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天国にいちばん遠い日
2019年8月 ニューカレドニア
“天国にいちばん近い島”という島があるらしい。
天国からの距離が近いのか、はたまた、天国にそっくりの風景なのか、何をもって天国にいちばん近いのかはわからなかったけれど、ただそこに美しい景色があることだけは容易に想像ができました。
「いつか行って、確かめてこよう」
そう思ったのは、いつからだっただろう。
チャンスが僕に訪れたのは、2019年8月。お盆直前の三連休に何も予定がないことに気がついたのです。それは、その三連休のちょうど1週間前のことでした。
「そうだ、どこかに行こう」
2019年の8月は三連休とお盆休みが近いこともあって長期連休の人も多く、大体どこへ行くにもチケットが高くなっていました。今から安値で行けるところなんてどこもありそうにありません。そう思いながらも、0.1%の奇跡が起きるのを信じて、まずは格安航空券を検索サイトでチケットを検索してみました。しかし手元のスマホに表示されたのは、近場のアジアでも往復10万円を優に超え、ヨーロッパやアメリカに行こうものなら20万超えは覚悟をしないといけない検索結果。
「そりゃそうだよな、お盆なんて1番高い時期なんだから」
とはいえ、ここで諦めるわけには行かず、「だったら、試しに南半球のニュージーランドだ」と、ダメ元で調べてみたところ、なんと乗り継ぎ一回で往復11万円台。うん、この金額なら悪くはない。もう少し調べてみよう。
今度はGoogle Mapを立ち上げて、ニュージーランドの近くの国々をじっくり見てみることに。すると、ニュージーランドの真上、オーストラリア大陸の横に、南太平洋の島国の中で、一際目立つ大きな島があったのです。
その島の名は、ニューカレドニア。
誰もが一度は憧れるビーチリゾートゆえに、この時期は、さぞかしいい値段がするのだろうと思いましたが、ダメ元で調べてみると……なんと東京から直行便があり、それも航空券は往復11万円台。ニュージーランドと変わらない値段。ニューカレドニアに呼ばれている気がしました。
ここで、僕はあの言葉を思い出します。
“天国にいちばん近い島”
僕が生まれるよりも前の1984年。女優・原田知世さんが主演の映画『天国にいちばん近い島』が公開されました。その映画の舞台が、ニューカレドニア。以降、ニューカレドニアは、“天国にいちばん近い島”として知られるようになりました。
そんな島へ行くチケットが、それも、割安でゲットすることができるのです。これは、奇跡に違いない。天国に近いんだから、最高の三連休になるに違いない!神様ありがとう!
そうして僕は下調べもせず、ひたすらに運命だと信じて、ニューカレドニア行きを決めました。
チケットを取って1週間後の土曜日の朝。あっという間に出発の日を迎え、僕は成田空港へ向かいました。天国にいちばん近い島に行くということで、リュックサックにTシャツとお気に入りの海パンを忍ばせて。
成田空港 第一ターミナル北ウイングの1番端。ニューカレドニアの航空会社『エアカラン』のチェックインカウンターで、チェックインを済ませます。3泊5日の僕は、リュックサック1つ。周りの人が大きなキャリーケースを引いてチェックインをする中、一人身軽に手続きを終えて、足早に搭乗口へ向かいました。
やがて搭乗時刻になり、機内へ入ろうとしたところ、思いがけない出来事が。
このフライトがエアバスの新型機『A330neo』の初就航だったのです。搭乗記念にノベルティーの“枡”までもらえて、最高の旅のスタートを切ることができました。
現地へは約8時間半のフライト。スマホでダウンロードしておいたNetflixのドラマなんかを観ていたら、あっという間にニューカレドニアの中心都市・ヌメアに到着しました。到着したのは、土曜日の夜の11時前。あたりは真っ暗で、さすがにこの日はどこかへ行く体力もなかったので、ヌメア市内のホテルにチェックインし、そのままベッドにダイブ。翌朝に備えることにしました。
翌朝。5時半に目覚めた僕は、今度は国内線専用の空港へ向かい、離島・イルデパンに向かいました。極上の海を求めて。
イルデパンへは、わずか30分のフライト。睡眠不足だった僕は、飛行機に乗り込んだ瞬間に瞼を閉じ、着陸した時の振動で目を覚ましました。
飛行機が駐機場て停止し、CAさんの指示に従って、飛行機から降ります。小さな空港なので、飛行機からターミナルへは徒歩で向かいます。
しかしながら、ここで思わぬ事態が発生します。
