見出し画像

消防士からエンジニアへ、そして退職

昨年2月に消防士から未経験でエンジニアに転職。さらに昨日付けで、その会社を退職しました。
あまりないキャリアだと思うので、退職エントリ書いてみました。

あなたは誰?

商業高校を経て、大学は経営学部を卒業。生粋の文系。
新卒で地元の消防本部に就職。消防隊を4年、救急隊を2年経験。
28歳の冬にエンジニアに転職。そして29歳の春(現在)退職。
趣味は懸垂。既婚、3歳になる息子がいます。

画像1

(単管で自作中の懸垂バーと息子)

なぜ消防士からエンジニアへ?

単純にプログラミングが好きで、それを仕事にしたいと思ったからです。

・ 自分の手でサービスを形にしていくのが面白い
・ 良いものが作れたときの達成感がすごい
・ 働く場所を選ばない

というところに惹かれました。

プログラミングに触れた最初のきっかけは、妻が自宅で開業した鍼灸院のWEBサイトを作ったこと。
制作会社に依頼すると高いので、本を買って自分で一から勉強し作りました。
田舎でWEBサイトを持っている鍼灸院が少ないということも幸いし、数ヶ月後にはGoogle検索の「茨城 鍼灸」で1位に表示されるようになりました。
現在は、妻の手腕もあり1ヶ月先まで予約が埋まる鍼灸院に成長しています。


試行錯誤してサイトを作っていく過程、集客という形で結果が現れるのが、何より面白かったです。

そこから、プログラミングにハマりました。
消防の非番日は朝からWEBアプリを作ったり、デザインのリモート講義受けたり、、。

その時、趣味で作っていたものが転職活動の際にポートフォリオとなりました。(Rails製の鍼灸院の患者管理WEBアプリ、Electron製の救急報告書作成支援アプリなどなど作ってました。)

以下は前職入社前に社内勉強会へ飛び入り参加した際のLT資料。この消防での取り組みは、面接でも興味を持ってもらえた気がします。


「人生100年時代。やりたいことやってみるか!」と思い切って行動。消防士を辞めて転職。
「自分も好きな仕事をやっているから。」と、転職を後押ししてくれた妻には、今でも頭が上がりません。

この一年で何をやってきたか?

メインのプロジェクトは医師専用の医療情報掲示板サービスのフルリニューアル。
Java独自FWのレガシーシステムをSpring Bootへ移行していきました。
私が関わったのは、PCの投稿処理系から、スマホサイトのフルリニューアルまで。
その中で、サーバーサイドKotlinの導入や、Vue.jsでのSPA開発など技術的に面白い取り組みもやらせて頂きました。

結局プロジェクト完遂とはいかず、バッチ処理、APP用のAPIリニューアル等々の仕事を残す形での退職となり、若干心残りがあります。
ただ、引き継ぎを行ったチームメンバーは本当に優秀な方達なのでやり遂げてくれるはず。。(マジで途中ですみません。。)

その他、所属チームは常時10個近くのリポジトリを管理していて、Rails製のメルマガシステムや、Scala製のフロントサービスなど幅広い技術に触れることが出来ました。

個人的に良かったのがJava、Spring Bootでの実務経験をつめたことです。
「今更Javaかい」と思うかもしれませんが、Railsが裏でやってくれていることがわかり、良い設計とは何なのか。型の利点、テストの重要性。などなど本当に勉強になりました。
今では割と静的型付け言語が好きです。

あとは、社内外の勉強会でLTしたり、定期的にQiitaに記事書いたり。経験というハンデがある分、アウトプットは意識して行いました。
(2020/09/04 時点 141記事 7,955 Contributions)

未経験からエンジニアに転職して苦労したこと

正直、最初の2〜3ヶ月はキツかったです。日々、何も出来ない無力感に打ちのめされていました。

入社前のサーバーサイドの経験は、Railsチュートリアルを読んで、妻の仕事用のwebアプリを作った程度。しかも全て独学。
Javaを書くのは初めて。JVMって何?Stream?って状態でした。

入社後、直ぐに1人でリニューアルの案件に入りました。初めはローカル環境構築にも苦労し、開発システムを自分のPCで立ち上げるまでに、1週間くらいかかっていた気がします。

