コスモスと電車

日本人として生きるために(分かりやすい儒学講座)その⑦「死生合一」

「うつ」の背景

1998年に自殺者数が三万人台と急増し、2011年まで十年以上も三万人の自殺者数が続きましたが、2012年からようやく三万人を割って、2015年は2万5千人台に「落ち着いて」います。それでも、これだけの人々が自分の命を断つという事実は、深刻な社会問題です。原因は、「健康問題」、「経済問題」、「(職場などでの)人間関係」の順になっていますが、直接の原因は精神疾患、つまり自殺既遂者の90%が精神疾患を持ち、また60%がその際に抑うつ状態であったと推定されています。確かに、周囲にうつ病の治療中だとか、「うつ病じゃないか」と心配する声がよく聞かれます。特に、躁鬱病に罹った人の自殺の数は多いようで、躁状態からうつ状態に急激に落ち込んだ時に、そのリスクが高まるそうです。

 東洋の哲理で言うと「陰」と「陽」、地球に四季があるように、「うつ」と「躁」の状態があるのは、人間の自然の状態だと思うのです。また、はっきりと「躁」と「うつ」が明確に分かれた状態ではなく、その切り替えの連続で、例えば季節が春から夏に変わる節目に「土用」という節目がありますが、実際はいつの間にか春から夏に変わっています。陽の中に陰あり、陰の中に陽あり。そう考えると、躁の中にうつがあり、うつの中に躁がある、と言えるのではないでしょうか。人間という心で生きる存在は、二十四時間「躁」と「うつ」を気がつかないうちに切り替えているから、精神が安定しているのだと思います。

その切り替えに大きな役割を果しているのが、活動している時と寝ている時だと思います。昔の人は日が沈めば当たり前にご飯を食べて寝て、日が昇れば起きて活動を始めていました。それが人間の本来のリズムでした。それが、今や二十四時間街が眠らないために寝る、起きることのバランスの崩れが精神疾患の一つの原因ではないでしょうか。

 うつ状態と言うのは、人間にとって新しいものを生み出す非常に大事な「状態」だと思います。それが、躁鬱病といわれている人々の中で自殺者が多いと言われているのは、その病気の捉え方自体に問題があるのではないかと思います。読者の皆さんも一度はご経験があるかと思いますが、私も、かつて人知れず「篭った」ことがありました。うつ病ではないのですが、傍から見たらそう見えたかもしれません。人に話せない悩みがあれば、自然に自分と向き合う、いわゆる「孤独」という状態です。その時に、私は現実に負けそうになる自分を励ます自分自身(良知)に気づかされました。人は様々な不安、恐怖、現実から逃げたい自分を感じるごとに、「孤独」と向き合わざるをえません。

過去の歴史の偉人たちも含めて皆、その瞬間が本来の「自分」を取り戻す時なのです。

つまり、本当の自分に切り替わるための、目覚めのチャンスが、うつ状態だと捉えるべきなのです。例えば、経営者で経営難に陥った人は、「誰にも相談できない」「誰からも相手にされない」孤独の境地に立たされ、相談できる人がいない中で、頼れるのは「自分」しかいないという境地になります。酷な言い方ですが窮地に立たされた時、言い換えるとそれまでの自分を否定された時こそが生まれ変わる絶好のチャンスなのです。

 代表的日本人、西郷隆盛は三回も島流しという憂い目にあっています。最後の島流しでは、彼が天下国家の為と思って行動したことが、島津久光の逆鱗に触れて沖永良部島に流されます。この時彼は心の拠り所として「言志四録」「伝習録」を徹底して読んでいます。そして、その中で本来あるべき自分を見出しし覚醒します。それまでは名君・島津斉彬あっての自分という枠を越えられなかったのですが、島から戻された後の彼は、大胆かつ無私の行動に大きく変わります。島流しの中で、「うつ」の状態を経て、本来のあるべき自分を取り戻した彼のその後の活躍、偉大な足跡は皆さんご存知の通りです。

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