飛行機を降りようとした僕の目に映ったのは、小さなターミナルと大きな雨粒。僕に土砂降りの雨が降り注ぎます。もちろん、ターミナルまでは何もなければ、傘もありません。僕のニューカレドニア旅は、大雨の中、始まったのです。
「まあ、南国でよくある“スコール”だろう」
とりあえず、ホテルへ向かい、ひとまず、雨が止むのを待つことにしました。
他の宿泊者と一緒にシャトルバスに乗り込み、朝の9時前にホテルに到着。僕と同じように、雨で身動きが取れない人が何人もいたため、「今はまだチェックインはできない」と言われ、とりあえず朝食を食べることにしました。
レストランからは、海が見えます。雨は一向に止みませんが、それでも窓から見える景色は、美しい青色がどこまでも広がっています。晴れたら、いったいどんな景色を見せてくれるんだろう。期待に胸を膨らませて、食事を終えてお腹も膨らませた僕は、一旦ホテルに戻ることに。
……雨は一向に止む気配がありません。
出歩こうにも、雨でずぶ濡れになるし、だいいち海以外には観光スポットが何も無い島なので、出歩く理由もありません。そこで僕はホテルのロビーで、昨日飛行機で観ていたNetflixのドラマ続きを観ることに。ドラマを観て、途中、読書に切り替えて、ちょっとうたた寝をして……
「Good morning, sir.」
ホテルの人に肩を叩かれて、目が覚めました。チェックインの時間です、と。時計の針は、昼の12時を指していました。
窓の外を見てみると、雨が……止んでいない……。長旅の疲れもあったので、チェックインを済ませて、一旦ベットで一休みすることにしました。
ふかふかのベッドに飛び込んで、即、寝落ち。目覚ましのアラームをかけるのを忘れてしまいましたが、2時間ほど寝て、2時過ぎに自然と目が覚めました。目覚めの気分は上々。あとは天気だけ。期待に胸を膨らませて、部屋の外に外に出てみました。しかし、雨はまったく止んでいない。
待てども待てども、雨が一向に止まない。
気がつけば、昨日から観始めたNetflixのドラマは、シリーズ1をすべて観終えてしまいました。
午後4時過ぎ。ベッドの上で読書をしていた僕の耳に、窓の外から欧米人の笑い声が聞こえてきました。……ついに、雨が上がったんだ!
期待に胸を弾ませて、外に出た僕。確かに、雨は止んでいました。しかし、寒い。とにかく、寒い。半袖半ズボンの人は見当たらず、外を歩く欧米人たちはみんな、パーカーを羽織ったり、長ズボンを履いたりしています。僕は、長袖も長ズボンも持ち合わせていません。おいみんな、その格好はおかしくないか?ここは、天国にいちばん近い島なんだぜ?
振り返ってみると、ニューカレドニアに着いた時から、どうも人々の様子がおかしかったのです。みんな長袖長ズボンで、僕みたいに半袖半ズボンの人は滅多に見かけないし、天気は一向に晴れ間を見せないし、その上、気温も20度を下回っていて、寒い。
「本当にここは、天国にいちばん近い島なのだろうか?」
不審に思った僕は、ホテルでWi-Fiをつないで、初めて「ニューカレドニア 天気」と検索してみました。
すると、わかったことが1つ。
今のニューカレドニアは、“冬”だということ。
南半球にあるニューカレドニアには亜熱帯にありますが、四季があり、僕が訪れた8月は、冬真っ盛りで一年の中でもいちばん寒い時期とのこと。
“天国にいちばん近い島”と聞いたものだから、常夏で楽園を想像してやってきた、この旅。しかしながら、天国にいちばん近い島にも、季節というものがあって、僕が行った日は、天国にいちばん遠い日だった様子。
先入観で、完全に僕の目が曇っていました。
“天国にいちばん近い島”という言葉によって、勝手に常夏だと信じ込み、浮かれて、ろくに下調べもしなかった結果がこれ。そういえば、あの時、ニューカレドニア行きの航空券が安かったのも、奇跡なんかじゃなかったんだ。
そんな、半袖半ズボンで凍えながら過ごした、ニューカレドニアの旅。
翌日のイルデパンは、雨はほとんど降らなかったものの、ずっと曇り。晴れ間が見えたのは、ヌメアに戻った最終日3日目の、午後のほんの数十分だけ。しかし、そんな一瞬の晴れ間で見られた海は、この上なく綺麗で、美しくて、どこまでもキラキラと光る青色が広がっていました。
もしも、これが快晴の空の下だとしたら、どれだけ美しいのだろう。
今度は、日本が寒い時期に、天国にいちばん近い島に来るとしよう。
先入観は、目を曇らせる。下調べは、ちゃんとしたほうがいい。
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