当時は、まさにこちらの記事に書かれている状態でした。

私は「何がわからないのか分かっていない」状態であり、チームの先輩社員たちも「コイツが何がわからないのか分からない」と思っていた
自転車に乗れるようになってだいぶ経つ人間は、「自転車に乗れない」ということがもはやどういう状態なのかわからない。「今から自転車に乗れなくなってください」とお願いをされても実現できない(乗ったまま体を動かさずに倒れることはできる。それは「乗れる」人間だからできる技であり、「乗れない」人間はなんとかペダルを動かそうとしているうちにいつの間にか倒れている)。

途中からチームリーダーが変わり、メンバーも増え、アジャイル開発の推進やペアプロの実施などで徐々に理解が進みました。

最後の方は、新メンバーの受け入れサポートまで行えたので、ある程度成長出来たのかなと思います。

色々サポートして下さったTL、チームメンバーの方々には本当に感謝しています。

消防士の経験が生きたこと

意外にあったので書きます。

・ LTのつかみがバッチリ(元火消しです!炎上案件ではなく建物の)
・ 筋トレトークが出来る
・色々キツくても「まぁ死ぬわけないしな」と割り切れる

驚いたのですが、エンジニアは筋トレ好きの方がかなり多かったです。
同僚のスーパーエンジニアも、ジムに通ったり、タンパク質を意識して食事管理をするなど筋肉要素強めでした。

また、ガタイが良いという理由?で筋肉.ktという勉強会にスカウトされ、LTしたりもしました。
その勉強会では、海外製のプロテインを貰ったり、Yahoo LODGEで半裸になり腕立て伏せをするという貴重な経験もしました。
(真面目なKotlinの勉強会です)

「筋肉は裏切らない」
これからも筋トレは続けていきたいです。

前職について

自分が入社できたのが信じられないくらい良い会社でした。
事業は医療 × ITの分野で圧倒的な巨人。さらに最近何かと話題の買収を行い、他分野へも展開、より盤石な体制を築いています。

利益が出ているので、もちろんエンジニアとしての待遇も良かったです。(最近話題の方も入社しているので、そこは間違いないはず。)

社歴は長いので、レガシーシステムへの依存など、エンジニアリング、組織的な課題ももちろんありました。ただ、役員、メンバーの方々の手腕もあり、改革スピードも早かったです。
そのような中で働けたことは、私のエンジニア人生の大きな財産になったと思っています。強いエンジニアと一緒に働けたこと、繋がりをつくれたことが何より良かったです。

・複数チームに所属して、マネジメントからコーディングまでマルチに活躍される方
・基盤、サーバーサイド、フロントエンドまでそれぞれの領域で圧倒的成果を出している方
・機械学習エンジニアとして結果を残しつつ、チームビルディングから人事まで何でもやる方

などなどなど。一人ひとり上げていったらキリがないくらい。皆凄まじかったです。

なぜ転職するのか?


8割は家庭の事情です。
エンジニアへの転職時に、茨城に家族を残し東京へ単身赴任。
当初は、将来的に家族も東京へと色々計画していたのですが、それも諸々事情があり難しくなりました。
このまま単身赴任を続けていくことは経済的にも、家族の負担的にも困難と考え、茨城からフルリモートで働ける環境を求め今回の退職に至りました。
(前職でも契約形態を変えればリモート可能と言われましたが、現状のリモート環境と自分の実力、チームの状況を考え辞退しました。)

あとは、転職先のサービス、リモート環境の整備状況、面接でのチームメンバーの印象、ペアプロ・モブプロを積極的に行う開発姿勢に惹かれたことも大きいです。

これから何をっていくのか?

4月からクラウド請求管理サービスの会社にてエンジニアとして働きます。最初の1〜2ヶ月はオフィス勤務、その後はフルリモートで茨城の自宅から働く予定です。
サーバーサイドがRails、フロントがVue.js(TypeScirptに移行中)とのことなので、現在絶賛勉強中。

本田圭佑の「伸びしろしかない」を日々唱え、次の一年圧倒的な成長をしていきたいです。
そして今度こそ事業に大きな影響を与えるような成果を出したい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?