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「和賀英良」獄中からの手紙(10)  お題目のひみつ

ー複合リズムのストラクチャー

丸山は黒縁のウエリントンメガネを外し、ハンカチで額の汗を拭いてから話を続けた。

「さて改めてポリリズムの本題に入りましょう」
「南無妙法蓮華経」は世間ではよく知られたお題目で【法華経】を称えるものです。

「南無=帰依する、お任せする」
「妙法=妙なる真理」
「蓮華経=蓮華の花のような素晴らしいお経」

という文章の意味ですので

●「南無―妙法―蓮華経(1+2+3=6拍)」

ようするに「ナム/ミョーホー/レンゲーキョー」という「意味シラブル(意味のある拍の切れ目)」で唱えることがその基本的な唱題のやり方です。この場合、「南無」つまり「なむ」はひと息、一拍で唱えます。

しかしながら、意識せずに唱題する場合は、「意味のあるまとまり」でない部分で区切ってしまうことがあります。一般的な唱題のリズムシラブルは次のようになっております。

● 南無妙―法蓮―華経(2+2+2=6拍)」 

つまり「ナムミョー/ホーレン/ゲーキョー」となります。
「法蓮華経(ほうれんげきょう)」というお経は無いわけでして、意味はめちゃくちゃですが、これも「ノリ」が良いですね。子供のころにこの区切り方で覚えてしまった方も多いでしょう。

さて、唱題の時の太鼓の叩き方はいろいろいろありますが、右手だけで団扇太鼓と叩く場合はこうです。

「●〇●●〇〇」(ドンツク・ドンドン・ツクツク)

というやり方が一般的ですが、バリエーションはたくさんございます。
たとえば「●●●●●●」という一泊ずつの強打を繰り返すのは、どこで区切ってもよいわけで、これから説明する多元軸を持つ「ポリリズム」に通じるやり方の基本となります。

複合リズムとは「12コマ」という単位の中で成立するもので、それは次のスライドで示した数式で簡単に表されます。これは数学でやった「2と3と4の最小公倍数は12」の考え方です。

※丸山は後方にあるスクリーンに映し出されたスライドを指さした。

A:2×6=12(南無妙―法蓮―華経×2回)
B:3×4=12(南無妙法―蓮華経×2回)
C:4×3=12(南無妙法蓮―華経南無明―法蓮華経)

こういったリズムの軸を自分の感じたまま取ってよいのが「ポリリズム」です。もっと簡単にいえば、ポリリズムとは「四拍子にも三拍子にもどちらでも取れるリズム」と言えます。

お題目を唱える際は「唱題そのものの意味」も無視して構わないわけで、ノリが良ければ、自分の解釈で区切ってもいっこうに差し支えないものです。

ちなみに「ポリリズム」の反対は「モノリズム」でリズムの軸は一つしかありません。例をあげれば「南無阿弥陀仏」「なむあみだぶつ」では、基本の単位が七コマとなってしまうため、二と三の最小公倍数である六や十二(コマ)になっていません。これはポリリズムには当てはまらず「モノリズム」となります。そのため繰り返して唱題しにくいため、自然に「ナン・マン・ダー」などの単純3拍子方式でやる場合が多くなります。

このような比較からも「南無妙法蓮華経」のお題目が、自由度が高くリピートしやすいポリリズム構造だということが分かります。ここで諸外国の例を挙げますが、たとえばアフリカの打楽器合奏では、ポリリズムのストラクチャーはこうなります。

A:「● ● ● ● ● ●」
B:「◎ ◎ ◎ ◎

Aさんが6拍●を叩くのに対して、Bさんは4拍◎を同時に叩きます。これは皆さんご存じのように「2拍3連符」を2回繰り返すことと同じです。一見合わないように思いますが、これが素晴らしい立体感のあるアンサンブルになります。同じタイミングで叩いてしまえば。それはユニゾンであって「モノリズム」で終わってしまいます。

まとめになりますが、様々な各自の解釈の違いから、多次元の軸が生じ、それらが矛盾せずに混然一体となるのが「ポリリズム」ということになります。これは「正解ひとつの日本人」という農耕民族の同調性からかけ離れており、大陸的な狩猟民族が持つ「自分勝手」な感じ方や多様性、つまり「ダイバーシティー、Diversity」を垣間見る瞬間かもしれません。

いま説明いたしましたのは、ポリリズム的なとらえかたの初歩でありまして、もう少し12コマの捉え方を広げますと、たくさんの量子力学的解釈が出てまいりますが、今回はここまでにしておきます。

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和賀はこの丸山教授の最終講義を聴きながら、幼いころ各地を放浪していた時に、父の千代吉が言った言葉を思い出していた。

「秀夫、ええか、苦しい時は『南無妙法蓮華経』を唱えるんじゃ」

もう一歩も前に足が進まない、そんなときに何度も何度も繰り返しこのお題目を唱えるとすっと前が開けたような、そして足が軽くなったような気持になり、千代吉と一緒に「南無妙法蓮華経」を唱えながら進むと、二人の足取りがだんだんと揃ってきて、腹が減っているのも忘れてしまうのでした。

『砂の器』©1974-2005 松竹株式会社/橋本プロダクション

第11話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/na03f58cbdfbc

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