【実録】サンフランシスコで10ドルをケチったせいで、事件に巻き込まれ、危うく死にかけた話(後編)


アメリカ・サンフランシスコで相乗りのライドシェアサービス"Uber POOL"で空港に向かう途中、相乗りで乗ってきたのは、Uberを呼んだ女性ではなく、まさかのホームレスの男性。そのホームレスは運転手との口論の末、そのまま車に乗り込んでしまい、ホームレスもどこかへ送ることになってしまいました。さらに最悪なことに、車に乗り込んだホームレスのポケットから落ちてきたのは、刃渡り10cmはあろうバタフライナイフでした―――

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▼ホームレスの男性の横顔。



行き着く先は、空港か、それとも地獄か

 それまでは、正直この状況でも、黙って我慢していれば時間が解決してくれてなんとかなるだろうと軽く考えていました。しかし、ここはアメリカだということを、今更にして認識しました。さすがにこれには震えました。すぐさま、スマホのライトを自分の体に向けて隠し、後部座席で硬直し直しました。何事もなかったかのように。


 後部座席のシートに目いっぱいもたれかかり、全身を硬直し直した瞬間、こんな状況の中であるのにも関わらず、あるミュージックビデオのことが頭に浮かびました。それは、チャイルディッシュ・ガンビーノの『This is America』。―――このミュージックビデオは、陽気なコーラスから一転して、銃殺シーンから始まる衝撃作で、アメリカにおける銃規制問題や人種差別問題を痛烈に描き出した作品。2018年5月に公開され、瞬く間に、世界中で3億回以上も再生されました―――「This is America」で始まる冒頭の歌詞は、次のように続きます。「Don't catch you slippin' up(油断するな)」と。

 その時、ハッと気がつきました。

(もしかしたらこのホームレスは、ナイフだけでなく、拳銃を持っているかもしれない……)


 This is America. ナイフが出てきた以上、拳銃が出てきても全くおかしくはありません。全身の震えが止まりませんでした。今すぐにでも車を降りたい。しかし、荷物は全てトランクの中。降りたら降りたで、日本に帰れない。この時の僕は、冷静な判断はできませんでした。

 しかし、後部座席にナイフが落ちていることを知らない運転手は、今にも出発しようとしています。


 幸いなことに、ナイフを落としたことに気がついたのは、僕と大きな黒い犬だけだったようで、犬は身を乗り出して、静かにこちらをチラチラ覗いてきましたが、そのうちに飼い主の足元に戻ってくれました。

 僕はナイフを左足でがっちりと踏み、ホームレスから見えないようにしました。これほどまで、足の指先まで神経を集中させたことは今までもありませんし、これからもきっと無いでしょう。左足からは大量の汗が出続けました。拳銃は持っていないことを、祈るしかありませんでした。


 そうこうしているうちに、ホームレスもシートベルトを締め終わり、ほどなくして、車は走り出しました。僕は何かがあったら、すぐに逃げ出せるように、ドアのロックを静かに解除し、シートベルトを締めるフリだけし、唯一の武器である脱いでいたパーカーを両手に握りしめ、戦闘態勢を整えました。いざとなったら、足元にあるナイフも使うしかありません。

 車が行き着くのは空港か、それとも地獄か。文字通り、Dead or Aliveなドライブの始まりです。この時、時刻は午前4:00を過ぎたところでした。


映画のワンシーンかのように、突然静まり返った車内

 空港までの道順を示した運転手のスマホの地図と、どこかの目的地を示したホームレスのスマホの地図。確かに、2つのスマホのルート案内は合致していて、車は目的地に向かって走り始めました。車窓から見える景色は、何も頭には入ってきませんでした。


 走り出して5分ほどで、スマホのルート案内に従うがままに、車はハイウェイに乗りました。僕はこの時に、もう後には戻れないと、改めて腹をくくりました。この時に入口で見た、ハイウェイ101号線の看板を、僕は一生忘れないでしょう。

 ハイウェイに乗り、最初の10分は沈黙が続きました。

 運転手はただただ前だけを見て運転し、ホームレスは残りのサンドイッチを黙々と頬張り続け、僕は左足でバタフライナイフをがっちり隠しながら、それを悟られないように静かに硬直していました。犬はホームレスの足元でおとなしくしていました。


 10分ほど経って、その沈黙を破ったのは、運転手でした。ホームレスに向かって、まさかのこの移動についての料金の話をし始めたではありませんか。

 バタフライナイフが車内で見つかったことを知らないのですから、運転手からしたらタダ働きをするのは納得が出来ず、仕方がないのかもしれません。しかし、ナイフが車内で見つかっていて、さらには拳銃さえ持っている可能性があることを知っている僕からしたら……これでホームレスが怒ったら、本当に何をし始めるか分かりません。全身から汗が止まらなくなりました。

 運転手は、ホームレスの移動の料金の話だけではなく、先ほどキャンセルになった女性の話まで持ち出して、料金の交渉し始めます。最初は無視して残りのサンドイッチを頬張り続けていたホームレスでしたが、ついにはその運転手のしつこさに腹を立て、また先ほどのように口論が始まってしまったのです。それも、今度は走っている車の中で。それも場所は最悪なことに、高速道路の上で。

