても逃げる事はできません。そこで、勇気を出して、運転手に話しかけることにしました。


ホームレスのポケットから落ちた、鈍い音と黒く光るもの

 ホームレスがスマホをイジっている隙を見計らって、静かに運転手の肩を触り、目で「降りたい……」と合図を送りました。

 しかし、「心配するな」といった感じのアイコンタクトを返してくる運転手……。まさかの運転手にこの場にいるように懇願されてしまい、完全に逃げ出すタイミングを失いました。


 そして不運にも、その静かなやりとりを、あろうことか、一番見られてはいけない相手、ホームレスに気付かれてしまったではありませんか。そしてついに、ホームレスは上半身を後部座席に乗り出してきて、その怒りの矛先と大量のツバを僕に向かっても向けてきたのです。

「×○△▶︎××Fuck×●×●▼◆」

 しかし、残念ながら僕の語学力では、Fuckというワードしか聞き取ることはできません。この瞬間ほど、英語を勉強しておいた方が良かったと後悔した事はありません。しかし、そのまま僕に向かって何かを言い続けるホームレス。会話が落ち着く頃合いを見計らって、ついに僕も勇気を出して、初めて声を発してみました。


「I can't understand English.」

 真剣に、です。狭い車内に、少しの沈黙が流れました。僕は、ただただ祈りました。


 少しすると、ホームレスは呆れた顔をして、後部座席に乗り出した上半身を元に戻し、また運転手と口論を開始しました。

 そして、20分ほど続いた出口の見えないその口論は、ついに片方が折れて決着がついたのです。


 しかし、最悪なことに、折れたのは運転手の方でした。

 運転手は僕の方をチラっと見て、「空港には連れて行く」と、僕に相談もないまま通告。まさかの、本当に車を出す準備を始めたではありませんか。

 さすがに、運転手の判断は全く納得がいきません。このホームレスを乗せてドライブするなんて狂気の沙汰です。しかし、それを言い返すほどの語学力も僕にはないですし、僕が騒げば、ホームレスの怒りの矛先は僕に向くリスクだってあります。僕は何事もなく空港に着くことを、ただただ黙って祈るしかありませんでした。

 ちゃんと目的地に連れて行くからと、シートベルトだけは締めるようにホームレスに促す運転手。その提案に満足気のホームレスは、それに素直に応じ、体勢を整えて正面を向き直し、大人しくシートベルトを締め始めました。


 そのホームレスが体勢を整えた時でした。車内に「ボン」と何かが落ちる音がしました。鈍い音でした。ホームレスのポケットから何かが落ちたようです。それにはホームレスも運転手も気づいておらず、気づいたのは僕だけのよう。

 暗い車内の足元だったので、何が落ちたのかは全く見えませんでした。しかし、落ちたものが、もしもホームレスの大切なものだった場合、後から僕が盗んだと思われたら、何をされるかわかりません。

 それだけは避けるべく、先に落ちたものを取ってホームレスに返しておこうと思いました。僕はポケットから静かにスマホを取り出し、ライトを起動させ、ホームレスに気づかれないように、こっそりと自分の足元を照らしました。すると、そこには見たくなかったものが照らし出されていたのです。


 僕の足元にあったのは、刃渡りが10cmはあろう、黒いバタフライナイフでした。


(後編はコチラ


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