 ホームレスが身を乗り出して文句を言うので、車は何度も蛇行します。幸いにもハイウェイは僕らの車くらいしか走っておらず、別の車との接触だけは避けられましたが、もういつ事故が起きてもおかしくない状況。それでも終わらない2人の口論。またしてもどちらも折れず、僕はただただ祈るしかありませんでした。

 しかし、意外な展開で、2人の口論はあっけなく終わったのです。


 それはホームレスから発せられた、1つの言葉。


「I'm PTSD!!!」

 次の瞬間、映画のワンシーンかのように、2人の口論はピタッと止まりました。

「I apologize, apologize, apologize...」

 とにかく謝り続ける、運転手。そうです、このホームレスはPTSD(心的外傷後ストレス障害)だったのです。

 その前の会話から推察するに、おそらくこのホームレスは元軍人で、戦争によりPTSDを患っているよう。以前、何かの記事で、アメリカでは戦争から帰ってきた軍人がPTSDになるケースが後を絶たず、鬱になり自殺してしまうケースも多いと読んだことを思い出しました。

 それが確かかどうかは、今ここに調べる術はありませんし、今はホームレスを信じるしかありません。いずれにせよ、今はPTSDによるであろうパニックを起こしており、何を言っても通じる状態ではありません。

 運転手はとにかく謝り続けた結果、やっとホームレスのパニックも治まりました。そのあとは、また無言の車内に戻り、そこからは運転手も空気になったように存在感を消し、ただひたすらと目的地を目指しました。


天国へのラストドライブ、僕の夏の終わり

 車は空港から2マイル手前にあるハイウェイの出口で出て、そこからすぐのところにあったホームレスのスマホのルート案内のゴール地点に到着しました。そこはどうやらホテルでした。

 ホームレスは、ここで"She"と呼ぶ人物と会うのでしょう。会って、何をするのか、運転手と僕は知る由もありませんし、知る必要もありません。ホテルの入口に止まった車から、一刻も早くホームレスが降りることを祈るばかりでした。願わくば、落としたバタフライナイフの存在にも気づくことなく。


 そして、僕の人生で最大の祈りは、通じました。到着するや否や、ホームレスは「Thank you.」とだけ言い残し、車を降りて、足早とホテルの中へ消えていきました。ホテルに入っていくホームレスの後ろ姿を見て、僕は全身の力が抜けました。体の中にやっと血が巡っていくのを感じました。これほどまで生きていることを実感したことはありません。

 ホームレスがホテルに入ったのを確認した運転手は、急いで車の向きを変え、やっと最初の目的地、サンフランシスコ国際空港に向かい始めました。

 そこから空港へは5分もせずに到着し、当初の予定より30分遅れで、なんとか生きて空港にたどり着くことができました。着いた瞬間、目が合った運転手とハイタッチを交わしました。そして、空港の明かりに照らされた明るい車内で、僕はガチガチに固定していた左足をそっと上げると、やはりそこには、黒のバタフライナイフが転がっていました。左足の靴下は汗でびっしょりになっていました。

▼出発直前のサンフランシスコ国際空港にて。


 This is America. 真夜中の地獄のドライブは僅か60分の出来事でしたが、僕にとってはそれが1日のように長く感じられる出来事でした。後から運転手と話して分かったのですが、やはりホームレスの彼はドラッグ中毒者とのことで、おそらくドラッグを買いにホテルに行ったのだろう。"She"はドラッグの売人ではないだろうか。彼がPTSDかどうかは本当に分からない。1年近く、Uberの運転手をしているが、こんな体験は自分も初めてだし、周りの仲間からも聞いたことがない……そんなことを教えてくれました。


 こうして、僕の2018年の夏休みは、最後の最後で起こった悪夢のような事件と共に、幕が下りたのでした。


 今回のトラブルで、今後の対策を挙げるとすれば、下記があるかなと思います。

①Uberなどのライドシェアサービスで、"相乗り"を使うのであれば、極力夜間の利用は避ける。
②危険なエリアでのタクシーなどの乗降車は避ける。

 しかしながら、比較的治安が良いと言われる大都市サンフランシスコでも、こういった事件が起こる時は起こるので、これから海外旅行に行く際は、改めて気を引き締めていきたいと思います。

(完)

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こんにちは、リーマントラベラーの東松です。サポートいただいたお気持ちは、次の旅行の費用にさせていただきます。現地での新しい発見を、また皆様にお届けできればなぁと思っております!

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ワールドシューマツレポート

平日は広告代理店で働くかたわら、週末で世界中を旅する「リーマントラベラー」である著者の、日本では味わえない”非日常な週末”をまとめた旅行記です。

コメント2件

マドリードでジプシーの少年グループに
首絞められて身ぐるみ剥がされた事あるけど、
その時の緊張感を思い出した。

海外の夜って暗いよねー
街灯の明かりも薄暗いところが多いし。

いやー、ご無事で何よりでした!
ありがとうございます!自分への自戒と注意喚起を兼ねて書かせていただきました。その少年たちのも怖い経験ですね・・・。改めて気を引き締めつつ、これからも引き続き旅に行きます!(笑)
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